早めの日程で
私が考えていた話が、一通り終わる。
──後は、氷川様が待つ谷竜稲荷に帰るだけだ。
社に入る前、少し雪が降り始めたのを思い出す。
雪の中を帰るのは億劫なので、先延ばしにするための理由を探す。
それで、佳央様に稲荷神社までお使いを頼んだ事を思い出した。
出掛けた先でお使いを頼んだ場合、何も決めていなければ、普通、頼んだ場所に戻って来るのではないだろうか。
そして、この考えの通りに動いた場合、佳央様は谷竜稲荷ではなく、竜山神社に戻ってくる事となる。
ここでうっかり私達が谷竜稲荷に帰ってしまうと、戻ってきた佳央様は、自分が忘れられたと感じるに違いない。
私は、佳央様から文句を付けられないよう、ここで時間稼ぎをする事にした。
そのような事を考えたが、私からの質問は尽きている。
なので、私は、
「今の所、私からの質問は以上となります。
巫女様からは、何かありますか?」
と相手に質問を出させ、時間稼ぎをする事にした。
しかし、竜山の巫女は、
「特に無い。」
と瞬きするような間に会話終了。
これでは不味いと思い、話題を探す。
私は、思いつきで、
「赤竜帝への頼み事もありませんか?」
と聞いてみた。後ろの蒼竜様から、布の擦れる音がする。
だが、竜山の巫女が眉間に皺を寄せつつ、
「その意図は、何じゃ?」
と逆に質問をしてきた。私は、あまり深く考えていなかったので、
「それはですね・・・。」
と考えつつ、時間稼ぎのため、
「赤竜帝の御前に、里の巫女を全員、集めるのですよね?」
と状況確認をした。
竜山の巫女が、
「そうじゃな。」
と頷く。
私は、お末様の言葉を思い出しながら、
「話し合うのは、里の瘴気とご神木についてですよね?」
ともう一度、状況確認を行う。
すると、竜山の巫女は少し間を取り、
「・・・なるほどの。
つまり、呪いを掛け直す儀式をするに当たり、必要な事は事前に伝えよと言いたいのじゃな?」
と問い返してきた。私は、未だ質問を思いついていなかったので、それに乗っかろうと考え、
「はい。
折角、儀式に参加するであろう巫女様が集まるのです。
先に伝えるべき内容や、確認したい事、特にやってはいけない事などあれば、共有して頂きたく。」
とお願いすると、竜山の巫女は、
「そうじゃな。」
と同意。だが、
「しかし、今、思いついたものを伝えたとて、抜けだの漏れだのが発生するやもしれぬ。
そもそも、日程すら決まっておらぬのじゃ。
後日で良いか?」
と尤もな返しが来た。私は、
「確かに、その通りですね。」
と相槌を打ち、頭の中が纏まっていなかったが、
「では、いつまでに呪いを掛けなければいけないと言ったような事、・・・制約のような物はありますか?」
と無理やり質問に纏め、
「不勉強なもので。」
と付け加える。竜山の巫女が、驚いたような顔になる。
が、少し間を置いて竜山の巫女は、
「謙遜せずとも良い。
赤竜帝が、こちらの常識を知るとは限らぬと言いたいのじゃろう?」
と納得顔。だが、私にその意図はない。
私が不勉強なのは言葉の通りだと伝えたかったのだが、竜山の巫女が先に、
「ならば、一つ。
里の呪いは、年内にも掛け直さねばならぬ。
故に、皆で集まるも、遅くとも明後日までには行うべきじゃろう。」
と注文を付けた。私は後ろを振り返ると、
「蒼竜様、聞いての通りです。
申し訳ないのですが、明日か明後日かで調整をお願いできますか?」
と伝えると、蒼竜様は、
「・・・承知しました。」
と返事をした。私は、
「他は、後日で宜しいでしょうか?」
と確認すると、竜山の巫女は、
「うむ。」
と頷き、この件の会話も終了した。
一先ず、佳央様の気配を探る。
が、まだ気配がない。
どうしたものかと思ったが、良い口実を思いついた。
私は、
「後は、稲荷神社に遣った者が、どのような言付けを持ってくるかですね。
暫く、こちらで待っていても良いでしょうか?」
と聞くと、竜山の巫女は、
「うむ。」
と了承。私は、
「ありがとうございます。」
とお礼を伝えた。
待っている間、何もやる事がない。
社の中を見回し、面白そうな物を探す。
部屋の隅に置いてある衝立に、鮮やかな花が描かれた紙が貼ってある事に気がつく。
こういった物を、更科さんのお土産にするのも良いかも知れない。
財布が軽い私には、少々、難しい話だが。
そのような事を考えているうちに、一通り見終えてしまう。
仕方がないので、暇つぶしに瞑想する事にした。
例によって、白い空間に入る。
周囲を見回すと、今回も禍津日神の分け御霊だけがいた。
私は、
「まだ、結界は解けていないのですね。」
と声をかけると、禍津日神の分け御霊は、
「逆に、何故、解けていると期待したのだ?」
と問いかけられた。私は、
「稲荷神の力が、そう簡単に封じられるとも思えませんので。」
と答えると、禍津日神の分け御霊は、
「そういう見方か。」
と納得し、
「だが、此度は事が終わるまで解けぬ。」
と断言した。私は、
「『事が終わる』と言いますと?」
と確認したが、禍津日神の分け御霊は、
「高く付くと言うた筈だが?」
と答える気は無い様子。だが、前に『高く付く』と言っていたのは、子狐達の居場所を聞いた時。
つまり、子狐達が見つかるまでは、結界が解けないという事のようだ。
それまでは、稲荷神の分け御霊や、その眷属の白狐と会う事は出来ないのだろう。
──そういえば、子狐達も稲荷神の眷属ではないか?
今更ながら、ここまで子狐達を探しに来たのが無駄足だった事に気がついた。
禍津日神の分け御霊から、
「自分で気が付いたか。」
と一言。私は、
「はい。」
と返事をした。
ここまで話しているのなら、子狐達が見えない原因についても教えてくれたら良かったのにとも思ったが、言った所で仕方がないので、
「この程度、すぐに気付くべきでした。」
と苦笑いしたのだった。
本日も短めです。
江戸ネタも、鐚錢以下のを一つだけ。
作中の「鮮やかな花が描かれた紙」は、千代紙を想定しています。
この千代紙、元々は色々な文様や図形が描かれた正方形に切られた和紙となります。
ですが、近年は洋紙であっても、和の図柄が描かれた正方形の物であれば千代紙と呼ばれているようです。
そういえば、おっさんが子供の頃に見かけた千代紙も、洋紙だった気がします。
安く作るための企業努力なのか、時代の流れなのか。。。(-_-;)
・千代紙
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・千代かみ御見本
https://dl.ndl.go.jp/pid/2541095/1/14