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貧乏神

 気が付くと、私は白い(もや)のような光の中にいた。

 普通では、ありえない光景。

 恐らく、夢の中なのだろう。

 周囲は、いつもの白い空間とは違う。

 どちらかと言えば、初めて()御霊(みたま)と会った時に近いように思う。


 私は少し大きめの声で、


「分け御霊様はいらっしゃますか?」


(たず)ねてみた。

 だが、少し待ったが返事がない。

 私は首を(かし)げつつ、


「でしたら、白狐はいらっしゃいますか?」


と呼びかけてみた。

 だが、こちらも返事はない。

 少しでも色の違う所がないか、周囲を慎重(しんちょう)に探すが、何もない。


 夢の中で効果があるかは不明だが、スキルを使い魔法を見てみる。

 すると、初めは見落としたのだが、微かにぼんやりとした影のような存在がある事に気が付いた。


 私は、


「そちらにいらっしゃるのは、何方(どなた)様でしょうか?」


と声をかけてみる。

 すると、そのぼんやりとした存在はビクリと震え、頭に直接、


<<見える者とは聞いておったが・・・。>>


と聞き覚えのない声が響いた。これが、ぼんやりとした存在の声なのだろう。

 私はもう一度、


「何方様で?」


丁寧(ていねい)な言葉で確認すると、相手は、


<<そこまでは、判らぬか。>>


と答え、少し間を置いてから、


<<妾は、・・・>>


と答え始めた。だがここで、大声で、


「聞いてはならぬ!」


(さえぎ)られた。声のした方を見ると、息を切らせた白狐と()()の姿の()御霊(みたま)がいる。

 私は、


「分け御霊様と白狐でしたか。」


挨拶(あいさつ)をすると、同時にぼんやりとした存在が忌々(いまいま)しげに、


<<声を(かぶ)せてきおったか。>>


と不快な声を上げた。

 分け御霊が、


「貴様。

 誰の許可を得て、ここにおるのじゃ?」


と質問をすると、ぼんやりとした存在は、


<<なんじゃ。

  この人間は、稲荷の息がかかっておったのか。>>


と知らない素振り。だが、先程は『見えるとは聞いておったが』と言っていた。

 私は、


「知っていましたよね?」


と指摘すると、白狐が私に、


<<何故にそう思うたか?>>


確認した。私は、


「はい。

 先程、誰からか私の事を聞いていたような口ぶりでしたので。」


と返すと、分け御霊は少し厳し目の口調で、ぼんやりとした存在に対して、


「そうなのか?」


(ただ)した。ぼんやりとした存在は、


<<余計な事を・・・。>>


と不満気な様子。分け御霊は、


「どういう了見(りょうけん)じゃ?」


と言うと、ぼんやりとした存在と口喧嘩(くちげんか)を始めた。

 その間に、私は白狐に、


「すみません。

 どうして、名を聞いてはならないのですか?」


と確認した。すると、白狐は、


<<あれもまた、神ぞ。

  仮にその名を聞かば、祀らねばならなくなるじゃろう。

  そうなると、色々と難儀(なんぎ)するぞ?>>


(さと)すように言ってきた。

 私は、


「難儀な神様なので?」


と確認すると、ぼんやりとした存在が、


<<聞こえておるぞ!

  人聞きの悪い!>>


と文句を付けてきた。私がそれに反論しようとした時、分け御霊が、


「答えてはならぬ!」


制止(せいし)してきた。私は、


「どういった理由で?」


と確認すると、分け御霊は、


「どうもこうもないわ。

 あれは、(えん)を結ぶための手段じゃ。」


とぼんやりとした存在を(にら)みつける。そして、


「もう、退散(たいさん)せよ!」


と言ったかと思うと、(まばゆ)く光った。

 私は咄嗟(とっさ)に目を(つむ)り、そして開けた時には、そのぼんやりとした存在はいなくなっていた。



 私は分け御霊に、


「あれは、何だったので?」


と改めて尋ねたのだが、分け御霊は、


「もう、忘れよ。

 ある種の疫病神(やくびょうがみ)じゃ。」


と取り合うつもりはない様子。

 だが、私は、


「『ある種』とは、どのような種類なのでしょうか?」


と質問すると、分け御霊は、


「判らぬ。

 じゃが、恐らくは貧乏神じゃろう。」


渋面(しぶづら)だ。分け御霊の知っている神だと思っていたが、どうやら、そうではなかった様子。


 ふと、次兄が『貧乏神に膳を出したら金持ちになる』と言っていたのを思い出した。

 私は、


「貧乏神であれば、歓待すれば金持ちになれたのではありませんか?」


と確認してみた。だが、分け御霊は、


「あれは、(かね)がなくなるのみぞ。

 そのような事、聞いたこともない。」


と完全否定した。私は、


「そうなので?」


と確認すると、分け御霊は、


「当たり前じゃ。

 試練を与え、乗り越えたならば褒美を与える。

 そのような神もおるやもしれぬ。

 じゃが、貧乏神にそのような(たち)はない。」


と断言した。どうやら、ガセネタだったらしい。

 白狐が、


<<小金(こがね)を与え、それがきっかけで大損をさせる事はありうるやもしれぬがのぅ。>>


と付け加える。分け御霊が、


「そもそも、あれが()いていたゆえ、借金が増えたのじゃ。

 そうでなければ、おかしいではないか。」


と少し怒っている様子。私は、


「そうなので?」


と確認すると、分け御霊は、


「妾を鏡に移した後も、借金が増えておったじゃろうが。」


と時期を指摘。私は、


「確かに、そうですね。」


と納得し掛けたが、ある事に気がついた。

 私は、それを指摘しようと、


「ところで、私はいつから貧乏神に憑かれていたのでしょうか?」


と聞くと、分け御霊は、


「判らぬ。

 じゃが、妾が降りる前から憑いておったに違いあるまい。」


と答えた。私が、


「私に借金が出来たのは、分け御霊を鏡に移した後からなのですが・・・。」


と指摘すると、分け御霊は、


「そうなのか?」


眉根(まゆね)()せる。私は、


「はい。」


(うなづ)くと、分け御霊は、


「つまり、妾が貧乏神じゃと言いたいのか?」


と目つきが怖い。(あわ)てた私は、


「そうは言っておりません。

 あの神が、一緒に降りてきていたという事はありませんか、と言いたかったのです。」


と無理やり理由付けすると、分け御霊は、


「取り繕うたな?」


と睨み付けてきた。当たり前だが、バレている。

 しかし、


「じゃが、有り得ぬ話ではないか。」


と話自体は()い線を行っている模様。私は、


「と言いますと?」


と理由を聞くと、分け御霊は、


「自力では降りられぬ神でも、妾のように力ある神が作った道を使えば、降りる事ができるのじゃ。

 じゃが、そのような事をする神は、禍津日神(まがつひのかみ)の手下と相場が決まっておる。

 祓えて良かったわ。」


と答えた。禍津日神と言えば、私でも聞いたことのある災いをもたらす神だ。

 私は考えが纏まらないうちに、


「えっと・・・、すみません。

 私の理解では、分け御霊よりも力が強い神だから、私に借金が出来たのだとろうとなるのですが、どうなのでしょうか?」


と確認すると、分け御霊は、


「違うに決まっておるじゃろうが!」


と声を荒らげて否定した。そして、


「妾は鏡に移って離れておった。

 一方、あれはそちに憑いておったのじゃから、間近(まじか)におった。

 近くにいる程、影響が大きくなるは、道理じゃろうが。」


と指摘した。

 つまり、分け御霊の方が力は強いが、私の中に貧乏神が直接憑いていたので、弱い力でも私に影響を及ぼす事が出来たと言いたいらしい。

 私は、


「確かに、それならば辻褄(つじつま)が合いますね。

 それで、祓った貧乏神は、どちらに行ったので?」


と尋ねると、分け御霊は、


「上に帰還(きかん)させてやったわ。」


と答えた。私は、


「ならば、これでもう貧乏神の影響は出ないのですね?」


と確認すると、分け御霊は、


「当然じゃ。」


と胸を張る。私は、


「それならば、安心ですね。」


と納得したが、少し引っかかりを感じた。

 それに気付いてか、白狐から、


<<分け御霊が(おっしゃ)られておるのじゃ。

  正体不明とは言え、間違いもあるまい。>>


と太鼓判を押す。正体不明というのは、『禍津日神の手下』という(くく)りで考えていただけで、どのような神だったかまでは確認していないという事に違いない。

 それがきっかけで、私はひっかかりの原因に気が付いた。


──仮に先程祓ったと神が分け御霊よりも格上だった場合、本当に祓えているのだろうか?


 分け御霊は、祓う対象を見定めもしないうちから祓ったように思われる。

 だが、仮に相手の方が格上だったのであれば、帰還を(よそお)っただけで、実は憑いたままという事もあり得るように思われる。

 そして更に借金が増え、更科さんや佳央様たちに迷惑をかけるかもしれない。

 次々と、嫌な想像が(ふく)らんでいく。


 私はうっかり、


「何事も無ければ良いのですが・・・。」


(つぶや)くと、白狐が聞いていたらしく、


<<不敬であろうが!>>


と厳し目の口調で注意してきた。

 私は、


「すみません。」


と謝ると、分け御霊は、


「人の子じゃ。

 不安に思うは仕方あるまい。」


(とが)める気はない模様。私はもう一度、


「すみません。」


と謝ると、分け御霊は、


「そうじゃのぅ・・・。」


と少し考え、


「そちは度々(たびたび)、神社に来るのじゃ。

 その(たび)に、何か憑いていないか見てやろう。

 これでどうじゃ?」


と提案してくれた。私は、


「それは有り難い申し出ですが、宜しいので?」


と確認すると、分け御霊は、


「妾を祀る神主が借金まみれであれば、妾の威厳も保てぬというもの。

 それに、あれが妾の作った道を通って来たのであれば、こちらにも責はある。

 面倒を見るは当然じゃ。」


と答えた。なるほど、十分な理由があるようだ。

 私は、


「そういう事であれば、お願いいたします。」


と頭を下げると、分け御霊は、


「うむ。」


と力強く頷いたのだった。


 作中、「疫病神」「貧乏神」「禍津日神(マガツヒのカミ)」が出てきます。

 「疫病神」は人を病気にしたり災い起こす神、「貧乏神」は憑いた人や家を貧乏にする神、禍津日神は日本書紀にも登場する災厄を司る神となります。

 作中、「次兄が『貧乏神に膳を出したら金持ちになる』と言っていた」という表現がありますが、こちらは井原西鶴作の浮世草子『日本永代蔵』からの出典で、貧乏神に膳を出したら感激されて礼として金持ちにしてくれたという話から来ています。(おっさんは読めていませんが。。。)


・疫病神

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%96%AB%E7%97%85%E7%A5%9E&oldid=98206096

・貧乏神

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%B2%A7%E4%B9%8F%E7%A5%9E&oldid=99021819

・禍津日神

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%A6%8D%E6%B4%A5%E6%97%A5%E7%A5%9E&oldid=99353892

・日本永代蔵

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%B8%E4%BB%A3%E8%94%B5&oldid=92980083

・日本永代蔵

 https://dl.ndl.go.jp/pid/2554355/1/25

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