それは、どこの仕来りなのじゃ?
一旦着替えて、座敷に移動する。
外は、かなりの寒さだが、部屋の中も例外ではない。
火鉢程度では、間に合わない。
胸の前で掌を擦り合わせたり、その掌を膨らませ、そこにはーっと息を吹きかたりを繰り返す。
──そう言えば、実家は隙間風は吹き込んできたが、囲炉裏は暖かかったな。
少しだけ、去年の冬を思い出す。
更科さんから、
「雪が降ると、やっぱり寒いわね。」
と話しかけてくる。
私は、
「はい。」
と同意すると、佳央様から、
「悪かったわね。」
と一言。だが、寒いのは季節のせいで、佳央様が悪いわけではない。
私は、
「いえ。
実家なら、隙間風ですから。」
と返すと、佳央様は、
「あぁ。
ピューピュー鳴るって言ってたやつね。」
と少し楽しそう。佳央様と初めて会った時の事を思い出す。
私は、少しムッとしながら、
「はい。」
と同意した。囲炉裏の方が暖かかったという話は、角が立つので止めておく。
更科さんが、
「あれ、寒いわよね。」
と確認の一言。私は、
「はい。」
と答えたが、考えてみれば、更科さんの実家はしっかりした作り。
私は小首を傾げ、
「ですが、どこで隙間風に?」
と質問をすると、更科さんもまた、少し不思議そうにした。そして、
「あぁ。」
と何かを閃いてから、
「冒険者学校よ。
後、冬中、ずっと実家にいるわけじゃないからね。」
と説明してくれた。なるほど、考えてみれば当たり前の話だ。
私は、
「そういう事でしたか。」
と納得をした。佳央様が、
「学校でも、やっぱり、音、したの?」
と確認をする。すると更科さんは、
「ええ。
ヒューッ、ヒューッ、って。」
と音真似をして説明した。
佳央様は、
「楽しそうね。」
と笑うが、そんな事はない。
私が、
「隙間風は、面白くありませんよ。
寒くて震えますから。」
と説明すると、更科さんも、
「ええ。」
と同意。佳央様は、
「あぁ、人間はそっか。」
と返事をした。
下女の人が、座敷の前までやってくる。
そして、障子越しに、
「昼食にございます。」
と声を掛けてきた。佳央様が返事をすると、障子が開く。
そして、下女の人が膳を運び入れてきた。
今日の昼食も、当然、粥のみ。
そう思っていたのだが、膳の上には白菜の漬物と沢庵、そして、納豆汁が乗っていた。
昔、次兄が、町では冬にたたき納豆が売られていたと言っていたのを思い出す。
私は、
「これは、食べても良いので?」
と古川様に聞くと、
「勿論、・・・駄目・・・よ。」
と案の定の返事。私は、
「勿体無いと思うのですが・・・。」
と主張したのだが、古川様は、
「仕来りだから・・・ね。」
と折れてくれない。私は、
「分かりました。」
と溜息を吐いた。
佳央様が、下女の人に、
「どうして、お粥以外も出したの?」
と質問をする。
すると、下女の人は目を彷徨わせながら、
「午後は無いと、連絡を受けましたが・・・。」
と答えた。佳央様が、
「私は、してないわよ?」
と指摘する。下女の人は、困惑しつつ、
「確認しますので、少々お待ち下さい。」
と言うと、膳はそのままにいそいそと座敷を退出して行った。
目の前には、粥以外のおかず。
だが、仕来りと言われてしまえば、食べるわけにはいかない。
未練がましいとは思いつつも、漬物を見つめる。
右手で箸を取り、左手で端が揃うように調整する。
左手で碗を持ち、箸を添えつつ粥を啜る。
横を見ると、更科さんも遠慮してか、粥だけ手に取った。
氷川様が、古川様に、
「のう。
良いか?」
と質問をする。古川様が、
「ええ。
・・・どうした・・・の?」
と返事をすると、氷川様は、
「今の話、どこの仕来りなのじゃ?」
と確認をした。氷川様が、
「・・・どの・・・事?」
と質問をする。だが、これは明らかに昼食の件に違いない。
私は期待を込めて、
「ひょっとして、稲荷神社では別の仕来りなので?」
と確認すると、氷川様は、
「うむ。
先程は黙っておったが、昼食が粥のみなど、聞いたこともないのじゃが・・・。」
と答えた。
氷川様が来た谷竜稲荷は、稲荷神を祀る神社。
一方、古川様は、竜神を祀る一派となる。
つまり、稲荷神社から来た氷川様が主張する仕来りに従うべきだろう。
そう考えた私は、
「古川様。
念の為、問い合わせていただいても良いですか?」
と確認すると、古川様は、
「ええ。
そうするわ・・・ね。」
と目を瞑る。暫くして、古川様が目を開けると、
「もう少し、・・・待って・・・ね。」
と言って、また目を瞑った。
暫くすると、古川様、
「こんな事で、呼び出しおって。」
と叱られた。口調から、竜の巫女様が憑依したに違いない。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝ると、古川様は、
「谷竜稲荷は、稲荷神の神社じゃ。
竜神を祀る神社と作法が違うは、当然ではないか。」
と答えた後、
「そもそも、ここでは山上が一番じゃ。
正論なら、言えば皆、従うわ。」
と少し説教をされた。氷川様が、
「仰る通りにございます。」
と同意する。だが、私としては、誰かに聞ける環境を整えておきたい。
なので、
「分かりました。
ですが、私はまだ若輩ですので、判らない事も多々あります。
その折は、ご指南の程、お願いしたく存じます。」
と軽く頭を下げた。
すると古川様は、
「助けぬとは、言っておらぬわ。」
と苦笑したのだった。
本日も短め。
作中、(明らかに後書きのためとバレバレな感じで)「たたき納豆」というものが出てきますが、こちらは書いたままで、納豆を叩いて潰した物を想定しています。
このたたき納豆、納豆売りが細かく刻んだ葉物野菜や豆腐等を付けて、朝一番に売り歩いていたのだそうです。
古くは冬に売られていたとのことで、その名残か、俳句で使うと冬の季語となるのだとか。
・納豆汁
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B4%8D%E8%B1%86%E6%B1%81&oldid=101976572
・嬉遊笑覧 : 12巻附1巻 下 - 飲食
https://dl.ndl.go.jp/pid/992505/1/238




