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別人疑惑

 私が目を開けると、そこには更科さんの顔があった。

 更科さんが、


「和人!」


と私を抱き()しめた。かなり、不安だったようだ。

 先程は、黄泉(よみ)への道が開きかけたくらいだ。現実でも、かなり具合が悪かったのだろう。

 だが、今は酒が綺麗(きれい)に抜けている。

 更科さんが、白魔法(神聖魔法)を頑張ってくれたに違いない。


 私は更科さんに、


「心配をかけました。」


と声をかけると、更科さんは、


「うん。」


と同意し、


「和人、もうお酒、飲まないでね。」


と泣きそうな声で言ってきた。

 私は、何故かそのまま(うなづ)くと、二度と酒が飲めなくなる気がして、


「はい。

 もう、竜人用のお酒は()()りです。」


と話をすり替えると、佳央様から、


「何か、思ったより余裕っぽくない?」


とジト目で言われてしまった。どうやら、話のすり替えに気がついたようだ。

 私は、


「余裕と言いますと?」


(とぼ)けたのだが、佳央様は、


「そういう所よ。」


とジト目の度合いが強くなる。私は、


「そういう所と言われましても。

 あちらでも、黄泉への道が開きかけているという事で、大騒ぎだったのですから。」


と返すと、更科さんが、


「大丈夫なの?」


と聞いてきたので、私は、


「はい。

 禍津日神にも、協力いただきまして。」


と答えると、周囲全員、ぎょっとした顔。

 佳央様が、


「黄泉に押し込むんじゃなくて?」


怪訝(けげん)な顔。押し込まれていれば、今、私は生きていなかったに違いない。

 私が、


「えっと・・・。」


と首を傾げながら理由を考え、


「恐らく、その前に『命までは取らぬ』と言った手前だと思います。」


と説明した。が、そういえばこの話、佳央様や更科さんにした覚えがない。

 念の為、


「そういう話をしていましたので。」


と付け加えたが、更科さんから、


「その分、沢山、不幸な事が起きるとかはない?」


と心配されてしまった。私は安心してもらうために、


「後で確認はしますが、多分大丈夫だと思いますよ。

 あまりに悪い方に傾いた天秤を、少しだけ戻す事にしたのだと思います。」


と理由をでっち上げ、


「それに、最終的に白狐から『後家にする気か?』と言われまして。

 それは嫌だと強く思いましたところ、あちらへの道が閉じたのです。

 ですので、あれはあくまで補助だったのだろうと考えています。」


と補足した。更科さんが、


「最後、私の事を思って生き残ったんだ・・・。」


とボソリ。私は、


「はい。」


と強く(うなづ)き返し、思いつきで、


「佳織の声かけも、生き残る力になったのかもしれません。」


と加えておく。更科さんが、


「そうなんだ。」


(ひたい)()り付けてきた。

 想定通り、喜んでくれたようだ。


 紅野様が、


「今回は、(ひど)い目に()わせて、すまなんだな。」


と謝る。私は、


「いえ。」


と謝罪を受け入れ、


「ただ、次からは人間の飲める酒で、お願いします。」


と苦笑いを見せた。紅野様も、


「そうじゃな。」


と反省している模様。だが、佳央様が、


「でも、今回は、ちょっと不注意だったんじゃない?」


と文句をつけた。紅野様は、


「じゃが、今の季節には手に入らぬ(たけのこ)(もろ)うたのじゃ。

 お礼に一番の酒でと思うは、人情ではないか。」


と言い訳をした。佳央様が何か(しゃべ)ろうとしたが、その前に私から、


「恐れ入ります。」


とお礼の気持ちを伝える。だが、佳央様は、


「和人は黙ってて。」


と軽く(にら)みつけられ、私はその剣幕(けんまく)に、


「はい。」


と頷いた。


 それから四半刻(30分)程、佳央様から紅野様への説教が続く。

 私は、流石にもう良いのではないかと思い、


「そろそろ、良いのでは?」


と仲介しようとしたのだが、佳央様は、


「自分の事でしょう?

 それに、そろそろって何?

 時間が重要じゃないの。

 理解出来てるかが重要なの。

 解る?」


と言って、そこから更に四半刻(30分)、説教に巻き込まれてしまったのだった。



 説教が終わり、部屋に戻る。

 更科さんが、


「散々だったわね。」


と苦笑い。私も、


「はい。」


と同意。更科さんは、


「じゃぁ、次は祝詞(のりと)ね。」


と忘れていた予定を口にした。

 私は、正直、もう疲れて何もしたくない気分だったが、


「そうですね。」


と返し、長火鉢まで移動した。

 先に、炭に火を着ける。

 そして、長火鉢の横に付いた引き出しから、大祓詞(おおはらえのことば)が書かれた紙を取り出した。

 仕方がないので、読み始める。


 八回目の音読の時、下女の人が障子の外にやってきた。

 そして、


「すみません。

 湯たんぽを持って参りました。」


と声を掛けてきた。更科さんが、


「はい。」


と返事をする。

 障子が開き、下女の人が湯たんぽを持って部屋に入る。 


 例によって、1個だけだ。


 その1個の湯たんぽを、手前の布団の中に仕込む。

 下女の人は、


「それでは、私はこれで下がらせていただきます。

 中には熱湯が入っています。

 くれぐれも割らないよう、お気をつけください。」


と注意を言い残して部屋を後にした。

 更科さんが、


「今夜も、一緒に寝ようね。

 湯たんぽ、一つだから。」


と嬉しそうに話す。昨日は、想像しただけで、心臓が早鐘(はやがね)のようだった。

 だが、今夜はそうではない。

 恐らく、稲荷神の()御霊(みたま)のせいだろう。

 私は、


「そうですね。

 ただ、祝詞は後2回、残っています。

 先に、寝ていて下さいね。」


と無難な返事を返し、大祓詞を読み始めた。

 昨日と違い、落ち着いて大祓詞を読み上げていく。

 お陰で、残りも、四半刻(30分)もかからず読み終えた。

 更科さんが、


「和人。

 聞いて良い・・・?」


と何やら改まった様子。私は、


「はい。

 何ですか?」


と聞き返すと、更科さんは、


「うん。」


と少し()めを作り、


「今の和人。

 ・・・本物?」


と訝しげに聞いてきた。私は、


「どうして、そのような確認を?」


と首を傾げると、更科さんは、


「だって、今日の和人。

 途中から雰囲気、変わったから。」


と指摘した。私は、そういえばと思い、


「日中、稲荷神の()御霊(みたま)が、無理やり心を落ち着かせたと言っていました。

 恐らく、その影響ではないでしょうか。」


と原因になりそうな事を話すと、更科さんは、


「禍津日神か、白狐ではありませんよね?」


と確認。私が乗っ取られているのではないかと、考えていたようだ。

 私は、


「違いますよ。」


と否定したが、更科さんは、


本当(ほんと)に?」


と納得出来ない様子。私は、


「では、私しか知らないような事を聞いて、確認するのはどうでしょうか。」


(すす)めたが、更科さんは、


「白狐ならそれで判るかもだけど、神様なら知ってそうじゃない?」


と不安そうな声。知識を確認したのでは、私だと証明出来ないと思っている様子。

 私は、


「ならば、どうすれば信じて貰えるのでしょうか?」


と質問したが、更科さんは、


「やっぱり変よ。

 和人なら、そんな風に聞かない(はず)よ?」


と、疑いの言葉が返ってきた。

 私は、


「そんな風に言われましても・・・。」


と困ったのが、信じて貰うための方法は思いつかない。

 私は、


「ならば、仕方がありません。

 出来れば湯たんぽのある布団で寝たかったのですが、向こうで寝ますね。」


と言って、すごすごと普段、更科さんが使っている方の布団に入った。

 すると更科さんは、


「やっぱり変よ。

 いつもなら、もっと誤解、解こうとするでしょ?」


と指摘。更に、


「それに、その布団。

 一昨日まで私が使ってたんだから、本物なら、もっと色々、悩むはずよ?

 なのに、今は耳も赤くないじゃない。」


ともう一つ、理由を重ねる。私は昨日の自分を想像して、


「あぁ。確かに。」


と納得したが、乗っ取られていない事も確か。

 私は、


「次に稲荷神の分け御霊と会いましたら、必ず元に戻すように言いますね。」


と宣言すると、更科さんは、


「そうして。」


と一言。私は、


「はい。」


とだけ答えたのだった。


 今回、江戸ネタは仕込みそこねたのですが、何もないのもあれなので鐚銭(びたせん)以下のを一つだけ。


 作中、山上くんは酒を飲んでよく寝ていますが、中には、酔っ払うと迷惑行為をするようになる人もいます。

 江戸時代の頃、これを「酒狂」と呼んだのだそうですが、その「酒狂」の状態で罪を犯すと、普通よりも刑が重くなったのだそうです。


・酔っ払い

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