なかなか来ない
谷竜稲荷の社の中、瞑想を終えた私は目を開いた。
先程、白狐は『もうすぐ氷川様が着く』と言っていたが、その気配は感じられない。
──あの言葉は、あの場をお開きにするための方便か?
そう思ったが、もう一度瞑想をして文句を付けに行くという程の事でもない。
私は、古川様に、
「まだ、来ないのでしょうかね。」
と声を掛けると、古川様は、
「そうね・・・。」
と少し考えながら、格子戸の方を向いた。そして、
「この・・・雪風だから・・・ね。
まだ、・・・掛かると思うわ・・・よ。」
と返した。私も、格子戸越しに、外を窺う。
──酷い吹雪だ。
私は、氷川様のたっぷりとした体格を思い出し、
「やはり、そうですよね。
風も強いですし・・・。」
と溜息を吐いた。すると、佳央様が、
「『はやり』って?」
と質問をする。私は、
「先ほど白狐から、『そろそろ着く』と言われましたので。」
と説明すると、古川様は不思議そうに、
「そう・・・なの?」
と首を傾げた。
私は、
「はい。
稲荷神の分け御霊も、否定しませんでしたので、近くまで来ているのではないかとは思っていたのですが・・・。」
と付け加えると、佳央様が、
「探してみるわね。」
と目を瞑った。
そして、すぐに目を開けると、
「いたわ。」
と宣言。私は、
「では、もうすぐ着くのですね。」
と返すと、佳央様は、
「ん〜。
どうかしらね。」
と答えに悩んでいる様子。私はどうかしたのだろうかと思いながら、首を捻ると、佳央様は、
「稲荷神社と、逆の方にいたのよ。」
と説明した。古川様が、
「条件が、・・・複雑だったのかも・・・ね。」
と自信なさげに感想を言う。出発前にどの道順が吉か占いを行うが、条件というのは、その結果の話だろう。
私は、
「なるほど、複雑な結果が出たのですか。
だから、行き過ぎざるを得なかったという事ですね。」
と納得した。そして、
「ならば、もう暫く、のんびり待ちますか。」
と気を抜いたのだが、古川様から、
「山上は、・・・大祓詞の練習・・・かな。」
と言われてしまった。今はまだうろ覚えなので、そうした方が良い事は理解できる。
理解できるのだが、いきなりやれと言われても抵抗がある。
私は、
「氷川様も、もうすぐそこという話です。
又今度、という事にしませんか?」
と先送りにしようとした。だが、古川様は、
「なら、・・・もう覚えたの・・・ね?」
と窘めてきた。
私は、その言い方は狡いと思ったが、仕方なく、
「まだなので、頑張ります。」
と返した。が、すぐに大祓詞を書いた紙がここにはない事に気が付く。
私は、
「・・・申し訳ありません。
大祓詞を書いた紙を、部屋に置いてきてしまいました。
すみませんが、もう一度、書いていただけないでしょうか?」
とお願いした。すると古川様は、
「仕方が・・・ないわ・・・ね。」
と亜空間から紙と筆を取り出した。そして、さらさらと大祓詞を書き始める。
──もっと、ゆっくりと書いても良いのに。
私はそう思ったが、古川様はすぐに書き終え、
「頑張ってね。」
と私に紙を手渡した。
私は、そうは思っていなかったが、
「ありがとうございます。
頑張ります。」
とお礼を伝え、大祓詞をゆっくりと読み上げ始めた。
大祓詞を、2回、読み上げる。
私は、あれから結構な時間が経っているので、
「流石に、遅くありませんか?」
と質問をした。佳央様も同様に思っていたのか、
「そうね。」
と頷き、目を瞑る。また、気配を探してくれているのだろう。
私は、
「如何ですか?」
と声を掛けると、佳央様は目を開き、
「今度は、社の裏手の道を歩いているみたい。」
と眉根を寄せて話した。私も不思議に思い、
「まるで、迷子みたいですね。」
と感想を言うと、佳央様も、
「そうね。」
と同意する。私は、
「氷川様は、地元の人ですよね?
いくら雪が酷いからと言って、道に迷うものでしょうか?」
と質問をすると、古川様も、
「そう、・・・ね。」
と同意。私は、
「念の為、念話で、状況を確認して貰えませんか?」
とお願いすると、古川様も、
「そう・・・ね。」
と頷いた。今度は、古川様が目を瞑る。
暫くして、古川様は、
「あるべき辻が・・・ないって・・・言っている・・・わ。」
と困り顔。私が、
「道がなくなるなんて事は、流石にないでしょう。」
と突っ込みを入れると、佳央様も、うんと頷く。
古川様は、
「長く町を離れると、・・・増えたり減ったりすると・・・聞くけど・・・ね。」
と説明したものの、古川様もそうは思っていない様子。
私が、
「まるで、狐に化かされているみたいですね。」
と冗談を言うと、古川様が、ぽんと手を打ち、
「多分、・・・それ・・・ね。」
と納得した模様。私は、
「冗談で言ったのですよ?」
と確認したのだが、古川様は、
「そう?
狐の怨念とか、・・・よくある話・・・よ?」
と本気で言っている様子。
──よくあるのか?
私はそう思いながら、何か忘れていないかと記憶を手繰ってみた。
暫くして、この神社に初めて来た時、謎の子供の声を追いかけて来た事を思い出す。
あれ以来、その声を聞いていないが、その後、声の主はどうなったのだろうか?
そして、その声の主が、今回のいたずらを引き起こしたという事はないだろうか?
そう思った私は、
「この神社が壊れる前、子供の声の何かが3人、ここに憑いていたように思います。
それが、いたずらをしているのかも知れませんね。」
と指摘したが、古川様は、
「どう・・・かな。」
と肯定もしなかったが、否定もしなかった。
佳央様が、
「白狐に聞いてみたら?」
と一言。古川様も、
「そう・・・ね。」
と同意する。なるほど、その方が早いかも知れない。
私もそう思い、
「では、少し瞑想して聞いてきます。」
と言って目を瞑った。
本日、所要と言うかちょこっと投票に行ってきたので短めです。(^^;)
後書きは、しょもないネタを一つ。
作中、「辻」というのが出てきますが、こちらは十字路の事を指します。(ちなみにT字路は、今でもそう呼びますが、江戸時代の頃は「丁字路」と呼ばれていました)
で、江戸時代の頃、主要な辻には『どちらでしょうね』の後書きで軽く触れた通り、「辻番」と呼ばれる治安維持組織が配備されており、町中を巡回したり辻番所という施設で待機したりしていました。
この辻番、最初は武士が担当していそうですが、後に民間(町人)に委託されるようになったのだそうです。
ただ、この委託された人達は少々モラルが低かったようで、辻番所で禁止されている筈の商売や博打などをして、幕府から注意を受ける事もあったのだそうです。
・十字路
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・丁字路
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・辻番
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%BE%BB%E7%95%AA&oldid=100613356