雪熊を統率しているなら
酒の席が続く。
重い雰囲気が続く中、折角、いつもの雰囲気になったというのに、大月様が、
「そろそろ、再開しても宜しいか?」
と山を崩した時の話に戻そうとした。
──氷川様は、もう全部食べたのか!
そう思い氷川様の膳の上を見たのだが、辛子蓮根は無くなっているものの、先程来た豆は殆ど残っている。
氷川様が、
「今、豆が来たばかりじゃろうが。」
と渋い顔をすると、大月様は、
「もう辛子蓮根は、召し上がったではありませんか。」
と反論した。氷川様は困った顔で、
「そうじゃが、先に食を楽しむ事になったではないか。」
と反駁すると、大月様は、
「あれは、里芋を残さぬようにとの配慮にございましょう。
辛子蓮根は・・・。」
と途中まで話し、言葉に詰まった。恐らく、大月様の頭の中で辻褄が合わなくなったのだろう。
焔太様が、
「竜人の癖に、酔ったのか。」
とニヤニヤ顔。少し揺れているようにも見える。
私は、
「焔太様も酔っていませんか?」
と確認したのだが、焔太様は、
「いや。
まだ、酔ってはいないぞ。」
と素面だと主張。しかし、酔っぱらいが『酔っていない』と言うのはよくある話。
私は、
「この竜殺しというお酒、かなり強いのですね。
竜人の皆さんでも、酔ってしまうのですから。」
と赤竜帝に話しかけると、赤竜帝は、
「うむ。
山上も、ひっくり返ったしな。」
とからかい半分の笑み。同時に焔太様が、
「おいっ!
酔ってないと言ってるだろうが。」
とご機嫌斜めで騒いでいる。
私は、苦笑いしながら赤竜帝に、
「その節は、大変申し訳ありませんでした。」
と頭を掻きつつ謝ると、焔太様が、
「酔っとらん!」
と主張する中、竜の巫女様が憑依している古川様が、
「山上よ。
その癖は、なかなか抜けぬのぅ。」
と指摘してきた。私は、
「酒が入ってか、気が抜けてしまいまして・・・。」
と少し恐縮しながら言い訳をした。
私が古川様に怒られている最中、氷川様は氷川様で、
「話は逸れたが、食べても文句はないな。」
と大月様に念押しし、大月様も、
「はい。」
と返す。まさに、混沌とした状態になっていく。
私は、鞍掛豆を摘みながら、
「これはポリポリしていて、美味しいですね。」
と話を始めると、雫様が、
「そやな。
それに、青大豆の仲間やから、枝豆とも似とるしな。」
と反応した。蒼竜様が、
「雫は、『夏は枝豆が一番』と言っていたくらいだからな。」
と笑顔で付け加える。
私は一粒口に入れ、
「確かに、枝豆とも似ていますね。」
と同意すると、更科さんも、
「ええ。」
と頷いた。更科さんは、
「それで、この豆料理なんだけど。
何という名前か、知りませんか?
前に食べた、『ひたし豆』って言う料理と似てる気がするんだけど、この豆じゃなかったから・・・。」
と首を捻りながら尋ねると、雫様は、
「おおとるで。
ひたし豆で。」
と答え、
「青大豆戻して茹でた後、だし汁か何かに浸けたんは、皆ひたし豆や。」
と付け加えた。すると、更科さんは、
「そういう事ね。」
と納得した様子。雫様は、
「それで、どこで食ぅたんや?」
と質問すると、更科さんは、
「王都でちょっと・・・。」
と苦笑い。詳しく話したくない模様。
王都と言えば、以前、更科さんはそこで、公家の次男だったかに目をつけられて大変な目に遭っている。
ひょっとすると、その絡みなのかもしれないと考えた私は、
「こちらの大納言も、甘塩っぱくて美味しいですね。」
と話を変えた。すると、佳央様が、
「私は、甘い煮豆の方が好きよ。」
と返してきた。話題の変更に成功した模様。
焔太様が、
「酒の邪魔ではないか。」
と一言。私も賛成だ。
だが、佳央様は、
「そう?」
と首を傾げたが、
「まぁ、飲んでないけど。」
と付け加える。見ると、佳央様はお酒を飲んでいない。
私は、
「そう言えば、佳央様が飲む所はあまり見ませんね。」
と言うと、佳央様は、
「ええ。
必要な時だけよ。」
と返した。佳央様が、盃を回すような席では飲んでいたのを思い出す。
私は、
「美味しいですよ?」
と勧めてみたが、佳央様は、
「味醂ならともかく、お酒はね。」
と少し嫌そうな顔。どうやら、甘い酒でないと飲む気はないようだ。
だが、酒なんて物は、好きな方を飲めば良いだけの話。
私は、
「このお酒では、甘みが足りないのですね。」
と納得した事にした。
その後、更科さんが大月様に、佳央様用に味醂を注文するよう話をしていた。
赤竜帝が、
「話は変わるが、山上。
札を作る以外に、何か金策の手段は考えているのか?」
と聞いてきた。私は、
「いえ。
年末まで、時間もございませんので。」
と返すと、赤竜帝は、
「確かに、そうなのだがな。」
と言って眉を顰め、
「初めの頃に、山上が山の主に認められたと話しただろう?」
と確認してきた。私は、
「はい。」
と返事をすると、赤竜帝は、
「とある官吏がな。
『山上が主ならば、雪熊の被害は踊りのに払わせれば良い』と言い出した者がいてな。」
と渋い顔をした。私は思わず片膝を立て、
「そんな、ご無体な!」
と少し大きな声で返すと、赤竜帝も、
「うむ。
山上にしてみれば怒るのも無理はないが、意外に同調する者も多くてな。
最悪の事態も、考えておかねばならぬやもしれぬのだ。」
と困った顔で説明した。ここで言う『最悪の事態』というのは、本当に全部、雪熊の被害の責任を押し付けられるという事に違いない。
私は、
「古川様。
ひょっとして、何かご存知ありませんか?」
と先見していないか確認すると、古川様は、
「それは、聞かぬ方がよいじゃろう。」
と苦笑い。
──つまり、雪熊の被害を背負わされるという事なのか?
私は理不尽さを感じながら、
「何か、回避する方法はないのですか?」
と聞くと、古川様は、
「それは、自分で考えよ。
こちらから言えば回避出来ぬが、山上が自ら考えた場合には回避できる可能性もあると出ておるのじゃ。」
と返事をした。例の、運命の分岐というやつなのだろう。
私は、
「自分で考えた場合のみですか・・・。」
と困り顔をしていると、古川様は、
「身内に相談するは、問題ない。
すぐに答えは出ずとも、一緒に考えていくが良いじゃろう。」
と付け加えた。私は更科さんをちらっと見てから、
「分かりました。」
と返すと、更科さんも、
「なら、頑張って私も考えるわね。」
と言ってくれた。更科さんは、私よりも頭が良い。
私は、
「それは、心強いです。」
とお礼の気持ちを伝えると、更科さんも、
「夫婦だからね。」
と少し笑った。
私は、古川様が『可能性』があるとしか言っていない点は気になったが、全く無いとは言っていないのだと思い直し、古川様に、
「二人で考えてみます。」
と伝えたのだった。
本日短めです。
あと、今回は仕込んだつもりの江戸ネタが既出だったので微妙な感じですが。。。(--;)
まず、前回、うっかりしていたのですが、鞍掛豆を使った料理は、作中の通り『ひたし豆』となります。
ひたし豆は、青豆を1晩ほど水で戻した後、鍋で茹でて好みの固さになった所で笊に上げ、薄めた麺つゆや白だし等に漬け込んだ料理となります。
後、随分前の「両家ご対面」の後書きでも紹介した通り、江戸時代の頃は味醂もお酒として飲まれていました。
この味醂、日本酒(清酒)と同じだけのアルコールが入っているため、お酒のくくりとなります。このため、現代では未成年が買うことは出来ない事になっています。
一方、スーパーに行くと味醂の他に「みりん風調味料」なるものが置かれていると思いますが、こちらはアルコールが1%未満で法律に引っかからないよう、味醂に似せた調味料ですので、未成年でも買うことが出来ます。
「レシピに味醂と書いてあるので買いに行ったら、未成年だからという理由で売ってもらえなかった」という笑い話がありますが、こちらは「みりん風調味料」を選択すれば問題解決だったりします。
(勿論、風味は少し変わってしまいますが。。。)
・ひたし豆 長野県
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/hitashi_mame_nagano.html
・みりん
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%BF%E3%82%8A%E3%82%93&oldid=97269574




