普段よりも熱い
下系、嫌いな人はすみません。(--;)
真っ暗な部屋の中、更科さんと同衾した私は、全く眠れずにいた。
更科さんが、私に覆い被さるような形で、上に寝ているからだ。
柔らかな頬が胸元に当たり、寝息が肌をくすぐる。
髪からは、仄かに椿油の匂い。それに混じって、桃のような香りもある。
これで眠れるほうが、どうかしているという物だ。
当然、下半身にも影響がある。
隣には、普段、更科さんが使っている布団が敷いてある。
そちらに移動すれば、すぐにでも寝られるに違いない。
だが、今の状況も捨てられない。
なんとなく、頭を撫でたくなる。
右腕を持ち上げ、髪に沿って一撫でする。
起こしてしまう可能性に気が付き、悪い事をした気分になる。
だが、更科さんは完全に寝入っているらしく、全く起きる素振りはない。
時間を置いて問題なかったのだろうと確信を持った時、もう一撫でしたくなった。
暫くは我慢したが、誘惑に負けて、もう一撫でし始める。
更科さんが、少しだけ声を漏らしながら身動ぎをする。
ビクリとし、跳ね上がりたい気持ちになったが、ぐっと堪えて手を止める。
更科さんの方は、・・・先程までと同じ寝息。
私は、ほっと胸をなでおろしながら、髪から手を離した。
悶々とした時間が過ぎていく。
更科さんの寝息一つ掛かる度に、緊張で鼓動が高まる。
──もうこれ以上は!
私はそう思い、更科さんが起きないように、ゆっくりと体を傾けた。
そして、そのまま優しく包み込むように反転し、今度は自分が覆い被さる姿勢となる。
そこからゆっくりと体を上に移動させ、布団から抜け出して立ち上がった。
布団の外は寒い筈なのに、火照った体には、丁度良い温度に感じる。
──そのまま隣に敷いてある布団まで行けば、すぐに眠れるに違いない。
寝惚け眼を擦りながら、そちらに体を向ける。
だが、ここで急に厠に行きたくなった。
この歳で寝小便をする訳にも行かないので、一旦、厠に向かう事にする。
廊下に出て、お勝手に向かって歩いていく。
寒さもあるが、体の熱のせいもあって、やや前屈みで進む。
いつもは氷のように冷たい廊下も、今夜は冷たい廊下程度に感じる。
私は体の火照りに感謝しながら、それが収まらない内に戻ろうと、急ぎ足でお勝手に移動した。
お勝手に着くと、丁度外に出ようとしている古川様を見つける。
私の体の状況的に、間の悪さを感じる。
だが、ここで声を掛けないという選択肢はない。
私は、
「こんばんは。
古川様も、厠で?」
と挨拶をすると、古川様から、
「おはよう、・・・山上。
今朝は、・・・早いの・・・ね。」
と挨拶が返ってきた。私からの質問は、無視したようだ。
私は、
「早いと言うか、まだ夜半位ですよね?
厠で起きたのでは?」
と聞き直したが、古川様は、
「もう、・・・1刻もしないうちに・・・夜が明けるわ・・・よ?」
と不思議そう。どうやら、時間の感覚が狂っていたらしい。
私は少し驚きながら、
「そうなので?」
と返すと、古川様は、
「ええ。」
と頷いた。今夜は、眠れない事が確定。
ここで大きく欠伸が出る。
古川様は、
「寒くて、・・・目が覚めたの・・・ね。」
と状況を確認。私は、真実を話す訳にもいかないので、
「いえ。
そういう訳では・・・。」
と口籠ると、古川様は、
「そう・・・なの?」
と不思議そう。
古川様は、私を頭からつま先まで観察すると、やや心配そうに、
「風邪・・・引いた?
体が、・・・普段よりも熱いみたい・・・けど。」
と聞いてきた。
勿論、風邪ではないと思うのだが、更科さんと同衾してこうなったと説明する訳にもいかない。
私は、
「咳もありませんので、風邪ではないと思います。」
と否定し、前屈みのまま腕を擦って見せて、
「ただ、偶には寒さで熱っぽくなる日も、あるのではないでしょうかね。」
と誤魔化す事にした。だが、古川様が、
「でも・・・。」
と食い下がろうとする。私は、これ以上の詮索されたくなかったので、
「それよりも、先に厠に行かせて下さい。
それに、禊の時間には、体も戻っていると思います。」
と足踏みしてみせると、古川様は私を訝し気に見てきたものの、
「・・・分かりました。」
と一言。私は、古川様が次の質問をする前に行ってしまおうと思い、素早く、
「では。」
と挨拶だけして、返事も待たずに勝手口から外に出た。
満天とは行かないが、半天くらいの星夜。
雪が残る庭の飛び石を、急いで渡る。
慌てて飛び出したことに、バツの悪さを感じる。
──戻ったら、どう言い訳しようか。
言い訳の材料を探そうと思った瞬間、更科さんと同じ布団に入っていた事を思い出した。
胸に掛かる寝息のくすぐったさを、思い出す。
あの時、髪を撫でても反応はなかった。
完全に寝入っていたのならば、耳の形を確認したり、他にも色々と出来たのではないかと、次々に想像が膨らむ。
そして、そのどれもこれもがいけない行為のようで、実際にはやっても許されてしまう事実に思い至る。
なにせ、既に私と更科さんは、結ばれている。
──そうは言っても、本当にやって良いのだろうか?
そんな事を悶々と考えているうちに、あっという間に、厠に着いてしまった。
まだ、言い訳の1つも考えていない事に気がつく。
言い訳は置いておいて、先ずは、用を足し始める。
無駄に元気なせいで一苦労したが、なんとか無事に用を済ませる。
厠の外に出ると、丁度、古川様がやってきた。
私はすぐに前屈みになると、
「先程は、すみませんでした。」
と謝った。すると、古川様はチラリと下の方を見た後、
「えっと・・・。」
と困り顔になり、
「話は、・・・後で・・・ね。
それと、・・・井戸の水を・・・汲み出しておいて・・・ね。」
と指示を出し、困った顔で、
「私は、・・・ゆっくりと戻る・・・から。
それまでに、・・・治めておいて・・・ね。」
と付け加える。
私は、色々バレた事に気が付き、居た堪れない気持ちになって、
「はい。
すみませんが、お願いします。」
と声を掛け、いそいそとこの場を後にした。
本日短めです。
江戸ネタも、鐚銭レベルのを一つだけ。
作中、「髪からは、仄かに椿油の匂い」という表現が出てきますが、こちらは、江戸時代、髪油(整髪料)として椿油が広く使われるようになったとの話を踏まえています。
この椿油、江戸時代の頃の伊豆大島では、細かく砕いて蒸したあと、圧搾して採ったのだそうです。
・椿油
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%A4%BF%E6%B2%B9&oldid=98146917
・髪油
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%AB%AA%E6%B2%B9&oldid=100422227
・東京都 大島町
https://www.town.oshima.tokyo.jp/site/tsubaki/oil.html#ulink01
※ 観光情報 > 観光情報 > 椿油
・首都大学東京 未来社会 2020 伊豆大島プロジェクト
https://mirai.cpark.tmu.ac.jp/mirai/ja/index.html
※研究成果 > 椿種子の搾油の方法と機械