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黄泉(よみ)への道が開きかけた

 夕餉(ゆうげ)を食べているうちに、障子が夕焼け色に染まる。

 下女の人が行灯(あんどん)を運び入れ、火を(とも)す。


 私が、


「そろそろ、日も暮れますね。」


と暗に今日の夕餉の終わりを示唆(しさ)したが、紅野様が、


「まぁ、待て。

 雪見酒も、乙なものじゃよ。」


と言って控えていた下女の方を見た。

 下女の人が、障子を開ける。

 ブルリと震えるが、庭の雪が茜色(あかねいろ)に変化して美しい。


 紅野様は、


「やはり、この時間じゃのぅ。」


とにんまりとし、


(さかずき)を。」


と一言。紅野様は既に盃を持っているので、私達の分を頼んだようだ。


 下女の人が、すぐに(さかずき)を運んでくる。

 その盃を佳央様、更科さんと私に配る。

 私は、うやむやにはなったが、以前、佳央様から禁酒するように言われていたのを思い出し、


「佳央様。

 宜しいですか?」


とお(うかが)いをたてた。

 すると、佳央様は紅野様をちらりと見てから、


「まぁ、いいんじゃない?

 今日は、赤竜帝もいないし。」


とお許しが出る。私は、


「ありがとうございます。」


とお礼を伝えると、紅野様から、


「山上は、飲めぬ体質じゃったか。

 無理なら、進めぬが。」


と以外そうな顔。私は、折角(せっかく)のお誘いなので、


「多少なら、大丈夫です。」


と伝えると、佳央様が、


「そうね。

 でも、飲んだら、すぐに寝ちゃうのよ。」


と付け加えた。

 紅野様が、


「つまり、赤竜帝の前で寝たという事じゃな。」


と眉根を寄せる。私は、


「酒には、勝てないようでして・・・。」


と伝えると、紅野様は、微妙な顔をしつつも、


「良い、良い。

 人には、得手不得手があるものじゃ。」


と問題にしない模様。紅野様は、


「ひとまず、一口だけでも付き合え。」


と盃を持ち上げた。私も、


「はい。」


と返事をした。


 紅野様が、銚子(ちょうし)を回す。

 盃に酒を注ぎ、更科さんに銚子を渡す。


 なんとなく、酒精の強さを感じる。

 私は嫌な予感がしたが、すぐに紅野様が、


「では。

 良縁がある事を祈って。」


と盃を上げた。『良縁』と言うのは、養子の件を指しての事だろう。

 私は、


「ありがとうございます。」


と一口飲んで、次の瞬間には白狐が目の前にいた。


 眼の前の白狐が、


<<飲む寸前に、判っておらなんだか?

  小童(こわっぱ)も、()りぬのぅ。>>


(あき)れ顔。私は、


「申し訳ありません。」


と苦笑いするしかなかった。



 回りを見回してみる。

 白狐の他に、例の(てのひら)くらいの男の子もいる。

 こちらは、禍津日神(まがつひのかみ)()御霊(みたま)だ。

 私が、


「お世話になっております。」


挨拶(あいさつ)すると、禍津日神の分け御霊も、


「うむ。」


と一言。だが、若干、ソワソワしているようにも見える。

 私が、


如何(いかが)なさいましたか?」


と質問すると、禍津日神の分け御霊は、


「酒で、死にそうになっているではないか。

 これを、繰り返しておるのか?」


と聞いてきた。私は、


「これで、二度目ですね。」


と答え、白狐も、


<<前も、死にそうじゃったのぅ。>>


眉間(みけん)(しわ)を寄せて確認する。

 私は、


「はい。

 ですが、あの時は飲まざるを得なかったので。」


と苦笑いすると、白狐は、


<<まぁ、あの時はまだ、飲んで倒れるなど思わなんだからのぅ。

  仕方あるまい。>>


と同じく苦笑い。だが、


<<じゃが、今回は違う。

  直前に、酒精の強さを感じておったじゃろうが。

  それに、向こうも一口と言っておったのじゃ。

  こういう場合は、盃に口をあてるだけで良い。>>


と作法を教えてくれた。私は、


「それで良いので?」


と確認すると、白狐は、


<<世の中、右利きもおるのじゃ。

  そのような作法もあるわ。>>


と返した。私が、


「右利きですか?」


と聞き返すと、白狐は、


<<下戸(げこ)じゃ。

  下戸。

  下戸は、知っておるじゃろう?>>


と言ってきた。私は、


「飲めない人でしたか。」


と確認すると、白狐は、


<<そうじゃ。

  知らぬのか?>>


と確認してきた。私が、


「はい。」


と返すと、禍津日神の分け御霊が、


「そち()、仲が良いな。」


と苦笑い。私は、


「いえ。

 仲が良いとかは。」


と否定したが、白狐は、


<<つれぬのぅ。

  ここの所、夜の(たび)に会うのじゃ。

  今や敵対もしておらねば、それなりにはのぅ>>


と返した。確かに、その通りかもしれない。

 私も、


「まぁ、そうですね。」


と同意したのだが、ここで禍津日神の分け御霊は上を見上げた。

 私は、


如何(いかが)なさいましたか?」


と確認すると、禍津日神の分け御霊は怪訝(けげん)な顔で、


「うむ。

 先程は死にかけと言うたが、黄泉(よみ)への道が開きかけておるようじゃ。」


と答えた。黄泉というのは、あの世という事。

 私はぞっとして、


「私は、死ぬので?!」


と身を乗り出すと、禍津日神の分け御霊は、


「このまま、開けばな。」


と肯定。上の方が、少し黄金色に輝き始める。

 禍津日神の分け御霊が、


「いや、いや。

 これは、行かぬのではないか?」


若干(じゃっかん)(あせ)り始める。白狐が禍津日神の分け御霊に、


<<どうにか、なりませぬか?>>


と敬語で質問をしたが、話している間にも、上の方の黄金色が増す。

 禍津日神の分け御霊は、


「いや、いや、いや、いや、いや。

 本格的に、死にかけておるではないか!」


と、かなり焦り始めた。時間を追う毎に、輝きが増す。

 私が、


「この場合、禍津日神の分け御霊も消えるので?」


と確認すると、禍津日神の分け御霊は、


呑気(のんき)な!

 それよりも、(はよ)うなんとかせい!」


と余裕のない顔。私は、慌てて、


「どうすれば良いので?」


と聞いたが、禍津日神の分け御霊は、


「聞いてる場合か!

 気合じゃ!

 気合!」


と大きな声を出した。

 私が首を傾げていると、禍津日神の分け御霊は足踏みをし始めた。

 そして、


「ええぃ!

 じれったい!」


と言ったかと思うと、上に向けて手を突き出し、


「ふんぬ!」


とまさに気合の入った一言。これにより、上の方の黄金色が薄くなった。

 私は、


「これで大丈夫なので?」


と確認したが、禍津日神の分け御霊、


「馬鹿者め!

 気合を入れぬか!」


とまだ危機が続いている模様。また、黄金色が増し始める。

 私は慌てて、


「どのようにすれば?」


と確認すると、白狐が、


<<そうじゃ!>>


と何かを思い付き、


<<奥方に、未練があるじゃろうが!

  後家にする気か?>>


と早口で(まく)し立てた。

 私は、『あっ!』と思い、


「そんなわけ、ありません!」


と強く言い返すと、上の黄金色がすぅっと消えていった。


 禍津日神の分け御霊が、


「今のは、少し危なかったぞ。」


と腕で冷や汗を(ぬぐ)い、


「そちは、絶対に酒は飲むでないぞ!」


と注意された。だがそもそも、今回も竜人用の酒だったから悪いのだ。

 普通の酒で、このようになった事もない。

 私は何とか誤魔化(ごまか)そうと、


「これだけ慌てているという事は、一緒に黄泉に行くと、禍津日神の分け御霊も消えるので?」


と話題を変えると、禍津日神の分け御霊は、


「消えはせぬが、伊邪那美命(いざなみのみこと)様は面倒なのだ。」


と話に乗ってきた。そして、先程まで、黄泉と繋がりかけた方を見上げる。

 私は、色々とあるのだなと思い、話を膨らまそうと思ったのだが、白狐から、


<<あまり、気軽に尋ねるでない。>>


とお叱りの言葉。そもそも、掌の大きさでも神様には違いない。

 私は、


「失礼しました。」


(あやま)り、


「ただ、この度はありがとうございました。」


とお礼を伝えた。

 上から、


「和人!

 和人!」


と呼ぶ声が聞こえてくる。

 更科さんだ。

 私は、丁度良いと思い、


「では、そろそろ目を覚まさないといけませんので。」


と暇乞いをした。このままここにいても、神様と禁酒の約束をする羽目になる可能性があるというのもある。

 白狐が、


<<そうじゃな。>>


と同意したが、禍津日神の分け御霊は、


「魂胆は、見えておるぞ?」


と苦笑い。私の考えなど、見透かされているようだ。

 私は、


「申し訳ありません。」


と謝ったが、言葉にして指摘しなかったという事は、見逃してくれたのだろうと思い、


「ありがとうございます。」


とお礼を伝えて、


「では。」


と目を開けたのだった。


 作中、白狐が「世の中、右利きもおる」と言っていましたが、この右利き、実はお酒を飲めない人を指した言葉となります。

 大工や石工さんは右手で(つち)を持ち、左手で(のみ)持つため、左手を蚤手と呼んだのだそうです。

 で、蚤と「()み」が同じ音ということで蚤手を呑み手とひっかけて、酒呑みを左利きとか左党(さとう)と呼ぶようになったのだそうです。左の反対は右ということで、飲めない人は右利きとか右党と呼ばれるようになったとの事。

 少なくともおっさんの周りで使っている人はいませんでの、死語と思われますが・・・。(^^;)


・左利き

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B7%A6%E5%88%A9%E3%81%8D&oldid=101514055

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