第28話「好き!」
(1)
三町ネコの『切符』は、冴木倫子の『憎悪』や『悔恨』を抽出して造り出されている。
ヌマチ──平良耕作との邂逅を果たし、彼女の『切符』は暴走を始めた。
三町の今の目的を簡潔に言えば、『対象を選ばない殺意』である。
救いがあるとすれば、ひとつだけ。
三町ネコの本当の願い、すなわち寺永優真を蘇らせること。
それを今も、彼女は胸に抱いている。
(2)
超等裁判所の崩壊に、当然国民達は慌てふためいていた。
『国家』は一刻も早い国民の避難を呼び掛け、普段は人々が行き交う街はたちまちに静まり返る。
現場に急行した報道陣は崩れ落ちた建物に心を奪われ、担架で運ばれる独裁官達をカメラで映すばかりだった。
しかし事件は今、誰も近寄らないような路地裏で起きている。
「攻撃出来ない……他人を悪者にしたくない。それで自分が火傷するとか、仕様がないわね」
適切な処置を終えて、狩葉は立ち上がる。
どこかすっきりとしたような、明るい表情だった。
「どうすればいいのか、今だって悩んでるんでしょう? 大切な幼馴染みをあんな風にされて……本っ当に人が良い……っていうか、異常よね」
「人が良い、なんてことは無いよ」
狩葉に次いで立ち上がり、良平は己の頬を叩く。
「治療してくれて、ありがとう。天野さんやふかちゃんみたいに優しい人がいたから、なんとかやってこれたんだよ、僕は」
「そうやって性善説みたいなことを言って、傷付くのは分かりきってるのに……愚かね」
「見つけました! 見つけましたよ……! 平良良平! 天野狩葉!」
埃塗れのスーツに、傾いた眼鏡。
普段とは似ても似つかない三町の姿を見ても、二人は狼狽えなかった。
「三町さん、良いんですか? ジェイさんとやらの『徳』を使ってしまったら、蘇らせることは難しくなりますよ?」
「また! 積みますよ! 何度でもどれだけでも! ジェイを蘇らせるために良いことを! 良いことを! いっぱいします! これをご覧なさい!」
肌を晒す三町のあちこちには、刑官になった『元人間』の『切符』が刺さるように埋められていた。
「これで足りなければ、もっとです! もっともっと悪人を裁き、『徳』を積む……! それで、きっと、ジェイは……!」
三町の発言に狩葉は肩を竦め、良平は疑問を呈する。
「そのために、他人を……関係の無い人々を犠牲にするのは、僕には良いことだとは思えません」
一瞬、呆れたような顔をしてから三町は嘲った。
「不可子……、彼女は所詮、あなたにとってその程度の女だったってことですか」
挑発するような三町の台詞に、良平は真面目に応える。
「いえ、ふかちゃんは、そんなことをしない僕のことを好きになってくれたんです」
ジェイさんは、今の三町さんのことを、どう思うでしょうか──?
良平のその一言に、三町は激昂した。
「もういい! 死ね! ジェイ! 『遮断罪業』!」
「……わんっ、」
寺永優真の『切符』により動作する犬型のユマホ、ジェイは尻尾を振った。
「…………? ジェイ……?」
訳の分からない三町に、
「鮫島不可子の時と同じようなものじゃないの? 機械にだって心はある。馬鹿みたいだと思うけど、わたしはそういうのは嫌いじゃないわよ?」
何の根拠も無い狩葉の発言に、しかし三町は動揺する。
「ジェイ、あなたは……今の私を望んでいない……?」
「無関係な他人を傷付けてまで生き返らせてほしい人間なんて、いないと思います。だから、三町さん、もう……」
「そうですかそうですか! 分かりました理解しました了解しました!」
良平の言葉を遮って、大きく頭を振りながら三町は叫んだ。
「こんな『国家』があるからいけない! もういい! もういい! 私の体内に埋め込まれた四千二百二十一枚の『切符』! これを使ってハジけましょう!」
「……!」
今は名も持たない、かつて独裁官だった者達が積んだ『徳』を無理矢理に解き放ち、三町は大掛かりな自爆を試みる。
良平達の目に映る、発光する三町の身体はある種の神のようにも思われた。
「平良良平くん」
「はい?」
日常の声音で狩葉に呼ばれて、良平も同じように応える。
身体を三町の方に傾けながら、何でもないことのように言葉を紡ぐ。
「あなた、かなり愚かしいけれど……そこまで貫くのは大したものだわ。……ううん、はっきり言うわ」
「何を?」
「格好良い! 好き!」
だから、後はなんとかしてね。
そう言って、狩葉は駆け出した。
「あーあ、復讐に使おうと思ってたのに……まあ良いわ、行きましょうアポロ……!」
(──『徳』を積んで、許せない人間をひとり、殺すつもり──)
いつかの狩葉の言葉を、良平は思い出した。
けれど、あの時とは全く違う晴れ晴れとした表情で、狩葉は三町に向かっていく。
「『深愛!』」
瞬きをする間もなく、三町の身体を巨きな銀翼の烏が貫いた。
後に残されたのは、三町ネコの身体に埋まっていた何枚かの『切符』のみだ。
犬型のジェイも姿を消し、良平の目には超裁の存在したであろう場所から昇る煙が映るばかりだった。
(3)
人を傷付けてはいけない。
良いことをしなければいけない。
悪いことをしてはいけない。
(お天道様が見ているからね……)
それらの格言や脅迫は全て、仕組まれたものだった。
けれど、平良良平は感謝すらしている。
大切な大切な鮫島不可子を喪った。それは事実だ。
けれど、彼女を愛したことや、彼女に愛されたこと 。
それは、自分が『良い人間であろうとした』努力の賜物だったと、良平はそう思っている。
三町ネコを一撃で消滅させて、狩葉は地に伏した。
刑官になるリスクは抑えてあるとヌマチは言っていたけれど、それを保証できる者はもういない。
(──全てを葬る『万死』、全てを蘇らせる『救世』。使えるのは、どっちか一つ、一度切りだ──)
ヌマチの問いを聞いたときから、答えは分かりきっていたのかも知れない。
『全て』がどこまでに該当するのかは、良平にも分からないけれど。
美しい未来を夢見て、良平は唱えた。
『──『救世』!』




