大寒だった
竜山神社を後にして、谷竜稲荷に戻る。
社の扉を開け、私が、
「只今、戻りました。」
と挨拶すると、氷川様が、
「帰ったか。」
と挨拶を返し、
「それで、子狐達は見つかったか?」
と質問をした。私は、
「いえ、まだ見つかっておりません。」
と答えたが、原因は判明している。
稲荷神の力が封じられていたので、その眷属の子狐達も見えなくなっているのだ。
だが、誰が力を封じているのか等、判っていない事も多い。
ただ、竜山神社では、ご神木の呪いを解いてしまったり、赤竜帝と里の巫女達全員を集めて対策する事になったりと、色々な事があった。
思い返せば、かなり大きなヤラカシをしている。
私が何をどう伝えようかと悩んでいるると、氷川様が、
「何かあったか?」
と聞いてきた。私は、
「いえ、特には。」
と返したものの、氷川様が稲荷神社に帰れば判る話だ。
私は、
「ただ、向こうで色々ありまして・・・。」
と付け加え、言葉を考えていると。氷川様が、
「どのような問題じゃ?」
と答えるよう迫ってきた。私は、
「それはですね・・・。」
と言葉選びに迷っていると、氷川様は、
「言い辛い事か?」
と聞いてきた。私は、
「そういう訳でもないのですが・・・。」
と言葉を濁すと、古川様から、
「ご神木の・・・件?」
と聞いてきた。私は、
「はい。」
と答えると、氷川様は、
「竜山神社まで、ご神木を見に行ったのじゃったな。」
と私の行動を確認した。私は、
「はい。」
と答えると、氷川様は、
「そこで、何があったのじゃ?」
と確認した。私は、
「実は、竜山神社のご神木には、里の瘴気の流れを制御する呪いが掛かっていたのですが、これをうっかり解いてしまいまして・・・。」
と説明すると、氷川様はギョッとした顔になり、
「どうなったのじゃ?」
と膝を立てた。私は、
「はい。
元々、古い呪いだったそうで、近々、掛け直す予定だったのだそうです。
それを私が解いてしまいましたので、今度、里の巫女と赤竜帝で集まることになりまして。」
と説明した。すると、氷川様は、
「つまり、この責任を糾弾されに行くのだな。
見ようによっては、里を壊滅させるためにやったとも見えるのじゃからな。」
と恐ろしい事を言い出した。私は慌てて、
「決して、そのようなつもりはありません!」
と反論すると、氷川様は、
「解っておる。
山上がそのような事をしても、何も得せぬからな。」
と返し、
「ただ、この話が広まれば、そういった事を言い出す者もおるやもしれぬ。
用心せよ。」
と付け加えた。私は、妖狐の一件を思い出しつつ、
「はい。」
と返事をしたのだった。
本日の作業を終え、谷竜稲荷から屋敷まで行列を作って帰路につく。
雪は止んでいるが、地面には分厚く残っている。
ジャリッ、ジャリッと音を立てながら、ゆっくりと行列は進む。
途中、大通りに差し掛かる。
落ち込んでいる気分を紛らわせるため、周囲を見回す。
大店の前は除雪が行き届いているが、小さな店では状況がまちまち。
それで、昔、次兄との会話を思い出した。
──あれは確か、次兄が町に出てすぐの春先だったか。
次兄が、
「冬、買い物するならどんな店が良いか解るか?」
と尋ねてきたのだったか。私は、
「判らん。
買い物なんか、したことない。」
と答えると、次兄は、
「なら、教えてやる。」
と自慢げに言うと、
「店の前の雪をちゃんと退けてる、小さな店だ。」
と教えてくれた。私が、
「大店じゃないのか?」
と聞くと、次兄は、
「大店は、駄目だ。
俺の着ている物をギロッと見て、鼻で笑いやがった。
金がない奴は、門前払いだ。」
と町でそういう体験をした模様。私は、
「客なのにか?」
と聞き返すと、次兄は、
「そうだ。
だが、小さな店は違う。
特に、雪を綺麗に退かしているような店は、俺達みたいな者でも丁寧に対応してた。
どうせ買うなら、そういう店が良いだろう?」
と説明していた。
──実際は、どうなのだろうか?
何となく、綺麗に除雪してある小さな店に目を遣る。
軒先まで店主が出て、客を見送っている。
なるほど、丁寧な対応だ。
次に、大店の店の前を見る。
すると、店の中から身なりの悪い人が出てきて、
「少しくらい、まけやがれ!」
と怒鳴りながら帰っていくのが見えた。
事情は分からないが、なる程、これは次兄の言う通りなのかもしれない。
そんな事を思いながら、私は行列を続けた。
屋敷に着き、祝詞を上げて行列を終える。
佳央様が、
「今日、怒鳴ってる人、多くなかった?」
と聞いてきた。私は、
「そう言えば、そのような気がします。」
と返したのだが、古川様は、
「そう・・・かな?」
と首を傾げる。私は、
「はい。」
と返すと、佳央様も頷いた。
古川様が、
「まだ、・・・影響は出ない筈・・・だけど・・・。」
と少し心配そうな顔になる。私が、
「影響と言いますと?」
と確認したところ、古川様は、
「瘴気の件だけど・・・ね。
溜まると、・・・怒り易い人が増えるの・・・よ。」
と答えた。
纏めると、古川様はご神木の呪いを消した影響はまだ出ない筈なので、怒りっぽい人が増えたように見えるのは気のせいだと言いたいようだ。
だが、影響が出ていないという確証は、何処にもない。
──赤竜帝から、里からの追放を言い渡されたりしないだろうか・・・。
冬と言うのに、背中に汗が流れる。
私は、ゾッとしながら、
「思った以上に、やらかしてしまったようですね。」
と確認すると、古川様は、
「だから、・・・まだ無い筈・・・よ。」
と断言。・・・したと思ったのだが、古川様は、
「・・・多分。」
と付け加えた。
そのせいで、私は尚更、不安になったのだった。
すすぎをして、玄関先まで出迎えに来てくれた更科さんと一緒に自室まで戻り、着替えをする。
暫く呆然とした後、飯時となったので座敷に移動した。
座敷の商事を開けると、古川様と佳央様が、既に座布団に座っていた。
私は、
「お待たせして、済みません。」
と断りながら、いつもの座布団に腰を下ろした。
夕飯を運ぶ下女の人は、まだ来る様子がない。
何となく、沈黙が続き、それが重く感じる。
私は、少しでも増しな雰囲気に変えようと、更科さんに、
「今日の晩御飯は、何でしょうかね?」
と質問をした。
更科さんは、
「さぁ。」
と返す。が、続けて、
「でも、卵料理じゃない?
大寒卵とか、縁起物だし。」
と答えた。大寒卵と言うのは、大寒の日に生まれた卵だ。
私は、
「今日が大寒だったので?」
と確認すると、更科さんは、
「そうよ。」
と頷いた。そして、心配そうに、
「お仕事、大丈夫だった?」
と上目遣い。これは、谷竜稲荷で大寒に絡んだ行事を忘れていたりしていないかと聞いているのだろう。
だが、もしそういった行事があるのなら、古川様が指導してくれるに違いない。
私は、
「はい。」
と答えたのだが、更科さんは、
「なら、他で何かあった?」
と聞いてきた。私は、
「いえ。」
と返し、
「どうしてですか?」
と聞くと、更科さんは、
「今日は、玄関から口数が少ないから。」
と答えた。そういえば、屋敷に戻ってから、あまり会話をした覚えがない。
私は、
「そうでしたっけ?」
と首を傾げて見せたものの、何かあったのは態度で明白。
更科さんに、余計な心労を掛けたくない。
まさかご神木の呪いを解いて、里の瘴気の流れを変えてしまったなどという大失敗を話すわけにもいかないだろう。
私は、
「今日は、色々とありましたので・・・。
ですが、まぁ、何とか目処が立ちましたので。」
と誤魔化すと、更科さんは、
「なら、良いけど。」
と言いつつも、あまり納得していない表情。私は、
「はい。」
と頷いてみせたが、気の利いた言葉が思い浮かばず、会話を続けられなかった。
表情は明らかに苦笑い。
私は、
「そろそろ、晩御飯が出来る頃合いでしょうかね。」
と話を変えると、更科さんは、
「そうね。」
と返した。
私は、場の雰囲気を変えようと、
「清川様がいたら、『また卵』とか言うのでしょうかね。」
と言うと、更科さんは少しクスリと笑い、
「そうね。」
と返した。
私は、少しだけホッとしつつ、漸く廊下の方から下女の人が近づく気配がしたので、
「もうすぐ、本当に卵料理なのか分かりますね。」
と話したのだった。
本日は江戸ネタも仕込み損ねたので、微妙なやつでお茶を濁す程度で。。。(^^;)
作中、大寒卵というのが出てきます。
大寒は、年を24等分にした中で最も寒い時期とされているの時期の初日となりますが、この日に生まれた卵は栄養が詰まっていて体に良いとされており、縁起物として「大寒卵」と呼んでいるのだそうです。
大寒といえば、大寒の朝に汲んだ水は、年の中で最も清らかな水と言われているそうですが、この日に仕込んだ味噌等を大寒仕込みとか寒仕込みと呼ぶとのこと。
・大寒
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・二十四節気
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・味噌
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→江戸時代の頃も味噌汁の健康パワーが認められていて、本朝食鑑にも「医者殺し」と出ているのだとか。
・信州味噌 (企業)
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