今の立場で
漸く、午前中の作業に取り掛かる事が出来る状態となる。
今日の作業は、古川様と氷川様は御籤の文章を書く係。佳央様は、それを紙に包んでいく。
私も佳央様を手伝おうと思ったのだが、御籤を書く速さはゆっくり。
古川様から、
「山上は、・・・包まなくて良いから・・・ね。」
とやらせてもらえなかった。私は、
「なら、私は何をすれば良いので?」
と質問をすると、古川様は、
「えっと・・・。
山上は、・・・大祓詞を・・・スラスラと読めるように・・・練習して・・・ね。」
との事。だが既に、私は大祓詞を詰まらずに読む事が出来る。
私は、
「もう、大丈夫ですよ
概ね、読めるようになりましたので。」
と断り、別の作業を要求したのだが、古川様から、
「そう?
でも、・・・概ねじゃ駄目・・・よ。
全部、・・・覚えるまで・・・読み込まないと。
途中で詰まったら・・・失礼だから・・・ね。」
と返されてしまった。失礼というのは、神様に対してという事に違いない。
私は仕方なく、
「そうですね。」
と返すと、古川様は、
「なら、・・・万が一がないように・・・ね。」
と私に練習するように促した。
私は、もう良いのではないかと思ったが、
「分かりました。
覚えるまで頑張ります。」
と返事をし、仕方なく祝詞の練習を始めた。
周囲では、黙々と作業が行われている。
一方、私は、大祓詞を声に出して読むだけ。
たまに欠伸が出て、古川様から注意を受ける。
途中、社に近づく気配を感じる。
格子戸の方を見ると、赤谷様が近づいてきていた。
他の人は、自分の作業に集中している模様。
周囲に気を使い、私は座布団から立ち上がり、入口まで移動をした。
赤谷様は、向拝下の階段を登りきった所。
私は、格子戸を開けると、
「赤谷様、お久しぶりです。」
と挨拶をした。
慌てた赤谷様が、その場でおかしこまりをして、床に付くほど頭を下げた。
そして赤谷様は、
「恐れ入ります。
山上様。」
と挨拶を返すと、階段ギリギリまで後ろに下がった。
私は、
「そのように下がらなくても、大丈夫ですよ。
それよりも、今日も日の光があるとはいえ、外は寒いです。
ひとまず、中にお入り下さい。」
と言うと、赤谷様は、
「いえ、こちらにて十分にございます。」
と恐縮している模様。私は、
「楽にして結構ですよ。」
と伝えたが、赤谷様は、
「とんでもございません。」
と頭を上げる素振りすらない。
話が進まないので、
「分かりました。
それで、本日はどのようなご要件でしょうか?」
と確認すると、古川様がやってきた。
そして、
「私が、・・・聞くから・・・ね。」
と一言。私は、
「でも、今、一番の手持ち無沙汰は私ですから。」
と返したのだが、古川様から、
「立場を・・・考えて・・・ね。」
と言われてしまった。仕方がないので、私は、
「分かりました。」
と返事をし、自分の座布団に戻った。
赤谷様は、
「古川、助かった。」
と一言。相手は私だと言うのに、相当、緊張していたようだ。
そう思ったのだが、そう言えば私は、竜の巫女様と同格という事になっている事を思い出した。
悪い事をしたなと思った反面、こういう事は、出来れば私に聞こえないように言って欲しいとも思った。
古川様と赤谷様の二人で、話がすすめられていく。
内容は、明日の話し合いの事前確認。
直接私に聞けば良い内容まで、古川様を介して行われた。
私は面倒だと思ったが、そういう仕来りなので仕方がない。
そうこうしているうちに午後が近づき、氷川様から、
「そろそろ、昼か。」
と声が掛かる。私も、
「そうですね。」
と返したが、古川様と赤谷様の話し合いが終わる気配はない。
私は、
「続きは、また午後にしませんか?」
と提案すると、古川様は、眉根を寄せつつも、
「そう・・・ね。」
と肯定した。私は、
「後、聞く限りでは、赤谷様に数往復していただく必要があるように思われます。
手間なので、直接、稲荷神社まで行きましょうか?」
と確認したが、こちらは古川様から、
「それは、・・・駄目・・・かな。
今は、・・・山上の方が・・・格上になるから・・・ね。」
と指摘。赤谷様は、
「いや、いや。
失礼であろうが。」
と少し立腹の模様。同格の筈なのに、自分が仕える方が下だと言われたのだから、当然の反応だろう。
私も、
「そうですよ。」
と伝えたが、氷川様から、
「いや、いや。
山上よ。
今は、中に二柱もいらっしゃるのじゃろうが。
里のどの巫女様よりも、格は明らかに上じゃ。
少しは、理解せよ。」
と怒られてしまった。そして、
「赤谷と言うたか。
前は、確かに同格じゃった。
じゃが、今はもう、山上の方が格上じゃ。
間違えるでないぞ。」
と釘を刺した。
古川様から、
「氷川の物言いも、・・・十分失礼だから・・・ね。」
と指摘が入る。氷川様は、ハッとした表情で、
「仰る通りです。」
と苦笑いし、私に、
「申し訳ありませんでした。」
と謝った。私は、
「いえいえ、お気になさらず。」
と伝えると、古川様から、
「気にしない所は、・・・良い所だけど・・・、度が過ぎると・・・ね。」
と困り顔。私が、
「所詮、私は農家の三男ですから。」
と苦笑いすると、氷川様が強い口調で、
「それはそれ。
今の立場で物を言わぬか。」
と咎めてきた。
すると古川様は、
「氷川も、・・・自分の立場で・・・物を言おう・・・ね。」
と注意。氷川様は、
「仰るとおりに、ございます。」
と一言。雰囲気がなんとなく悪くなってきた。
私は、
「お腹も空いてきましたので、そろそろ昼食にしませんか?」
と仕切り直すように言うと、氷川様も、
「そうじゃったな。
・・・そうしましょう。」
と乗ってきて、この場は、一先ず終わりとなったのだった。
本日も短めです。
江戸ネタは、鐚銭以下のネタですが、2つほど。
作中、御籤が出てきますが、こちらは言わずとした寺社で箱のボタンを押したり棒を引いて吉凶を出す占いとなります。
古い御籤箱には、「鬮」の文字が書かれていることがありますが、これも「くじ」と読みます。
この御籤、籤を引いた後は「御籤箋」と呼ばれる占った結果が書かれた紙をいただきます。
この箋を、寺社の境内にある木や縄などに結んで帰る風習がありますが、こちらは江戸時代に「縁を結ぶ」ことと通じるからと始まったのだそうです。
あと、これもしょうもない話ですが、江戸時代の頃は寺社奉行を筆頭に「寺社」と書かれる事が多かったそうですが、それ以前の平安時代の頃は、「社寺」と神社の方を先に書く場合が多かったのだそうです。
もう一つ、こちらは「故障ではない」などでも出てきた通り、「おかしこまり」は正座の事です。
・おみくじ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%8A%E3%81%BF%E3%81%8F%E3%81%98&oldid=101300588
・寺社
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AF%BA%E7%A4%BE&oldid=87669248
・寺社奉行
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AF%BA%E7%A4%BE%E5%A5%89%E8%A1%8C&oldid=102237747




