禍津日神の分け御霊
朝の座敷にて、私達は朝食を食べていた。
膳に乗るのは白粥のみで、他はない。
──寒い冬に温かいのは有り難いのだが、梅干くらいは付けて欲しい。
私は定番の文句を頭の中で付けながら、ゆっくりと粥を食べた。
食後、古川様が、
「今朝、・・・巫女様から連絡が来て・・・ね。」
と話を始める。
私が、
「はい。」
と相槌を打つと、古川様は、
「何でも、・・・庭の竹藪で・・・筍を・・・育てよ。
そう、・・・仰せ・・・でした。」
と伝えてくれた。私は、
「筍ですか?」
と復唱すると、古川様は、
「ええ。」
と頷き、
「収穫したら、・・・神社まで持ってくる・・・ように。
そう仰ってた・・・わ。」
と付け加えた。更科さんが、
「お節に入れるの?」
と尋ねたが、古川様は、
「・・・さあ。
何に使うかは、・・・聞いていないわ・・・ね。」
と用途は知らない様子。更科さんは、
「そうなんだ。」
と少し考え、私に向き直って、
「筍は春っぽいから、お節に入れたら喜ばれると思わない?」
と問いかけてきた。私は、
「そうですね。」
と返したものの、これは、同意を求めただけではないに違いない。
私は意を酌んで、
「正月が近くなったら、お節に入れる分も生やしますか。」
と提案すると、更科さんは笑顔で、
「良いわね。」
と満足げ。当たりだったようだ。
更科さんが佳央様に、
「どう?」
と確認すると、佳央様も、
「良いわね。
早速、お勝手に話を通しておくわね。」
と乗り気の模様。更科さんが私に、
「楽しみね。」
と笑顔を向けてきたので、私も、
「そうですね。」
と笑顔で返した。
古川様が、
「では、・・・神社に向かうわ・・・よ。」
と一言。私は、
「あれ?
庭ではないのですか?」
と確認したのだが、古川様は、
「ん?」
と不思議そう。私が、
「これから生やして、筍を持って行くのですよね?」
と質問をすると、古川様は、
「あぁ。
それで。」
と納得し、
「急がなくても、・・・大丈夫・・・よ。」
と返した。私は直ぐに持っていくものと考えていたが、どうやらそうではない様子。
考えてみれば、まだ、期限を聞いていない。
私はいつまでに持っていけば良いか確認し用途思い、
「そうなので?」
と問いかけると、古川様は、
「山上の、・・・手が空いたらで・・・良いそう・・・よ。」
と説明した。ここでまた、引っ掛かりを感じる。
目上の人が『手が空いたら』と言った場合、その人よりも優先させるべき相手からの用事が済んだら取り掛かるようにという意味となる。
私は眉根を寄せ、
「ならば、やはり今すぐではありませんか。」
と主張したが、古川様は、
「どう・・・して?」
と不思議そう。私は、
「待たせると、悪いですよね?」
と説明したが、佳央様から、
「和人。
それじゃ、神様よりも巫女様を優先する事にならない?」
と指摘が入った。言われてみれば、その通りかもしれない。
私は、
「あぁ・・・。」
と納得し、
「すみません。
神社の用事が先ですね。」
と軽く頭を下げた。古川様は、
「そう・・・ね。」
と頷いたが、
「でも、・・・謝る相手が違うから・・・ね。」
と指摘。私は、
「そうですね。
瞑想の時にでも、伝えます。」
と言うと、古川様も、
「それが、・・・良いわ・・・ね。」
と同意した。
谷竜稲荷に移動するため、4人だけの行列を行う。
日が昇る前、空は半分は晴れていたというのに、今は、大半が雲に覆われている。
──帰りは、雪が降っているかもしれないな。
私はそんな風に思ったが、行列中は私語厳禁。
黙々と歩みを進める。
ふと、千両だか万両だかの、赤い実が目に入る。
正月の縁起物なので、いよいよ年も暮れなのだなという気分になる。
神社に到着した後は、いつものように祝詞を上げる。
そして、瞑想を始めると、すぐに白狐が眼の前に現れた。
その白狐が扇で口元を隠しながら、
<<昨夜は、随分とお楽しみだったようじゃのぅ。>>
と含み笑いをした。
一瞬で、恥ずかしさが頂点に達する。
頭の中を、昨晩体験した声やら息やら、感触やらが駆け巡る。
あわあわしている私を見ながら、白狐は指でこめかみを押さえ、
<<小童よ。
それは、流石に頭に響く。>>
と言ってきた。白狐に意識を覗き見られている事を思い出し、更に恥ずかしさが増す。
だが、次の瞬間、大きな声で、
「落ち着かぬか!」
と一喝。
見ると、そこには掌の大きさの幼女がいた。
稲荷神の分け御霊だ。
何やら、体の熱がすーっと引いていく。
私が、
「私は・・・。」
と首を捻ると、分け御霊は、
「少々強引じゃが、心を落ち着かせたのじゃ。
少しは、増しになったであろう?」
と聞いてきた。私は、冷静になっている自分を知覚し、
「はい。
ありがとうございます。」
とお礼を伝えた。分け御霊が、
「よい。」
と一言。そして、白狐に視線を移し、
「からかうは、程々にの。」
と窘めた。白狐が、
<<申し訳ございません。>>
と素直に謝る。分け御霊は、
「それよりも、あれじゃ。」
と言葉の切れが悪い。何か、悪い事があったようだ。
私が、
「どうかしましたか?」
と確認すると、分け御霊は、
「いや、何。
先日のあれじゃが、祓うてはいかなんだようでの。」
と目が泳いでいる。最近祓ったものといえば、思い当たるのはただ一つ。
私は、
「貧乏神の件ですか?」
と確認すると、分け御霊は、
「そうじゃ。」
と肯定した。背筋がゾクリとしたので、周囲を見回してみる。
すると、ぼんやりと影のような物がある事に気がついた。
私が、
「あちらに、何かいるのですが・・・。」
と指を差すと、その影が掌くらいの男の子に変わった。
その男の子が、幼児特有の高い声で、
「貧乏神とは、ご挨拶ではないか。」
と文句を付けてきた。私は、稲荷神の分け御霊に、
「どちら様なので?」
と尋ねると、稲荷神の分け御霊は、
「禍津日神の分け御霊じゃ。」
と、とんでもない神様の名を明かした。そして、
「手下ではないゆえ、邪険にするではないぞ。」
と注意を促した。私は、
「神様という事は、どこかの鏡に移した方が良いので?」
と確認すると、稲荷神の分け御霊は慌てて、
「分け御霊と言えど、禍津日神を地上に留め置いては、どのような天変地異が起きるやもしれぬ。
絶対に、ならぬぞ。」
と否定した。私は、禍津日神の分け御霊をちらりと見た後で、
「分かりました。
ならば、どのように祀れば宜しいので?」
と確認すると、禍津日神の分け御霊は、
「祀られる程、長居はせぬぞ。
だが、その姿勢や良し。」
と褒めてくれた。私は、
「そうでしたか。」
と安心したが、禍津日神の分け御霊が、
「まだ、安心は早いぞ。
そちは一度、我を弾いておる。
我はそれを咎めるため、ここに来たのだ。
覚悟はしておるのだろうな?」
と睨みつけてきた。だが、あの時は、稲荷神が私の言葉を挟む余地もなく祓ってしまった筈だ。
稲荷神の分け御霊の尻拭いとはなるが、神様のなされた事。
諦めて受け入れる以外の選択肢は、私にはない。
私は、
「仕方がありませんので。」
と溜息を吐いた。
禍津日神の分け御霊が、稲荷神の分け御霊を見る。
稲荷神の分け御霊がそっぽを向くと、禍津日神の分け御霊は鋭い声を出して、
「貴様か!」
と睨みつけた。稲荷神の分け御霊は、
「まぁ、お手柔らかにの・・・。」
となんとなく猫撫で声。
禍津日神の分け御霊は、深めの溜息を吐いた。
それにしても禍津日神の分け御霊は、私にどのような覚悟を求めてきたのだろうか。
私が、
「恐れながら、お尋ねしても宜しいでしょうか?」
と質問をすると、禍津日神の分け御霊は、この先のやり取りを予測してか、
「借金を増やす程度ではない。」
と言ってきた。
──ならば、何をされるのだろうか?
私は、そう思いながら、一つの例として、
「病気とかですか?」
と確認をした。病気を患えば、最悪、死ぬ事までありうる。
だが、禍津日神の分け御霊は、
「いや。
今回は、命までは奪わぬ。」
と否定。少しだけ安心したが、禍津日神の分け御霊は、
「単に、子がなせぬようにするだけだ。
子孫に引き継がれるは、色々と面倒だからな。」
と言ってきた。子がなせないのであれば、私は更科さんと結婚し続けていても良いのだろうか?
私は不安になり、
「他では駄目ですか?」
と尋ねてみたが、禍津日神の分け御霊は、
「駄目だ。」
と完全に否定。私は、
「どうしてもですか?」
と粘ってみたが、禍津日神の分け御霊は、
「しつこい。」
と曲げる気はない様子。
私がどうしたものかと考えていると、白狐から、
<<養子でも取れば良いではないか。>>
と助言を受けた。私は、
「養子ですか?」
と確認すると、白狐は、
<<うむ。
太平の世が続いたせいか、そういう家が、意外と多いのじゃ。>>
と苦笑い。私は、
「そうなので?」
と尋ねると、白狐は、
<<困った事にのぅ。>>
と苦笑い。私は、子がないよりはましかと思い、禍津日神の分け御霊に
「養子ならば、問題ないので?」
と確認した。すると、禍津日神の分け御霊は、
「直接の子でないのであれば、問題もあるまい。」
と許可。私は、
「分かりました。」
と納得をした所で、瞑想を終えた。
目を開けた所で、順番の件を謝り損ねた事に気がつく。
私は、また次の機会にでも謝ろうと思ったのだった。
本日も、鐚銭レベルのを。
作中、山上くんが「千両だか、万両だかの赤い実」を見かけました。
この千両と万両、いずれも冬に赤い小さな実を付ける木で、お金の事ではありません。(^^;)
千両も万両も、どちらも大金を連想させる名前という事で、江戸時代のころから正月の縁起物として使われてきたのだそうです。(出典注意)
最後、どうでも良い話ですが、作中の「私語厳禁」を入力する時、一発目、「死後現金」と誤変換されまして。
三途の川の渡しを題材にした話のタイトルになりそうだなと思ったおっさんでした。
(おっさんは書けそうにないけれど。。。)
・センリョウ
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・マンリョウ
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・インプット メソッド エディタ
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