ここにはいなかった
竜山の巫女と会う事になった私は、不安な気持ちになっていた。
竜山の巫女に仕えている呪いを纏った人が、かなり怪しげに感じるからだ。
稲荷神社まで竜の巫女や稲荷の巫女に会いに行った佳央様が、物凄く羨ましい。
雪の降る空を仰ぎ、大きくひと呼吸。
体に入ってきた冷気に、ブルりと震える。
呪いを纏った人が、
「では、中に案内します。」
と会釈する。
──小さな社なのだから、案内もへったくれもあるまいに。
私はそんな風に思ったが、
「宜しくお願いします。」
と返事をした。
呪いを纏った人が、社の階段を登る。
私の後ろを、古川様、蒼竜様、雫様の順に続く。
社の中の様子が見えてくる。
外見の割に、小綺麗な部屋。
そして、社の一番奥に、台座と鏡が見える。
その鏡の正面には、長い白髪に干物のような、だが、恐ろしく存在感のある老婆が一人。
そして、その右斜め前には、やはり長い白髪だが、対象的に存在が薄く、生気すら感じさせない人が一人。
天冠は付けていないが、まるで幽霊のように見える。
その二人が、こちらを向いて座っていた。
座席順から、鏡の正面に座っている老婆が、竜山の巫女なのだろう。
呪いを纏った人が、竜山の巫女と思しき老婆の左前に控え、
「連れて参りました。」
と報告をした。
すると、竜山の巫女と思しき老婆が、
「うむ。」
と返事をする。そして、私をチラリと見た後で、
「そやつが、新しき巫女か。」
と確認をした。
だが、呪いを纏った人は、
「そのようでございます。」
と曖昧な返事で返す。これは、私が違うと言ったからに違いない。
竜山の巫女と思しき人が、
「違うのか?」
と聞き返すと、呪いを纏った人は、
「肯定なさいませぬでしたので。」
と答えた。
なんとなく、私が古川様の方を見ると、古川様が、
「座しても良いかと仰っております。」
と報告する。勿論、私にそのような意図はない。
だが、竜山の巫女は、
「そうであった。」
と反応し、呪いを纏った人もこちらに向き直って、
「気が付かず、申し訳ありません。」
と頭を下げた。そそくさと、どこからか座布団を1つだけ取り出す。
呪いを纏った人は、
「こちらに、お座りなさいませ。」
と勧めてくれた。
──後ろの3人の分は?
そうおもい、後ろの3人を振り返ったが、古川様が一つ頷く。
恐らく、気にせず座るようにという事なのだろう。
私は、
「分かりました。」
と答えて座布団に座ると、後ろからも、微かだが、床に座る音がした。
竜山の巫女が、
「して、そなた。
何用で参ったか?」
と確認をする。私が、
「こちらで、私共の子狐達が世話になったと聞きましたもので。」
と伝えると、竜山の巫女は、
「どうなのじゃ?」
と呪いを纏った人に確認した。
呪いを纏った人が、
「恐らく、先日の新参者にございます。」
と報告をする。
竜山の巫女が、
「あぁ、あれか。」
と答え、私に、
「放逐されたと聞いたが?」
と質問してきた。確かに子狐達は、社から追い出されて彷徨っている状態となっていた。
だが、それをそのまま認めると、なんとなく良くない気がする。
何か良い言い訳はないかと、古川様の座る後ろを振り返る。
すると、社の扉の敷居の向こう側に、3人が座っているのが見えた。
思わず、眉根を寄せる。
古川様が小声で、
「ここに・・・座っているのは、・・・仕来りだから・・・ね。」
と伝えてきた。やや不快に感じたが、仕来りならば仕方がない。
私は、低めの声で小さく、
「分かりました。」
と返事をし、『放逐』に関して上手い返しはないかと、
「ところで、こちらの巫女様が『放逐』と仰っているのですが・・・。」
とぼかしつつ聞いてみた。古川様が、少し考え、
「最近、・・・社を建て替えましたので、・・・帰る場所を見失った・・・とか?」
と答えた。私は、なるほどと思い、
「それですね。」
と返した後、竜山の巫女に向き直り、
「明確に放逐はしておりません。
ただ、最近、白狐と色々あり、社を壊してしまいまして。」
と説明した。竜山の巫女の眉間に皺が増える。
私は、もっと説明しないと納得してもらえないようだと思い、頭の整理がつかないままに、
「その後、白狐が私の中に入りまして。
社は建て直したのですが、白狐の所在が変わりましたので、それで勘違いさせてしまったと申しますか・・・。」
としどろもどろになった。そして、文脈をすっ飛ばしている自覚はあったが、
「ですので、昨日、子狐達に会った時、白狐の下に戻るよう指示を致しました。」
と無理やり結論を話した。一応、嘘は混じっていない。
竜山の巫女は少し考え、
「つまり、子狐達が嘘を吐いたと?」
と鋭い目で確認してきた。私は、
「嘘ではなく、そのように誤認したのでしょう。
視点が変われば、物事も違って見えますので。」
と言い訳をする。
竜山の巫女は少し考え、
「・・・つまり。
そなたは、人の眷属を横取りするような真似をしてと、文句を付けに来たのじゃな。」
と纏めた。若干、怒っているようにも見える。
私は、宥めようと思い、
「そこまでは、言っておりません。」
と伝えたが、竜山の巫女は、
「言ったも同然であろうが。」
とやはりご立腹の様子。私は、
「いえ。
今回は、こちらにも問題はありましたので、単に戻してもらえれば、それで良いです。」
と一歩引いて伝えたが、竜山の巫女は、
「やはり、こちらに非があると申しているではないか。」
と指摘した。
──穏便に事を進めようと言い回しに気を使った結果、土壺に嵌ってしまっているようだ。
私はそう感じていたが、なんとか収集しないといけない。
私は、
「いえ、決してそのような事は。」
と前置きし、
「お互いに子狐達を眷属と捉えている状態は不味いので、明確にしておきたく。」
と説明すると、竜山の巫女は、
「ふむ。
それは、一理あるな。」
と納得してくれた。だが、
「しかし、このような場を設けるのであれば、先触れを出し、菓子折りの一つも持ってくるが礼儀。
いきなり来れば、怒鳴り込みに来たと考えるは当然。
解るな?」
と窘められた。私も、話の流れからして仰るとおりだと思ったので、
「その点は、考えが至らず申し訳ありません。」
と謝った。そして、
「そういう事ですので、子狐達を返していただきますよう、お願いします。」
と付け加えると、竜山の巫女は、
「良いだろう。」
と返事をした。私は、ここで子狐達を出すだろうと思っていたのだが、特に何の動きもない。
私は、
「・・・返していただけないので?」
と確認すると、竜山の巫女は、
「だから、今、そう話したではないか。」
と答えた。私は、
「ここに、子狐達はいないので?」
と質問をすると、竜山の巫女が、呪いを纏った人を見た。
呪いを纏った人が、困った顔をして、
「昨日から、帰っておりませぬ。」
と説明する。
そう言えば、古川様は、ご神木の場所が判ったは言ったが、子狐達がいるとは話していない。
私は、自分の勘違いに気がついたので、
「そうでしたか。
分かりました。」
と返事をした。子狐達の所在は、後で探す事にする。
これで、1つ目の話が一区切りとなった。
だが、これからいよいよ、面倒な話をしないといけない。
子狐達に、何故、悪戯をさせていたかについてだ。
私は、気の重さを感じつつ、
「では、次の話です。」
と前置きをしたのだった。
本日も若干短めです。(^^;)
江戸ネタの方も、微妙なやつを一つだけ。
作中、天冠というものが出てきますが、こちらは死人に被せる三角形の布に紐が着いたものとなります。
一応、作中では天冠としましたが、三角頭巾とか角帽子等、いろいろな呼ばれ方をするようです。
この天冠、最近は付けない事もあるそうですが、死者の滅罪を願うものなのだそうです。
なお、天冠と言えば幽霊が被っているイメージがありますが、こちらは江戸時代に入ってから、演劇や文芸で定着したのだとか。
・死に装束
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・幽霊
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