少し大袈裟(おおげさ)に
谷竜稲荷の社の中、お守りの木札を書き終えた私は、手持ち無沙汰になっていた。
まだ、更科さんは木札を紙で包み、古川様はそれに紫魔法を掛けて袋に詰める作業を行っている。
私は、
「古川様。
最後の袋に詰める作業ですが、私がやりましょうか?」
と申し出た。
だが、古川様は、
「もう少しだから・・・、気にしなくていいわ・・・よ。」
と笑顔で返した。私は、
「そうですか。
では、佳織の紙で包む方を手伝いますね。」
と言ったのだが、更科さんも、
「私も、大丈夫よ。
もう少しだから、待っててね。」
とにっこり。更科さんの手持ちの木札は、残り十を切っている。
私は、
「分かりました。」
と返したものの、今やれる事はない。
私は暇を潰すべく、
「ならば、少し瞑想していますね。」
と言って、目を瞑った。
瞑想を始めると、最近は必ずここに来る。白い空間だ。
私の目の前には、白狐。
その白狐が、
<<暇だからというて、来るでないわ。>>
と呆れた様子。私の行動は、お見通しのようだ。
私が、
「いえ。
蒼竜様が来ましたので、何があったのか知らないかと思いましたので。」
と咄嗟に言い訳をすると、白狐は、
<<今、思いついたのであろうが。>>
と言われてしまった。バレている。
私は、
「確かにそうですが、分け御霊からなにか聞いているかもしれないと思ったのも本当です。」
と取り繕うと、白狐は面倒と思ったか、
<<まぁ、よいわ。>>
と追求は行われなかった。私は、
「それで、如何なので?」
と催促をすると、白狐は、
<<何も聞いておらぬわ。>>
とはっきり否定し、
<<そもそも、あれは山に行くかの確認じゃろうが。
何かあろう筈もない。
どうせ言い訳をするにしても、もう少し考えてからせよ。>>
と怒られてしまった。白狐の言う通りだ。
私は、
「次からは、そうします。」
と謝ると、白狐から、
<<『次から』ではないわ。>>
と苦笑いされてしまった。思わず頭を掻く。
私は、
「ところで、これから山に行くのですが、何か注意点とかはありますか?」
と質問をしてみた。すると白狐は、
<<そうじゃのぅ・・・。>>
とどこからか出した扇を口元に当てて考え始めた。
そして、
<<山師の言うておった事じゃ。
真偽の程は判らぬが、そのような話でよいか?>>
と確認してきた。私は兎に角情報が欲しかったので、
「はい。」
と返事をすると、白狐は、
<<よし。>>
と頷き、
<<あれは、あの忌々しい社に建て替える前の話じゃ。
そやつ、孔雀石という珍しい石を奉納しよってのぅ。>>
と話し始めた。私は、
「くじゃく石ですか。
初めてく聞く石ですが、どのような石なので?」
と合いの手を入れると、白狐は、
<<それは、見ねば解るまい。>>
と一言。身も蓋もない。そう思ったが、
<<が、そうじゃな・・・。
その石、緑の色をしておってのぅ。
名の通り、孔雀の羽の目ような柄をしておるのじゃ。>>
と説明してくれた。そして、
<<それで、その石を奉納した者なのじゃがな。
どうも、山師をしておったようでのぅ。
その石を、銅山から掘ってきたと言うておった。>>
と話を戻した。折角説明してくれたが、鉱山が見つかったという話ではなく、鉱山から見つかったという話のようだ。
私は、
「銅山からですか。」
と少し興味を失う。が、白狐は、
<<うむ。
そやつ、結構なお喋りでな。
話せば長くなるゆえ省くが、手に取れば判かるもの、石を割らねば判らぬもの、石を磨かねば価値が出ぬものと、鉱石によって、見分け方はまちまちじゃと言っておった。>>
と話を続けた。私は、
「そうなのですか。」
と適当に返すと、白狐は、
<<そういう石が判れば、ここに鉱山があると分かるじゃろうが。>>
と少し叱りつけるような声。私は、
「そうですね。」
と軽く同意し、
「ところで、どういった経緯でその山師の人が奉納に来たので?」
と少しだけ気になっていた質問する。
すると白狐は、
<<解っておらぬか。
まぁ、良い。>>
と苦笑いし、
<<奉納に来たきっかけじゃがな。
山師のやつ、この石を見つける前日、偶然見つけたこの神社で拝んで行ったようなのじゃ。
それで、ここはご利益があると考えたようでのぅ。
それ以来、偶にここに拝みに来ておる。>>
と説明した。私は、
「それで、ご利益を授けたので?」
と聞き返したが、白狐は、
<<偶然と言っておるじゃろうが。>>
と困った顔で返した。そして、
<<一度や二度拝んでご利益が得られるのであれば、百度参りなどありえぬじゃろうが。>>
と付け加える。私も、
「それもそうですね。」
と納得した。
白狐が、
<<どうやら、呼んでおるようじゃぞ?>>
と上を見た。私もそれを感じ、
「そのようです。」
と返し、
「お話、ありがとうございました。
では、これにて。」
と挨拶すると、白狐も、
<<うむ。>>
と挨拶を返したのだった。
目を開けて、周りを見る。
すると、更科さんが、
「和人、やっと目が覚めたのね。
長かったけど、何かあったの?」
と聞いてきた。私は、
「はい。」
と返事をし、
「少し、白狐と話しておりまして。
石には、割ったり磨いたりしないと価値が出ないものがあるらしいといった事を教わっておりました。」
と説明した。すると、古川様が、
「お告げとか・・・だった・・・の?」
と確認してきたが。私は、
「いえ。
そういうものはありませんでした。」
と返した。更科さんが、少し残念そうな顔になる。
私は、少し大袈裟かなとも思ったが、
「ですが、骨は教わったのです。
何か見つかる可能性が、少しは上がったのではないでしょうか。」
と伝えた。すると更科さんは、
「そっか。」
と少し笑顔になる。安心してもらえたようで、こちらも笑顔になる。
古川様からは、
「運良く見つかると・・・良いわ・・・ね。」
と励ましの言葉。私は、
「はい。」
と返したのだった。
一旦、屋敷に戻り、座敷で昼食を待つ。
今日は、午後からは神社の仕事ではない。
つまり、粥ではないのだ。
そう思いながら待っていると、下女の人がやってきた。
そして、私達の前に丼と小皿を置いていく。
丼の中には、茶色い何かが掛かった蕎麦が入っている。小皿には山葵や大根卸し、刻んだ白葱の薬味だ。
私は、
「蕎麦ですか。」
と言うと、更科さんは、
「崩した豆腐が掛かってるのかなぁ。」
と蕎麦の具を見ている。私は、
「確かに、豆腐のようですね。」
と納得したのだが、更科さんは、
「多分よ?」
と自信がある訳ではない様子。だが、十中八九、豆腐で当たりだろう。
更科さんはこっちを向いて、
「取り敢えず、食べてみよっか。」
と促した。私も、
「はい。」
と肯定し、
「では、いただきましょう。」
と挨拶をして蕎麦を啜ったのだった。
少し短めです。
後、本日の江戸ネタとは、江戸ネタとしては弱いやつもありますが、とりあえず2つほど。
作中、孔雀石が出てきますが、こちらは銅が酸価して出る青緑の色をした石となります。
柔らかいので宝石には分類されませんが、磨いて綺麗な模様が出れば貴石として取り扱われることもあります。
日本では、江戸時代に見つかった秋田の荒川鉱山という銅山などから産出されていたのそうです。
この孔雀石、削って粉にすると顔料になるそうで、クレオパトラもアイシャドウとして使っていたのだとか。
もう一つ、作中の「茶色い何かが掛かった蕎麦」というのは、霙蕎麦の想定です。
今回は豆腐百珍・続編からの出典で、おぼろ豆腐を潰してだし醤油で煮たものを茹でた蕎麦に掛けた料理となります。
(ネットの再現料理では、何故か「おぼろ豆腐」ではなく「豆腐」を使った物が多いように見受けられますが・・・)
後、これはネタ外となりますが、作中、「山師」が出てきます。
こちらは詐欺師ではなく、鉱山技師の方の意味となります。
・孔雀石
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AD%94%E9%9B%80%E7%9F%B3&oldid=97994110
・クジャク
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF&oldid=97405114
・荒川鉱山
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8D%92%E5%B7%9D%E9%89%B1%E5%B1%B1&oldid=98262908
・山師
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B1%B1%E5%B8%AB&oldid=97758442
・霙蕎麦
https://dl.ndl.go.jp/pid/2536546/1/29




