拝(おが)みに来た
曇天の下、竜化した佳央様を見送った私達は、谷竜稲荷に向かって3人だけの行列を作って歩いていた。
膝より高くまで積もっている雪を、道の中央部分だけ人が通り易いように除雪されているのだが、そこを、ゆっくりと歩いていく。
人とすれ違う時は、向こうにの人、雪の中に避けてもらっている。
後、例によって道を曲がる時は、今日は全て右向きだ。
ふと、赤い色が目に留まる。
雪に覆われた生け垣から、椿の花が少しだけ見えているのだ。
誰かに伝えたいが、今は私語を慎む必要がある。
私は、社に着いたら、更科さんにでも話そうかなと思いながら歩いたのだった。
谷竜稲荷に着き、社の中に入る。
軽く祝詞を上げ、作業再開。
まず、お守りに入れる木札に、私が文字を書いていく。
それを更科さんに渡すと、更科さんは丁寧に木札を紙で包み、古川様に渡す。
古川様は、木札に紫魔法をかけ、袋に入れて封結びで閉じる。
黙々と作業を続けていると、誰かが近づいてくる気配がした。
顔見知りのような気がするのだが、誰の気配か思い出せない。
そんな事を考えていると、更科さんから、
「和人。
どうしたの?」
と聞かれた。私は、
「知った人がこちらに来ているような気がするのですが、誰の気配か思い出せませんで・・・。」
と返すと、更科さんは、
「ひょっとして、花巻様?」
と確認してきた。今日、会う約束をしているからだろう。
だが、花巻様の気配がどうだったか、私にははっきりと思い出せない。
私は、
「そうだったような、そうでなかったような・・・。」
と首を捻っていると、古川様が、
「少し・・・、休憩に・・・する?」
と提案してきた。私は少し考え、
「そうですね。
花巻様なら、少し話をすると思いますので、切が良いところで一息入れましょう。」
と同意する。
今、書きかけていた木札に文字を入れ、休憩を始める。
暫くすると、例の気配が社に到着した。
外を見ると、少々恰幅の良い女性が、米俵を1俵担いでいる。見た事のある顔だが、誰かは思い出せない。
私は社から出て、
「おはようございます。」
と挨拶をすると、その女の人は笑顔で勢い良く、
「ああ、おはよう。
踊りの。」
と挨拶を返した。そして、
「花巻様がいつでも来いって言ってたのに、全く来ないね!」
と笑いながら言ってきた。それで、研究所で見かけた女性だと思い出す。
が、名前までは思い出せない。
後、あの時は、蒼竜様を通さず、直接呼んで良いという話だった気がする。
私は、『あれっ?』と思いながら、
「まだ、1週間ではありませんか。」
と返すと、女の人は、
「1週間もだよ!
『次、いつ来るんだ』って言ってね。」
と心待ちにしているとのこと。私は、
「そうなので?」
と確認すると、女の人は、
「そりゃ、青魔法の使い手なんて滅多にいないからねぇ。」
と笑顔で話した。私は、
「確かに、あまり聞きませんね。」
と返すと、女の人は、
「そうだろ?
いたら、もっと研究が捗るんだけどねぇ。」
と苦笑い。私も、
「確かに、そうでしょうね。」
と納得したのだが、女の人は、
「勿論、日照りに強い品種を育てると言ったやつは、いても年月が必要なんだけどね。」
と付け加える。私も、
「逆に、雨が多い場合とかもそうですよね。」
と青魔法で研究できなさそうな事を挙げると、女の人は、
「踊りの、解ってるねぇ!」
と私の背中をバシッと叩きながら笑顔で返す。私は、背中を擦りながら、
「それは、私も農家の倅ですので。」
と説明すると、女の人は、
「そういう事かい。
いや、勿体ない。
神社勤めでなけりゃ、誘うんだけどねぇ。」
とお世辞ではない様子。が、研究所に入ったら、朝から晩までこき使われるに違いない。
私は、そんな事を思いながら、
「そうですね。
いや、残念です。」
と適当に返した。
古川様が、
「それで・・・、その米俵は納めるの・・・か?」
と質問をする。すると、女の人は、
「そうだった!
藁の件は手伝えなかったからね。
代わりに、米を奉納しようって話になったらしいよ。」
と言って、私に米俵を手渡した。が、米俵は大人の男と同じくらいの重さがある。
ずっしりとくる重みに、落っことしそうになる。
私は、咄嗟に重さ魔法を使い、辛うじて落とさずに踏ん張り、体勢を立て直した。
私は、
「そうだったのですか。
ありがとうございます。」
とお礼を伝えると、女の人は、
「どうって事ないよ。」
と返した。
私は、
「少し、お待ち下さい。」
と断り、社の中に入った。そして、古川様に、
「これは、どちらに置けば?」
と確認をすると、古川様は、
「そう・・・ね。
この台の隣に・・・置いて・・・ね。」
と指示を出した。私は、
「分かりました。」
と返事をし、そこまで移動して米俵を置く。
そして、古川様に確認しながら、大きい方の札を手に取り、もう一度、社の外に出た。
私は、
「お待たせしました。」
と声を掛け、先程から疑問に思っていたので、
「ところで、今日は花巻様がいらっしゃると聞いていたのですが、何か用事が出来たので?」
と質問をした。すると、女の人は、
「何か降りてきたみたいでね。
書物で時間がないんだと。」
と苦笑い。私は机に向かう花巻様の様子を思い出しながら、
「そうでしたか。」
と返事をした。女の人は、
「今は、青魔法を使った研究で、出来る分野と出来ない分野をまとめているらしくてね。
踊りの。
期待されてるよ?」
とまた、背中をバシッと叩いてきた。私は、また背中を擦りながら、
「それは、辛いですね。
そんな事をされても、私も頻繁に行けるわけでもありませんので。」
と苦笑いすると、女の人は、
「別に、頻繁には来なくても大丈夫だよ。
準備ってもんがあるからね。
そのうち呼ぶと思うから、その時は頼んだよ。」
とお願いしてきた。私も、
「分かりました。
忙しくない時だけになると思いますが、宜しくお願いします。」
と社交辞令で返しておく。女の人は、
「では、そろそろ帰るかね。」
と暇乞いをする。
私は、
「分かりました。
では、折角来ましたし、米俵までいただきましたので、こちらをどうぞ。
と木札を渡す。すると、女の人は、
「いいのかい?
貰っても。」
と確認してきた。私は、
「はい。
勿論です。」
と返し、
「では、花巻様にも宜しくお伝え下さい。」
と挨拶をすると、女の人も、
「あいよ。」
と返し、
「じゃぁね。」
と挨拶をして帰っていった。
更科さんが、
「米俵って、貰ったらどうするの?」
と質問をする。すると、古川様が、
「基本は・・・、皆で食べる・・・わ。
でも・・・、沢山貰い過ぎたら・・・売る事もあるけど・・・ね。」
と答えた。私は、
「売る事もあるのですね。」
と呟くと、古川様は、
「着服は・・・、駄目だから・・・ね。」
と苦笑いし、
「それで・・・、お供え物を買ったり・・・、建物の補修をしたり・・・するの・・・よ。」
と用途を説明した。私は、山分けするわけではないのかと思いながら、
「そういう事でしたか。
確かに、そういった費用も必要ですね。」
と納得すると、古川様は、
「そう・・・よ。」
と頷いたのだった。
本日、鐚銭レベルのネタを一つだけ。
作中、椿が出てきますが、こちらは皆様もご存知の冬に咲く花です。
この椿、花が寿命を迎えるとぽとりと落ちる事から、武士は首が落ちるのを連想するので好まなかったという話があります。ですが、これは幕末から明治時代以降のデマなのだそうで、実際は多くの武家屋敷で好んで植えられていたそうです。例えば徳川秀忠も好きだったそうで、多くの品種が献上されたのだとか。
現代でも、お見舞いに持っていく花として椿はNGとされていますが、こういったコジツケ、誰が考えるのだろうかと思うおっさんです。
あと、作中の花巻様の代わりにやってきた女の人は、研究所で最初に会った高梨様となります。
名前は思い出せなくても、会話に差し障りは少ないものです。(^^;)
・ツバキ
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