もう少し自信を持った方が良い
座敷で佳央様を待つ間、更科さんと大きめの火鉢を囲む。
古川様は、自室に戻っている。
二人で話ていると、佳央様が近づいて来る気配がした。
私が、
「あっ。
戻ってきたようです。」
と更科さんに伝えると、更科さんは、
「やっぱり、速いわね。」
と褒めた。そして、
「ところで和人。
佳央ちゃん、お昼、どうするんだろうね?」
と聞いてきた。私は、
「さぁ。
どうするのでしょうね。」
と首を傾げながら返すと、更科さんは、
「やっぱり、すぐ出掛けるから簡単な物かしらね?」
ともう一度、聞いてきた。私は、
「簡単な物でしたら、湯漬けとか茶漬けでしょうか・・・。」
と例を上げると、更科さんは、
「お茶漬けかぁ・・・。」
と同情している様子。私も、
「山に行くには、足りませんよね。」
と同意した。
暫くして障子が開き、竜の姿の佳央様が座敷に入ってきた。
私は、
「おかえりなさい。
早かったですね。」
と声を掛けたのだが、佳央様は、
<<そう?
遅かったくらいだけど。>>
と否定し、障子越しに空を見上げた。
天気のせいで、思ったよりも遅くなったと言いたいのだろう。
更科さんが、
「それで佳央ちゃん。
藁、どうだった?」
と確認すると、佳央様は、
<<藁塚1つ分よ。>>
と答えた。藁塚1つ分は、かなりの量だ。
私は、
「そんなにもですか!」
と驚いたのだが、佳央様は、
<<そのくらい、簡単よ。>>
と何でもない様子。思えば、佳央様はあの大蛇も格納した亜空間魔法を持っている。
私は、
「それでもですよ。」
とヨイショし、
「本当に、ありがとうございました。」
とお礼を伝えた。
下女の人が、膳を運んでくる。
その膳に乗っていた物は、先程私達も食べた豆腐を出汁醤油で煮て崩した物が掛かった蕎麦。
なるほど、蕎麦もすぐに食べられる。
お勝手の人達は、始めから今の状況を見越して、昼食に蕎麦を出したのだろう。
私は一人納得しつつ、
「では、蒼竜様に伝えがてら、先に玄関で待っていますね。」
と言うと、更科さんは、
「そう。
じゃぁ、私はもう少しここにいるわね。」
と佳央様の方をチラりと見た。一人での食事は侘しいからだろう。
気付けなかった自分に少し反省しつつ、私は、
「分かりました。
では、また後で。」
と立ち上がり、座敷を後にした。
玄関先に移動し、外に出る。
玄関の軒下に、蒼竜様。その蒼竜様は、空を見上げていた。
私も見上げると、少し切れ間も見えるが、曇り空が広がっている。
私は、
「蒼竜様。
先程、佳央様が戻って来ました。
今、昼食を摂っていますので、もう少しお待ち下さい。」
と声を掛けると、蒼竜様は、
「山上か。」
とこちらに振り向き、
「佳央も、『これから昼食だから少し待ってて』と言っていたからな。」
と既に伝えていた模様。帰ってくれば玄関を通るし、そこに知り合いがいれば何か話をするに違いない。
私は、
「そうでしたか。」
と返すと、空を見上げ、
「これから天気は、如何でしょうかね?」
と話を変えた。蒼竜様も視線を上げ、
「山の天気ゆえ予断は許さぬが、概ね大丈夫であろう。」
と答えた。『大丈夫』と言うのは雪が降らないという意味に違いない。
私は、
「そうですか。
なら、安心ですね。」
と頷いた。そして、うろ覚えの記憶を頼りに、
「そういえば、雫様も来ると言っていませんでしたっけ?」
と確認をすると、蒼竜様は、
「うむ。」
と頷いた。私は、
「見当たりませんが、どちらかで待たれているので?」
と質問すると、蒼竜様は、
「うむ。
先に、門で待っているそうだ。
ここに来ると、面倒だからと言ってな。」
と答えた。面倒というのは、座敷で頭を下げたりするあれの事に違いない。
私は、
「あぁ・・・、その方が良いですね。
私も、年齢で言えば完全に逆順でいたたまれませんし。」
と返すと、蒼竜様は少し間を置いて、
「・・・なるほど。
気を遣うであろうな。」
と納得顔。私は、
「私としては、あのような儀式は要らないのですが、誰がやりだしたのでしょうね。」
と苦笑いすると、蒼竜様は、
「そう言うな。
ああいった仕来りもまた、必要なのだ。」
と真顔で返す。私は必要性を感じなかったので、
「そうなので?」
と首を捻ると、蒼竜様は、
「組織を束ねるには、ある程度、そういった事も必要なのだ。」
と答えた。私は、
「でも、ここは役所ではありませんよ?
それに、今日は知り合いだけでしたし。」
と突っ込むと、蒼竜様も、
「そうなのだがな・・・。」
と返し、少し考え始めた。
私は、
「私もいたたまれませんし、悪習のように感じるのですが・・・。」
と苦笑いすると、蒼竜様は、
「いやいや。
身分は、示さねばならぬであろう。」
と私の考えを否定。私は、赤竜帝を思い浮かべながら、
「そうするべき人もいますよね。
でも、私なんて虎の威を借る狐のようなものですから。」
と返したのだが、蒼竜様は、
「いやいや。
山上は、分け御霊を鏡に降ろしたであろう。
これは、きちんと調べてはおらぬが、百年来の偉業に違いない。
既に、歴史に名が残る事をやっておるではないか。」
と反論した。
私は実感がなくて、
「偉業・・・なので?」
と聞き返したのだが、蒼竜様は、
「当然であろう。
それに、神使も憑いておる。
竜の巫女様と同等という話も出ているではないか。」
ともう一つ、付け加える。
私は、
「確かに、そのような話もありますが・・・。」
と眉根を寄せる。蒼竜様は、
「山上は、もう少し自信を持った方が良いだろう。」
と言ったのだった。
蒼竜様と雑談をしていると、佳央様と更科さんが玄関から出てきた。佳央様は、竜人化している。
その佳央様が、
「待たせたわね。」
と一言。蒼竜様も、
「大した事はない。」
と軽く流す。私が、
「それでは揃いましたし、出掛けますか。」
と声を掛けると、蒼竜様が、
「うむ。」
と頷き、更科さんが、
「じゃぁ、行ってらっしゃい。
怪我には気をつけてね。」
と挨拶をした。私も、
「はい。
行ってきます。」
と挨拶を返し、私達は山の崖に向けて出発したのだった。
本日、少し短めです。
作中、「藁塚」というものが出てきますが、稲刈りが終わった後、田んぼに円錐形などに積んで藁を保存する物となります。
この藁塚、wikiの「藁」の項目に使われていたのでこの呼称を使いましたが、「稲叢」、「稲塚」、「稲積」、「わらにお」、「わらぐろ」と多様な異名があります。
秋冬の田園の風物詩にもなっていますが、これもいつまでも残っていて欲しい風景の一つだと思うおっさんです。
・藁
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%97%81&oldid=99219248
・稲むらの火
https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/tsunami/inamura/p2.html
・秋の風物詩「わらにお」作り
https://ina-dani.net/topics/detail/?id=10428
・伊予石城駅
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BC%8A%E4%BA%88%E7%9F%B3%E5%9F%8E%E9%A7%85&oldid=99034423
・いよ観ネット 〜 わらぐろミュージアム
https://www.iyokannet.jp/spot/3622




