其の四十壱「そこにのこされたもの」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が年末年始に実家へ帰った時、父から聞いた話です。
父は長年、建築業に携わってきました。原木を扱い、そこから建築材を引き出す仕事をしています。
木を切り、削り、形を整え、家や建物の骨格となる材を作る。
父にとっては日常の仕事であり、私にとってはどこか職人の世界のように感じられるものでした。
そんな父が、こんなことをふと口にしました。
「原木から材を引いていると、時々釘が出てくるんだ。」
私は耳を疑いました。木の中から釘が出てくる?どういうことなのか。
父は淡々と説明しました。木に打ち付けられた看板や杭、あるいは誰かが残した金属片。
それらが年月を経て、木の成長に巻き込まれ、やがて原木の内部に閉じ込められるのだと。
木は生き物であり、成長する過程で異物を取り込み、やがてそれを抱え込んでしまう。
だから、材を引くときに突然鉄の音が響くことがあるのだと。
そんなことがあるのを全く知らない私は、
その話を聞きながら、へぇー、っと目を丸くしていました。
驚く私の様子に、ニッコリとした父は、さらに続けました。
話の続きは……予想外の怖い話へと急展開しました。
「その中には、丑の刻参りの五寸釘らしいものもあるんだ。」
私は息を呑みました。丑の刻参り。藁人形に五寸釘を打ち込み、主に神社の木に打ち付ける呪いの儀式。(神社の木以外に打ち付けることもあるらしいです)人を呪うために行われる、古くから伝わる恐ろしい風習。
父は、何度かそうした釘を見たことがあると言いました。普通の釘とは違い、錆び方や打ち込まれた痕跡が異様で、ただの看板の残骸とは思えないものがある。木の内部から現れるそれは、まるで長い年月を経てなお呪いを宿しているかのように見えるそうです。
私は想像しました。誰かが夜中に、藁人形を木に打ち付ける。人を呪うために、憎しみを込めて五寸釘を打ち込む。その木はやがて成長し、釘を取り込み、呪いを抱えたまま幹を太らせていく。そして何十年も後、父のような職人の手によって切り倒され、材として引かれる時、再びその釘が姿を現す。
その瞬間、呪いはまだそこにあるのではないか。
父は淡々と話していましたが、私はそんな想像をして恐怖を感じていました。
木の中に眠る釘。それはただの金属片ではなく、人の憎しみや呪いが封じ込められたものかもしれない。木はそれを抱え込み、年月を経てなお祟りを宿しているのではないか。
「材を引いていて、突然刃が止まるんだ。鉄に当たった音が響く。見てみると、錆びた釘が出てくる。普通の釘ならまだいい。でも、五寸釘のようなものが出てくると、気味が悪いんだ。」
父はそう言って、少しだけ表情を曇らせました。
私は思いました。家の柱や梁の中に、そうした釘が眠っていることもあるのではないかと。誰も知らないまま、呪いを宿した釘が家の中に潜んでいる。そこに住む人々は気づかないまま、呪いと共に暮らしているのかもしれない……
木は生き物です。
それが人の手によって切られ、形を変え、家となり、家具となって日常の中に溶け込んでいきます。
でも、時にその内部には、誰かの憎しみや呪いが眠っていることがある。見えないまま、触れられないまま、しかし確かに存在している。
私は父の話を聞きながら、ふと自分の部屋の柱を見つめました。そこに釘が眠っているかもしれない。誰かの呪いが封じ込められているかもしれない。そう思うと、何気ない日常の風景が急に不気味に見えてきたのです……そんな私の視線に気づいたのか父は笑いながら言いました。
「大丈夫。藁人形の五寸釘は作り話だ。それに製材中に見つけた釘は全部抜いているからな。どうだ、怖かったか?」
父のその言葉に、私はホッとしました。
これが、私が年末年始に実家へ帰った時、父から聞いた話。
この話、本当なんです。




