吹雪が治まった
座敷で『坊主めくり』をやった後、私があまりに弱かったので、佳央様や更科さんから博打はしないようにと念を押された。
それからすぐ、古川様が座敷の前にやって来る。
そして障子をスーッと開くと、
「吹雪が、・・・治まったわ・・・よ。」
と声がかかった。竜の巫女様の先見の通りである。
だが、私は、
「先程、あんなに降っていたのにですか?」
と少し驚くと、古川様は、
「ええ。」
と肯定した。佳央様が、
「持っていくの?」
と確認をする。これは、昼前に掘った筍を、これから竜の巫女様に届けに行くのかという質問に違いない。
古川様が、
「ええ。」
と頷いた。
私は、何籠分も筍を掘っていたので、
「私も一緒に行ったほうが良いですか?」
と確認をしたが、古川様は、
「大丈夫・・・よ。
私・・・だけで。」
と同行者は不要の模様。私は念の為、
「持って行くのは、1籠だけという事ですか?」
と確認をすると、古川様は、
「ええ。」
と返事をした。私は、
「ならば、少し掘りすぎましたかね。」
と苦笑いしたが、佳央様から、
「そう?」
と不思議そうな声。私は、
「3籠分くらいは、掘りませんでしたっけ?」
と確認すると、更科さんから、
「そうね。
でも、掘り過ぎという事はないわよ。」
と言うと、少し考えて、
「お歳暮に配るのに、丁度良さそうだし。
どう?」
と意見を聞いてきた。だが、私は『おせいぼ』という言葉を聞いた事がない。
私は、
「『おせいぼ』と言いますと?」
と確認すると、更科さんは、
「年末、お世話になりましたって挨拶まわり、するでしょ?
その手土産よ。」
と説明してくれた。私は、
「お世話になった所になら、年始にも行きますよね。
それだけでは、いけないので?」
と確認したが、更科さんは、
「いけないという事はないかもしれないけど、持って行くものよ?」
と苦笑い。私は、
「佳織の実家では、そうしていたので?」
と聞いてみると、佳央様から、
「どこの家でも、やってるんじゃないの?」
と不思議そうに突っ込まれた。私は、
「少なくとも、私の村に『おせいぼ』の風習はありませんでしたよ?」
と否定すると、更科さんは、
「そうなんだ・・・。」
と返事をしたものの、あまり合点がいかない様子。
ただ、佳央様と更科さんの口ぶりからは、持って行かないという選択肢はなさそうだ。
私は、
「それで、筍を持って行けば良いのですね?」
と確認すると、更科さんは、
「ええ。
お歳暮に丁度良いと思うわ。」
と頷いた。
仮に筍を手土産にするとして、どの程度の数を準備すればよいか、考えてみる。
赤竜帝に不知火 、蒼竜様と雫様、大月様に焔太様。
後は、赤光様と花巻様くらいに渡せば良いだろうか。
私は、
「ならば、10本程、『おせいぼ』用に残しておけば良いでしょうかね?」
と確認したが、佳央様から、
「やけに、少ないわね。」
と指摘された。更科さんからも、
「例えば、ここのお屋敷を想像してみて。
下女の人達が大勢いるから、全員が食べるには、少なくとも10本くらいは必要だと思わない?」
と説明をする。どうやら、贈った先の家の人全員が食べられる量を、持って行かないといけないようだ。
そう理解した私は、
「なる程、それならば沢山必要ですね。
大月様や焔太様は独身ですから1本で良いでしょうが、他はそういうわけにもいきませんね。」
と納得すると、更科さんは、
「そうよ。」
と笑った。だが、そうすると心配な所が1箇所ある。
赤竜帝だ。
あそこには、いったい何人、働いているのだろうか。
私は想像できず、
「では、赤竜帝の所には、どのくらい持っていけば良いでしょうか。
1籠や2籠では、足りないような気がするのですが・・・。」
と相談した。だが、佳央様は、
「そこは、1籠で良いんじゃない?
どうせ、どれだけ持って行っても足りないんだから。」
と軽い感じ。だが、それだとお屋敷にいる人の数によっては、食べられない者が出てくるような気がする。
私は、
「それで良いので?」
と確認したが、佳央様は、
「ええ。
問題ないわ。」
との返事。私は心配になったが、佳央様の声色は自信ありげ。
恐らく、この手の話にも詳しいに違いない。
そう考えた私は、
「分かりました。
そうします。」
と納得する事にした。
それからすぐ、下女の人が座敷の前にやってきた。
そして、障子の外から、
「古川様。
筍の準備が整いました。
すみませんが、玄関にお越し下さい。」
と声を掛けてきた。古川様は、
「分った・・・わ。」
と頷く。私が、
「それでは、巫女様には良しなにお伝え下さい。」
とお願いすると、古川様は、
「ええ。」
と返事をし、
「では、・・・出かけて来るわ・・・ね。」
と挨拶をして、座敷を後にした。
下女の人たちが、雨戸を外し始める。
雨戸が開くと、外は足跡も一切ない雪景色。すっかり、風も治まっている。
雲の割れ目から陽の光が差し込み、純白の雪面を輝かさせる。
佳央様が、
「雪が止んだ後の、この風景は良いわよね。」
と笑顔になる。私が、
「これで、寒くなければ最高なのですけどね。」
と同意がてら愚痴を言うと、更科さんも、
「そうね。」
と頷いた。だが、佳央様は、
「そうなんだ・・・。」
とあまり寒くなさそう。
竜人の佳央様は、人間の私達よりも寒さに強いからだろう。
私は、
「ええ。
風がないだけ、幾分かは増しですが。」
と説明すると、佳央様は、
「そう。」
と一言。興味なさそうだった。
夕餉までは、まだ、時間がある。
私は、
「これから、どうしますか?」
と聞くと、更科さんから、
「なら、祝詞は?」
と言い出した。私は、
「あれは、寝る前ですよね?」
と拒否したが、更科さんは、
「そうだけど・・・。
時間があるなら、少しでもやった方が良いんじゃない?」
と心配そうに言ってきた。確かに、そうなのかもしれない。
だが、私はあまり気乗りしなかったので、
「そうですね。
でも、今日はお休みという事になりましたので・・・。」
と返事をすると、佳央様から、
「こういうのは、速く覚えた方が楽でしょ?」
と諭すように言ってきた。
私は、
「確かにそうですが、・・・休んだ事になりますかね?」
ともう一度、拒否してみたが、佳央様は、
「佳織ちゃんが心配してるじゃない。」
と全く違う側面から攻めてきた。
私は、少し困惑しながら、
「それは分かりますが・・・。」
と濁すと、更科さんは、
「今は、気分じゃないのね。」
と取り下げても良いと言ってくれた。私は、
「はい。」
と肯定し、適当に、
「折角なので、佳織とも、もう少し話したいですし・・・。」
と誤魔化すと、更科さんは、
「そっか。」
と嬉しそうに笑った。ふと、今朝と比べ、更科さんにあまりドキドキしなくなった事に気がつく。
いつもなら、自然とつられて笑ったりしていたからだ。
私は、それを表に出さないようにした方が良いと思い、
「もしあればですが、先程の坊主めくりの思い出とかあれば。」
と笑顔を作りながら質問したのだった。
本日も、若干短めです。
(少し無理矢理感がありますが)作中、お歳暮が出てきます。こちらは、年の暮れにお世話になった人を訪問(歳暮周り)する時の手土産を指します。
現在は宅配が多いと思いますが、昔は宅配はありませんでしたので、直接手で渡しに行っていたのだそうです。
江戸時代の頃、歳暮は武家や商人が行ったそうで、一般に広まったのは明治になってからという話があります。(出典不明)
このため、農家出身の山上くんは歳暮の存在を知らないけれども、商家出身の更科さんは知っていたという設定になっています。
・歳暮
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