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持ち帰れば盗人

 雪の積もる山中、がけ崩れの場所に辿(たど)り着いた私達は、焔太様と合流して山肌を掘っていた。

 ここから何か出ないか、調べるためだ。


 竜の巫女様からは、(きん)が出る事はないと言われている。

 だが、銀や他の何かが出てくるかもしれない。

 そして、それが(かね)になる物であれば、私の借金を返す足しになるに違いない。


 私はそんな事を考えながら、山肌に(すき)を振り下ろしたていた。


 隣から、


「この土、ええん、出来へんか?」


と声がする。雫様だ。

 雫様の(となり)にいる蒼竜様も、


「そうだな。」


と同意する。

 私は、


「何か、出ましたか?」


と見に行くと、雫様が指で土の感触を確認しながら、


「ここ、次の層が出てきたんやけどな。

 この土、(なめ)らかやろ

 そから、焼いたらええんちゃうかな思うてな。」


と言った。山肌の土と違い、白っぽい。

 これが、地層が変わるという事かと感心する。

 だが、その土を焼いてどうするのだろうか?


 私は、


「焼いたらどうなるので?」


と確認すると、雫様は、


「この土やと、茶碗(ちゃわん)やな。」


と返した。だが、私の頭の中で、土と茶碗が結びつかない。

 それに、『焼く』という言葉も出てきた。

 私はさっぱり解らず、


「茶碗ですか?」


ともう一度聞いた。

 すると、雫様は、


「そや。

 茶碗は焼くもんやろ。」


と当たり前のように言う。

 だが、茶碗を焼いたら割れる筈だ。

 私は、


「えっと・・・。」


と理解に苦しんでいると、雫様は、


「土を(こま)う砕いて、()って形にして焼くん、知らんか?」


と説明した。どうやら、茶碗を作る方法を説明しているらしい。

 私は、


「茶碗は、そうやって作るのですか?」


と確認すると、雫様は、


「そやで。」


(うなづ)いた。どうも、この土からは茶碗が出来るらしい。

 どうすれば茶碗になるか考えながら、指先で土をいじってみる。

 が、さっぱり想像が出来ない。

 私は、


「そうなのですか。」


と考えるのをやめた。

 ここで、ふとした疑問が頭を過ぎる。


 茶碗に化けるとしても、これはただの土にしか見えない。

 これに、いくらいの()が付くと言うのだろうか?


 私はそう思い、


「それで、これはどのくらいの金子(きんす)になるのですか?」


と聞いてみた。すると、雫様は少し考え始め、


「いくらやろなぁ・・・。」


と首を(かし)げる。どうやら、雫様は値段までは知らないようだ。

 私は、


「蒼竜様は、分かりますか?」


(たず)ねてみたが、蒼竜様も、


「いや。

 そういう物は、聞いた事がない。」


と知らない模様。佳央様に顔を向けると、私が聞くよりも先に、


「私も知らないわよ。」


と否定された。残るは、焔太様。

 その焔太様は、


「俺も知らんが、茶碗より高いという事はないぞ。

 焼く奴等(やつら)も、(もう)からないとやっていけないからな。」


と、少し考えれば解りそうな事を返した。佳央様が、


「当たり前じゃない。」


と一言。(みんな)も頷く。

 焔太様は、


「まぁ、そうなんだがな。」


と苦笑い。そして、


「そもそも、この土で焼きたい奴はいるのか?

 焼物師(やきものし)の連中は、決まった土を使うんじゃなかったかと思うが。」


と言い出した。雫様も、


「そやな。」


と薄々だが、焔太様の指摘に気づいていた模様。

 私は少し考え、


「既存の人が買わないなら、新しく焼き始める人に売るという事ですか?」


と確認すると、雫様は、


「いや、どおやろなぁ。

 こういうんは、師弟(してい)になって教わる(はず)やし・・・。」


と何か考えている様子。私は、


「弟子入りしたら、売れないので?」


と質問すると、雫様は、


「そりゃ、そうやろ。」


肯定(こうてい)。そして、


師匠(ししょう)の作るんがええ思うから、弟子入りすんやで?

 わざわざ土、変えへんやろ。」


と説明した。私は、


「えっと・・・。

 すみません。

 土を変えると、何が変わるので?」


と質問すると、焔太様が、


「まず、大別しても黒、赤、白。

 色が変わるだろうが。」


と指摘した。そして、


「それに、手触りもだ。」


と付け加える。なんとなく、子供の頃に作った土団子を思い出す。

 私は、


「色や手触りですか・・・。

 確かに、変わりそうですね。」


と納得した。蒼竜様が、


無論(むろん)、茶碗の()()しには、絵付けの要素もあるのだがな。」


と付け加える。雫様が、


「今は、それはええやろ。」


と論点がずれている事を指摘し、蒼竜様も、


「そうだな。」


と気まずそうな顔をする。

 雫様は、


「まぁ、ここまで色々言うたけどや。

 本当にええ土かは、焼いてみな判らんもんやけどな。」


と真剣な顔。私は、


「雫様は、焼けるので?」


と聞いてみた。だが、雫様は、


「昔、ちょっとやったけど、ここ、(かま)ないからなぁ。」


と返した。私は、


「窯なら、お勝手にあるのではないですか?」


と聞いてみた。雫様は少し笑いながら、


「確かに、あれも窯やけどや。

 茶碗焼くんは、もっと温度出さんといかんのや。

 そやから、例えば奥に長い登り窯っちゅうんとかを使うんやで。」


と説明した。どうやら、普通の窯では焼けないらしい。

 私は、


「そうすると、誰かにお願いをしないといけないという事でしょうか?」


と聞いてみた。すると、雫様は、


「そういう事や。」


と肯定した。そして、


雅弘(まさひろ)、誰か焼いてくれそうなん知らんか?」


と話を振る。すると、蒼竜様は、


「そうだな・・・。」


と少し考え、


「うむ。

 気難しい奴だが、あいつなら。」


と返した。心当たりがあるらしい。

 私は、


「気難しいと言いますと?」


と程度を聞くと、蒼竜様は、


「1つの茶碗を作るために、100を作るような人物だ。」


と説明した。私としては気難しさの度合いを聞いたつもりだったが、どうやら、まだ始めた人のようだ。

 私が、


「ひょっとして、下手なので?」


と確認すると、蒼竜様は、


「いや、名人だ。」


と否定し、


「間違っても、下手だなどと言うのではないぞ?」


(くぎ)を刺した。私は、


「ですが、(ほとん)どが失敗なのですよね?」


と聞くと、蒼竜様は、


(はた)から見れば、流石は名人という品ばかりだ。

 だが、本人は納得が行かぬようでな。

 どれもこれも失敗作だと言って、(たた)き割っているのだ。」


と説明した。私は、


「それは、勿体(もったい)ないですね。

 失敗作なら、貰って実家に贈りたいのですが・・・。」


と言うと、蒼竜様は、


「自分の作として恥ずかしいから、世に出回らないように壊すのだ。

 無理であろうな。」


と否定した。私は少し考え、


「なるほど。

 そのような人物が茶碗を作ったとなれば、この土にも(はく)が付くわけですね。」


と蒼竜様が勧めた理由を推察(すいさつ)すると、蒼竜様も、


「そういう事だ。」


と頷いた。だが、今までの話からすると、土が変われば作風も変わる。

 そのような名人が、この土を使ってくれるのだろうか?

 私は不安になり、


「土を使ってくれる勝算はあるので?」


と質問すると、蒼竜様は、


「そういう人物だからこそ、色々な土も試したいに違いないと考えたのだ。」


と説明した。私は、


「どういう事で?」


と確認すると、蒼竜様は、


「100も作って納得が行かないのであれば、土台から変えるしかあるまい?」


と聞き返してきた。私に茶碗作りは解らないが、言わんとしている事はなんとなく分かる気がする。

 私は、


「そうかもしれません。」


とやんわりと同意した。

 だが、雫様は、


「そういう時期やったら、上手(うも)う行くかもしれんな。」


となんとなく懐疑的な模様。蒼竜様は、


「うむ。

 まぁ、後は交渉(こうしょう)次第(しだい)という事だ。」


と言った。



 佳央様が、


「そろそろ、帰る時間じゃない?」


と切り出す。

 すると、蒼竜様も、


「そうだな。」


と同意し、私も土が出て満足していたので、


「では、少し土を(もら)って帰りますか。」


と笑顔で言った。だが、蒼竜様は、


「持ち帰れば、盗人ではないか。」


と反対した。私は、


「ですが、焼いて貰うためには、持ち帰る必要がありますよ?」


と主張したのだが、蒼竜様は、


「手順を無視してはならぬぞ。」


と苦笑い。そして、


「先ずは、山の地権者と段取りを整える必要がある。

 持ち帰るのは、それからだ。」


と説明した。私は、


「それで大丈夫(だいじょうぶ)なので?」


と確認したのだが、蒼竜様は、


()いては事を仕損(しそん)ずると言うであろうが。」


とやや呆れ顔に見える。

 私は、借金の足しになるかどうかの瀬戸際(せとぎわ)と考えていたので、


「ですが、」


ともう少し言いたかったのだが、蒼竜様から、


「また牢屋に入りたいか?」


牽制(けんせい)。私が、


「いえ。」


と否定すると、蒼竜様は、


「ならば、この件。

 拙者(せっしゃ)に預けよ。」


と異論は受け付けてくれそうにない。私は大丈夫だろうかと不安な気持ちで一杯だったが、


「分かりました。」


と返し、この件は蒼竜様にお(まか)せする事にしたのだった。


 作中、「登り窯」が出てきますが、こちらは焼き物の大量生産を行うための窯の一種となります。

 斜面を利用し熱を対流させ、温度を均一に保つ仕組みとなっているそうです。

 登り窯自体は、古墳時代の頃に朝鮮半島から須恵器(すえき)と伴に伝来したそうです。これが大量生産のため16世紀に大型化し、江戸時代に入ってかまぼこ状のものを階段状に積み上げたような形に工夫された(連房式登窯)のだそうです。


 後、焔太様が「黒、赤、白」と言っていますが、こちらは、黒は黒土、赤は赤土、白は白土の事で、どれも陶芸に使う土となります。

 赤土は鉄分が多い粘土で、白土は鉄分が少ない粘土なのだそうですが、黒土は黒く着色したものなのだそうです。天目茶碗(てんもくじゃわん)のような黒磁(こくじ)というものもありますが、こちらは黒土を使っているのではなく、釉薬(ゆうやく)で黒くしているのだとか。


・登り窯

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%99%BB%E3%82%8A%E7%AA%AF&oldid=98206372

・粘土

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%B2%98%E5%9C%9F&oldid=98258399

・赤土

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%B5%A4%E5%9C%9F&oldid=97471905

・白磁

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%99%BD%E7%A3%81&oldid=98717876

天目茶碗(てんもくじゃわん)

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A9%E7%9B%AE%E8%8C%B6%E7%A2%97&oldid=97589171

釉薬(ゆうやく)

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%87%89%E8%96%AC&oldid=97979278

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