第27話 美しく燃える庭
(1)
「『死屍累累葬礼』!」
釘バットを放った詩乃の攻撃は空振りに終わり、
「『王銅鑼』!」
不可子を力ずくで抑えようとしたミローの身体は、簡単に弾かれた。
「人間型は『国家』が造り出した最新型のユマホです。あなた達のものは所詮、耕作さんが拵えた模造品。敵うわけが無いんですよ」
不可子──!
三町の呼び掛けに応じて不可子は地を蹴り、詩乃を蹴り飛ばした。
高校生の身体から放たれたとは思えない威力に倒れ、詩乃は起き上がることが出来ない。
「もう一度、『王銅鑼』ですわ!」
鯖折りを試みるミローであったが、
「無駄なんですよ……」
再びあっさりと弾かれて、疲弊したミローはその場に伏した。
(僕は、僕はどうすれば……)
胸をタップして出現させた良平のユマホ──ノコには、攻撃能力は無い。
(必殺技って、ヌマチさんは言ってたけど……)
(お前のノコ、そいつの必殺技は──全てを葬る『万死』。それともう一つ、全てを蘇らせる『救世』)
ヌマチの言葉を良平は脳内で反芻する。
(使えるのは、どっちか一つ、一度切りだ。どっちを使うか考えておけよ──)
鮫島不可子を、あるいは三町ネコ本人を攻撃するべきだ。
そんなことは良平にも分かっている。
けれど、積み切った『徳』による必殺技が周囲に与える影響を考えると、良平は恐ろしくなった。
いや、それだけでは無い。
もちろん、自分の攻撃によって詩乃やミロー、超等裁判所にいる人々を巻き込むかもしれないという恐れはある。
しかしそれ以上に、良平は不可子や三町を攻撃したくないのだ。
(悪い人だとは、僕には思えない……)
散々な犠牲者を出し、祖父の『切符』を継いだヌマチを殺された良平は、それでも三町を『悪人』だとは認められなかった。
(恋人を、大切な人を生き返らせるために、この人は……)
そう思うと、手を出す気になれない。
どこまでも善人で愚かな良平の、それが本心だった。
「邪魔者はいなくなりましたね……なーんて言うと、私が悪者みたいですね! あはは!」
哄笑を上げながら、三町は不可子に指示を出す。
一歩、また一歩と迫る幼馴染みの瞳は完全に輝きを失っていた。
「そうだ! イメージチェンジのネタバレをしましょう!」
思い付いたように三町は発言して、自身の胸を指先で軽く叩いた。
(イメージチェンジ……? 鮫島の……?)
怪しみながらも、良平にはその言葉に心当たりがあった。
一年に一度、不可子はそう言って髪型を中心に容姿を変えている。
(…………)
嫌な予感がして、良平は身構えた。
「ほら、ユマホですから。旧くなったら交換しますよね! 毎年、この庭園──その倉庫に棄ててるんですよ」
良平が目を遣った先には、大きな倉庫が確かにある。
三町のタップに応えて、その倉庫の扉が内側から開かれた。
「『切符』は今の不可子にしか対応してませんけど、データの残滓でこうして多少は動かせます」
この子達もね──。
(…………!)
良平は目を疑った。
幻であれば良い、悪夢であれば良いと心から願った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
扉の向こうから次々に這い出してきたのは、良平の良く知る姿だ。
小学一年生から高校一年生まで、それぞれの年齢の容姿をした十体の人間型──十人の鮫島不可子が、感情の無い瞳で良平を見つめていた。
悲鳴を上げることも逃げることも、良平はしなかった。
ただただ悲しくて、良平はその場に立ち尽くす。
超裁から回ってきた炎が、ゆっくりと庭園にも広がり始めていた。
不可子と初めてここに来た日のことを、良平は思い出す。
(デートにはもってこいって感じだね!)
(天国みたいな場所だね!)
(いつか死ぬならこんな感じのお花畑が良いねー!)
記憶の中の不可子はいつも笑顔で、楽しそうにしていた。
(けど、それも全部、嘘だったんだ……!)
十人の不可子に囲まれた最新版の不可子が、良平の目の前に現れた。
良平の身体から『切符』を奪い、三町の望みを叶えるために。
(全てを葬る『万死』……使っちゃおうか……)
良平の傍らで「はえ~」と嘆くようにノコは鳴いていた。
人を傷付けないという意思さえもどうでも良くなって、身体に手を延ばしてくる不可子を良平は見つめる。
その瞬間、初めて良平はその変化に気付いた。
「……鮫島……?」
無表情の不可子の瞳は、涙で濡れていた。
ゆっくりと静かに、雫が頬を伝っていく。
(良平、お前はもう少し信じろ。自分も他人も、よォ!)
最期のヌマチの言葉が、耳元で怒鳴られたかのように良平の鼓膜に響いた。
不可子を抱き締めて、
「……ふかちゃん、大好きだよ」
平良良平は、人生で初めての告白をした。
「……あ、あ、ああ……!」
掛けられた言葉に驚いたように、人間型UMA-PHONEは動作を止めた。
炎は延焼を続け、庭園をじわじわと呑み込もうとしていく。
「何を! 不可子! 早く『切符』を奪いなさい!」
突然の動作不良に慌てる三町を、少し離れた場所から狩葉は見守っていた。
「機械にも感情があるとか、馬鹿馬鹿しい……。馬鹿馬鹿しいけど、素敵ね……」
誰にも聞こえない独り言を口ずさんで、狩葉は微笑んだ。
「りょ、りょうくん、良くん、良くん、良くん良くん良くん……!」
生気のある不可子を見て良平は、抱き締めていた手をほどいた。
「ふかちゃん、逃げよう。空井さんとミローさんも連れて、なんとか……。ふかちゃんも手伝ってくれる?」
「……ううん、わたしはいいや」
ゆっくりと頭を振って、不可子は答えた。
「不可子! 『切符』を早く! 燃えてしまいます!」
「……やることがあるから」
喚く三町へと歩を進める中、不可子は一度振り返り、両手を広げた。
「見てー! 良くん! こーんなに燃えてるけど! 綺麗なお庭だね!」
「ふかちゃん!」
崩れ落ちてきた超裁の壁に遮られて、良平は不可子を見失う。
最後に確認出来たのは、三町に群がる十一人の不可子の姿だった。
(2)
「わたしはヌマチさんから前もって聞いていたのよ。あなたの『切符』のことも、『お天道様』云々の呪いについても」
てきぱきと良平を手当てしながら、ぼやくように狩葉は言葉を紡いだ。
庭園を出てしばらく進んだ先の、暗い路地裏に良平達は潜んでいる。
「分かってる? あなたの馬鹿みたいな優しさは、呪いなんかじゃないし『切符』のせいでもない」
「…………」
「たとえ、本当にそうだとしても、誰かがあなたに抱いた『ありがとう』って気持ちは本物よ。……あなたはただの、優しい人なのよ」
「……天野さん、ありがとう」
「全然。馬鹿にして言ってるだけだからね、わたしは」
女の子を泣かせるなんて、最低よ。
そう言われて、良平は黙るしかなかった。
(3)
「……ジェイ……終わりましたか……?」
「わんっ!」
犬型のユマホ──ジェイは飼主の命令に従い、十一体のユマホを破壊した。
煤で汚れた身体を叩きながら、三町ネコは立ち上がる。
壊れかけた眼鏡やスーツの汚れに構うことなく、良平達の去っていった方向に視線を送った。
「ジェイ、あなたの『徳』は取っておきたかったけど……仕方ありませんね」
駆け出す瞬間、三町ネコは大きく吠えた。
「殺してやる!」




