相談する事になった
座敷に行くため、更科さんと二人で廊下に出る。
今日は風雪もないので、下女の人の手によって雨戸が片付けられている。
庭は、一面の雪。
──あの膨らんでいる所には、低い庭木があったのだったか。
そのような事を思いながら、座敷に急ぐ。
寒いので、腕を十の字にしつつ擦りながら歩く。
早く歩き過ぎていないかと思い、後ろからついてくる更科さんの様子を確認する。
更科さんは、少し腕を曲げて体にくっつけてはいるものの、表情は笑顔で歩いていた。
あまり、寒そうには見えない。
私は、
「寒くないのですか?」
と確認すると、更科さんは、
「寒いわよ?
なんで?」
と聞き返してきた。私は、
「佳織が、あまり寒そうに見えませんでしたので・・・。」
と説明すると、更科さんは、
「そう見える?」
と不思議そう。私は、
「はい。
私なんで、これですよ?」
と少し大袈裟に身を竦め、腕を動かして見せた。
だが、その様子を見ても、更科さんは少し首を傾げるばかり。
しかし、すぐに何かに気がついたようで、
「あぁ、そっか。」
と言うと、
「私、小さい頃、こういう寒い日は丸まって歩いてたのよ。
そうしたら、お姉様から
『少しくらいなら可愛いけど、あんまりやるとみっともないわよ?』
って言われてね。
その姉が凛としていて格好良く見えたから、私も背伸びして真似したのよ。
それ以来かなぁ。」
と楽しそうに思い出を話してくれた。年上の兄弟が格好良く見えて真似するのは、私にも身に覚えがある。
私は、
「お姉様の影響でしたか。」
と納得すると、更科さんは、
「うん。
でも、やっぱりお姉様みたいには出来ないんだけどね。」
となんだか楽しそう。私も、
「解ります。」
と返したのだが、更科さんの顔がムッとした。
私は慌てて、
「私にも、覚えがありますので。」
と付け加えると、更科さんは表情を緩め、
「そうなんだ。
それで、どんな事があったの?」
と興味津々の様子。だが、ここで座敷に着いた。
私は、
「それは、また今度話しますね。」
と返すと、更科さんは、少し不満そうだが、
「分ったわ。
絶対ね?」
と納得した。私も、
「はい。」
と約束して座敷に入った。
座敷に入ると、既に佳央様が待っていた。
座布団に座り、皆で古川様が来るのを待つ。
暫くすると、古川様もやってきた。
障子が開いたところで、
「おはようございます。」
と声を掛けると、古川様は、
「おはよう、・・・山上。」
と挨拶を返した。
古川様も、座布団に座る。
先ずは、分け御霊が貧乏神を祓った件について、先程、忘れていた事を報告する事にした。
私は、
「古川様。
今朝話した件ですが、送り返したそうなので、周りに被害は出ませんよ。」
と切り出すと、古川様は小首を傾げ眉根を寄せた。言葉が足りなかったようだ。
私は補足しようと思ったのだが、先に古川様が、
「貧乏神を祓った件ね。」
と思い出してくれた。私は、
「はい。
別れ際、少し心配している様子でしたので。」
と説明すると、古川様は、
「えっと、・・・そうね。」
と何か言いたい様子。私は、
「ひょっとして、違いましたか?」
と確認すると、古川様は、
「えっと・・・ちょっと待って・・・ね。」
と何かを伝えたいようだが、はっきりしない。私は、
「・・・ひょっとして、祓うと良くない何かだったのでしょか?」
と確認すると、古川様は、
「そのとおりじゃ。」
と口調が変わった。竜の巫女様が、古川様に憑依したようだ。
私は、
「これは、おはようございます。」
と挨拶をし、
「貧乏神なのに、祓ってはいけなかったのでしょうか?」
と確認をした。すると古川様は、
「うむ。
そもそもあれは、貧乏神などではない。
別の神じゃ。」
と断言した。ふと、分け御霊が『恐らくは貧乏神じゃろう』と曖昧な言い回しだった事を思い出す。
私は心配になり、
「では、どのような神だったので?」
と聞き返すと、古川様は、
「あまり、神の事を聞くでない。
変に縁が出来ても困るじゃろうが。」
と注意された。これは、分け御霊も言っていた話だ。
だが、古川様は少し考えると、
「・・・まぁ、それだけ言われても納得は出来まい。」
と前置きし、ひと呼吸おいた。そして、
「『人生には、山もあれば谷もある』。
これは、聞いた事はあるな?」
と確認してきた。私は、
「はい。」
と答えると、古川様は、
「先の黒竜帝の魂の影響で、山上は人ではあり得ぬ幸運を手に入れておる。
つまり、かなり大きな山が来ておる。
解るか?」
と理解を促してきた。私は、
「はい。
佳織との結婚したり竜人格を貰ったりと、尋常ではない幸せに恵まれています。」
と返事をすると、古川様は、
「結婚の件はともかく、その通りじゃ。」
と肯定した。そして、
「今はその反動で、谷が来ておるのじゃがな。
それを作り出したが、あの神じゃ。」
と説明した。つまり、今、私が抱えている借金は、山谷の辻褄合わせの為の物らしい。
私は、
「そうすると、どうなるので?」
と質問をすると、古川様は、
「うむ。
次の谷で、帳尻合わせが行われるじゃろう。
解るか?」
と恐ろしいことを言ってきた。つまり、今回と合わせて、倍の谷がやってくるという事だ。
私は、
「ひょっとして、死に直結するような谷が来る事も有り得るので?」
と不安を口にすると、古川様は、
「うむ。
そうならぬとも限らぬという事じゃ。」
と肯定した。更科さんが、心配そうな顔をする。
私は、
「つまり、目先で祓うのは悪手だったという事ですね?」
と確認したが、古川様は、
「判らぬ。
なにせ、分け御霊のやった事じゃからな。
短慮とも限るまい。」
と眉根を寄せる。私は混乱し、
「それでは、私はどのようにすれば良いのでしょうか?」
と確認すると、古川様は、
「先ずは、確認してみる事じゃな。」
と分け御霊に相談するように助言した。
私は、
「解決しますかね。」
と心配になったが、古川様は、
「まぁ、悪いようにはなるまい。」
と楽観的だが、それとは裏腹に表情は硬い。
私は、もう少し話を聞きたかったのだが、お門違いだろうと思い直し、
「分かりました。
ありがとうございます。」
と伝えると、古川様は、
「心強く持てよ。」
と返した。私は、どういう意味だろうと思い質問しようとしたが、古川様の雰囲気が戻り、
「それで、・・・どうだった・・・の?」
と質問をしてきた。どうやら、巫女様の憑依が解けたようだ。
私は、
「はい。
分け御霊に相談する事になりました。」
と結論だけ伝えると、古川様は、
「分った・・・わ。
後で、・・・相談の結果を・・・教えて・・・ね。」
と返し、この話は終わりとなった。
障子の向こうから下女の人が、
「朝餉を持って参りました。」
と声が掛かる。
運んできた善の上には、勿論、粥が乗っている。
また粥ではあるが、今は寒い冬。温たかい食べ物は、それだけで有り難い。
私はそう思いながら食べ始めた。が、口に入った粥に期待した温度が無い。
──冷めている・・・。
考えてみれば、古川様と私は少し長めに話をしていた。
古川様と私が話をしている間、下女の人達はずっと寒い廊下で待っていたのだろう。
下女の人達に文句を付けるのは、筋違いというものだ。
一つ、大きな溜息を吐く。
私は、微かな温かみしか残っていない粥を、冷めきる前にと思い、急いで口の中に掻き込んだのだった。
本日、江戸ネタ仕込めず・・・。(--;)