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何も聞かないうちから

 飲みに呼ばれた氷川様が、座布団(ざぶとん)に座る。

 今、食べているのは大きな親芋を煮た物。

 四半刻(30分)かけても煮上がる物ではない。


 氷川様に何を出すのだろうと思っていると、お店の人が障子の前にやってきた。

 そして、


「お待たせしました。」


と声を掛けると、赤竜帝が、


「うむ。」


と障子を開ける許可を出した。


 お店の人が、膳を持って入ってくる。

 膳の上には、最初に出てきた例の黄色い芥子(からし)が詰まった蓮根(れんこん)が乗っていた。

 私はお節介(せっかい)と思いつつも、


「かなり辛いので、気を付けて下さいよ。」


と伝えると、氷川様は、


辛子蓮根(からしれんこん)ですね。

 分かっております。」


と笑う。どうやら、有名な食べ物だったようだ。

 私は、


「それなら、良かったです。

 先程、この黄色いのでえらい目に()いましたから。」


と苦笑いしながら注意を(うなが)すと、氷川様は、


「山上様は、辛いのが苦手でしたか。」


と納得した表情。焔太様が、


「奥方の方は、美味そうに食べていたがな。」


と一言、ニマッと笑う。私は、


「あれを、美味しくですか?」


と思わず聞き返した所、更科さんから、


「誰にでも、食べ物の好き嫌いはあるわよ。」


とにっこり。周囲の目から、私だけ駄目だったのだと気がつく。

 私は、


「そうですね。」


と返し、溜息(ためいき)()いてしまった。

 佳央様が、


「私も、辛過ぎるのは苦手よ。」


と一言。私は一人だけではなかったのが嬉しくて、


「そうでしたか。

 私も、あれは苦手なようです。」


と少し早口で伝えると、佳央様は、


「知ってるわよ。」


と返してきた。つい先程、これが原因で一悶着(ひともんちゃく)があったのだ。

 私は、


「それは、そうですよね。」


眉根(まゆね)()せながら笑ったのだった。



 一息置いて赤竜帝が、


「それでは、良いか?」


と少し真面目な顔を作る。と、突然、氷川様が、


「全て、山上様の判断です。」


と言い出した。何も聞かないうちから、罪を私に(なす)り付けようとし始めた。

 私が、


「『何が』ですか?」


と質問すると、氷川様は、


「何もかもです。」


と答えた。赤竜帝が、


「『何もかも』とは、具体的には何だ?」


と確認したが、氷川様は、


(まさ)に、何もかもです。」


と答えになっていない。私が、


「それでは、判りません。」


ときちんと答えるように(うなが)したのだが、古川様から、


「山上は、口出し無用(むよう)じゃ。

 これでは、山上と赤竜帝の二人で()めているようではないか。」


と言われてしまった。

 私は、


「そういったつもりは・・・。」


と反論を仕掛(しか)けたのだが、古川様、大月様、焔太様の視線を受け、


「いえ、何でもありません。」


と口を(つぐ)んだ。

 赤竜帝が改めて、


「順を追って、説明してみよ。」


と指示を出したのだが、大月様が、


「もう少し、柔らかく聞いた方が良いかと。」


と進言した。赤竜帝が、


「そうか。」


と少し考え、


「では、大月がやってみよ。」


と言い出した。だが、それでは大月様が上の身分の氷川様に質問する事となる。

 これは、何も聞けなくなるのではないかと思ったのだが、大月様は、


「御意にござれば。」


と返し、氷川様に、


「それでは、小生めが。」


と断りを入れた。あまり恐縮しているようには見えないので、今までも、こういった事があったのかもしれない。

 氷川様が、あからさまに嫌そうな視線を送る。

 大月様は、やはりかという顔をしたが、


「先ず、先日、氷川殿は山上達と共に雪熊の間引きに出掛けたという話だが、間違いありませぬな。」


と話を始めた。同意し(やす)い所から、話を始めたようだ。

 が、あまり柔らかさは感じない。

 氷川様は、


「そうじゃ。」


(うなづ)く。大月様は、


「それから、街近くで雪熊と遭遇(そうぐう)したそうですな。」


と同意を求め、氷川様も、


「うむ。」


肯定(こうてい)。大月様は、


「そこから、山に移動したのでしたな。」


ともう一つ、事実確認を行う。

 すると氷川様は、


小癪(こしゃく)にも、雪熊が(じん)を使いよってな。

 押せど、引けど、同じ距離を(たも)ってくる。

 そこで、山上様の指示にて山まで押し込んだのじゃ。」


と説明した。そして、


「そうそう。

 山上様が山に押し込めると判断したは、そやつが『里に近づけては怒られる』と申したからだった(はず)じゃ。」


と焔太様を指す。佳央様も、


「ええ。」


と同意した。

 赤竜帝が、


「その報告はなかったな。」


(つぶや)き、焔太様が動揺(どうよう)する。

 だが、大月様は、


「里に危害が及ぶやもしれぬという意味では、ここは問題あるまい。」


と私達の行動を肯定し、


「その後、山まで行って、引き返したのだったな。」


と次の話に進めた。氷川様が、


「そうじゃ。

 佳央が引き返すと言うての。」


と頷き、そして、


「そういえば、ここで山上がためた魔法を撃つと言い出しての。

 山が崩れると、(みな)()めたのじゃ。」


と付け加えた。大月様は、


「それで、どのように?」


と質問をすると、氷川様は、


「山上様は、『引き返して、斜面がなだらかになってから撃つ』と(おっしゃ)ったのじゃ。」


と説明した。大月様は、


「つまり、そこでは撃たなかったという事ですな?」


と確認し、氷川様も、


「そうじゃ。」


と同意する。

 大月様は、


「では、どのような経緯で撃つ事になったのか?」


と尋ねると、氷川様は、


「それは、急な斜面が終わった時じゃ。

 雪熊がこちらを追わなくなっての。

 すると、こやつが撃つように(そそのか)したのじゃ。

 当然、崩れると解った上でじゃ。」


と焔太様を指差した。焔太様が、


「氷川様も、『やれば良かろう』と(おっしゃ)ったではありませんか。」


と文句を付ける。大月様は、


戸赤(とあか)は良い。」


と一蹴しつつ、氷川様に、


「このように申しておりますが、(まこと)でしょうか?」


と確認した。すると、氷川様は、


「どうじゃったかのぅ。」


と記憶に曖昧な模様。私が、


「私も、この時氷川様が『成果なしでは辛かろう』と焔太様を案ずるのを聞いて同意しましたので、真です。」


と助け船を出すと、氷川様から、


「どちらの味方じゃ。」


とぼやかれてしまった。

 大月様が、


「山上と戸赤の二人を(おもんぱか)ったという話を披露したのではないか。

 氷川殿が危うくならないよう、申したように見えるが?」


と首を(ひね)ると、氷川様は、


「山上様は、私の言葉が決め手で撃ったと申しているではないか。」


と指摘した。私としては、思い出せない記憶を補っただけのつもり。

 だが、言われてみれば両者言うようにも受け取る事も出来る。

 と言うか、氷川様が来る前、私はこの場面を思い出して『私が撃ったのは、氷川様の言葉が決め手だった』と証言したのだっだ。

 氷川様の受け取り方の方が、自然に感じる。

 しかし、先程の私にそのつもりはなかった。

 私は、


「決して、そのようなつもりは・・・。」


と否定してみたのだが、氷川様から、


「どうだか。」


と言われてしまった。自分が氷川様の立場でも、同じように考えるに違いない。私は、


「申し訳ありません。」


と謝った。

 大月様は、


「いずれにせよ、小生には背中を押す意図はなかったように感じる。

 次に行くぞ。」


と言うと、氷川様の表情が、少しだけ緩んだように見えた。


 ふと、最初に大月様が『柔らかく聞いたほうが良い』と言っていたのを思い出す。

 私は、これが大月様のやり方なのだろうと思ったのだった。


 本日は、江戸ネタはお休みです。(--;)


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