わざわざ言わなくても
氷川様からの、思いもよらなかった指摘。
──食事が粥のみというのは、竜神を祀る仕来りであって、稲荷神を祀る仕来りではない。
竜の巫女様からは、少しお叱りはもらったが、仕来りは違って当然という言質をいただいた。
佳央様が、
「ねえ。
結局、おかず、食べて良いの?」
と質問をする。私は、
「氷川様が、『仕来りはない』と仰いましたから、良いのではないですか?」
と回答しつつ、氷川様の方を見た。氷川様は、
「そうじゃな。」
と同意。私は安心し、笑顔で、
「だそうです。
汁が冷めない内に、いただきましょう。」
と佳央様に伝えた。
だが、古川様から、
「まぁ、待て。
念の為、あちらの意見も確認した方が良いのではないか?」
と止められた。あちらというのは、稲荷神社の事だろう。
つまり、氷川様が嘘を吐いているという事なのだろうか?
私は、氷川様をちらりと見てから、
「どういう事なので?」
とやや低めの声で確認すると、古川様は、
「折角、古川が両方の意見を聞いたのじゃ。
それを聞いてからにせよと言っておるのじゃ。」
と答えた。どうやら、手順だけの問題のようだ。
私は、氷川様に嘘吐き疑惑を掛けたのではないのかと安心し、
「あぁ、そういう事でしたか。
分かりました。」
と頷いた。
古川様が、
「それで、・・・どうなった・・・の?」
と質問をする。古川様には、竜の巫女様が憑依していた間の記憶がない。
私は、
「はい。
竜の巫女様は、稲荷神社の作法なら問題ないと仰せでした。
古川様は、先程、稲荷神社での作法も確認したと思いますので、それを教えて下さい。」
となるべく簡略に伝えた。すると、古川様は、
「分かった・・・わ。」
と言うと、
「向こうでは、・・・お酒以外は大丈夫と・・・言っていた・・・わ。」
と返事をした。ただ、あまり納得している表情ではない。
私は、
「何か、引っかかる事があるので?」
と質問をしたが、古川様は、
「特には・・・ね。」
と否定。私が、
「特にですか。」
と言葉を繰り返すと、古川様は、
「ええ。
他所では、・・・違うんだって思って・・・ね。」
と苦笑い。私は、
「普段から行っている事に疑問を持つのは、難しいと思いますよ。」
と声を掛けると、古川様は、
「それは、・・・そうなんだけど・・・ね。」
とまた苦笑い。それを見た佳央様から、
「本人が分かっているのに、わざわざ言わなくても。」
と小言を貰ってしまった。
久しぶりに、粥以外のものを昼食で口にする。
納豆汁は、話している間に少々冷めてはしまったが、それでもまだ残る温かみがありがたい。
粥を食べた後は、沢庵で拭って終いにする。
食事の後、いつもの雑談の時間となる。
私は、
「今日、神社で屏風のぞきと蓑草鞋という妖怪の話が出まして。
どのような妖怪か、佳織は知っていますか?」
と質問をした。
すると、更科さんは、
「ええ。
屏風のぞきは男女の営みを覗く変態で、蓑草履は・・・。
あれっ?
あれって、何か悪さしたっけ?」
と答えた。佳央様が、
「そういえば、知らないわね。」
と首を捻り、
「でも、冬に鍬、担いでるのよ。
やっぱり、一揆って事じゃない?」
と鍬を振るう真似をした。物騒な話だ。
更科さんは、眉根を寄せ、
「一揆かぁ。
打ち毀しとか、怖いわよね。」
と同意を求めてきたので、私も、
「そうですね。
一揆する方も命懸けでしょうし。」
と頷いておいた。ただ、こういった話は、あまり長引かせるべきではない。
そう考えた私は、
「他に、どんな妖怪を知っていますか?」
と話を変える事にした。
すると、更科さんは、
「そうね・・・。」
と少し考え、
「糸引き娘とか知ってる?
さっき、納豆汁を食べたからから思い出したんだけど。」
と聞いてきた。私は、
「いえ、初めて聞きました。」
と答え、
「どのような妖怪なので?」
と質問すると、更科さんは、
「それがね。
最初は、綺麗な女の人が道端で糸引き車を使ってるんだけどね。」
と笑いを噛み殺しながら話した。そして、
「通りかかった男の人が見惚れると、急に歳を取っておばあさんになるのよ。
それで、男の人がぎょっとしてるのを見て、大笑いする妖怪なんだって。」
と説明を続けた。
恐らく、光の加減か何かのせいだろう。
美女に見えたので近づいたら、実は老女だったという勘違いを、笑い話にした物に違いない。
私は、
「それは、いそうですね。」
と苦笑いすると、佳央様も、
「ええ。
多分、狸か狐だと思うけど。」
と同意した。
古川様から、
「もう、・・・そろそろ。」
と一言。神社に向かう時間になったようだ。
私は、
「そうでした。
そろそろ、準備しましょう。」
と言って、この話は終わりとなった。
更科さんが、
「外、降ってないと良いわね。」
と雨戸の方を見る。私も一緒に、そちらを確認する。
一応、雪が雨戸に当たる、パラパラという音は聞こえない。だが、音もなく積もる雪もある。
私は、
「はい。」
と頷き、
「でも、天気の事は読めませんので。」
と言うと、更科さんも、
「そうよね。」
と同意した。屋敷に戻った時、似た会話をした事を思い出す。
私は、これからも雪が降る度に、同じ話を繰り返すのだろうななどと思いながら、
「では、着替えに行きましょうかね。」
と座布団から立ち上がり、いつものように、
「佳織も、手伝いをお願いします。」
と声を掛けたのだった。
(年賀状作りのため)今回も短めです。。。(--;)
作中、「一揆」「打ち毀し」が出てきます。
この『百姓一揆』、様々な形態がありますが、百姓たちが我慢ならない程の理不尽を感じた時、上役に言って駄目なら更に上の人に訴える『越訴』や、集団で鍬や鋤などを持っての『暴動』、時に(米屋、質屋など)裕福と思われる店などへの『襲撃』『略奪』といった所謂『打ち毀し』が行われたりしました。
更科さんの実家は御用商人をやっているくらいなので裕福ですのでが、打ち毀しと聞いて実家が襲撃される様子を想像し、ゾッとしました。
後、作中の「糸引き娘」は、徳島に伝わる「糸引き娘」をベースにしています。
wikiでは『たちまち白髪の老婆に姿を変え、大声で笑い出して相手を驚かせる』となっておりますが、作中では『男の人がぎょっとしてるのを見て、大笑いする』と若干表現が異なります。
こちらは、更科さんの勘違いという事でお願いします。
・一揆
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%B8%80%E6%8F%86&oldid=101179215
・打ちこわし
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%89%93%E3%81%A1%E3%81%93%E3%82%8F%E3%81%97&oldid=102061162
・糸引き娘
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B3%B8%E5%BC%95%E3%81%8D%E5%A8%98&oldid=90185568




