穏便にな
即席料理を出す茶屋で、酒の席が続く。
次の料理は、まだ出てこない。
赤竜帝が、
「遅いな。」
と一言。蒼竜様が、
「帰るかどうかも判らなかったのです。
仕方ありません。」
と返した。つまり、私が『竜殺し』を2杯飲んだだけでひっくり返ってしまったせいだと言っているようだ。
肩身の狭さを感じた私は、
「申し訳ありません。」
と謝ると、赤竜帝は、
「気に病まずとも良い。」
と返してくれた。
大月様が、
「もう直来るに違いない。」
と廊下の方を見た。私も、店の奥から、こちらにやってくる気配を感じる。
更科さんが、
「次は、何かなぁ。」
と楽しみの様子。私は、よく判らなかったので、
「判りませんが、焼き物か何かでしょうかね。」
と適当に答えると、更科さんは、
「焼き物かぁ。
なら、お肉だと嬉しいわ。」
と言った。今の時期、肉ならば鴨や雁など色々とある。
ただ、今日は大雪。人間ならば、思うように動くことは出来ないに違いない。
私は、
「そうですね。
猟師さんには、感謝です。」
と頷いた。
赤竜帝が、
「何事にも、感謝は大事だな。」
と一言。何故、『何事にも』なのかと思ったが、野菜だって、この雪の下から掘り出さないといけないに違いない。
私は、
「はい。
農家の人にも、感謝です。」
と同意すると、何故か雫様から、
「酔っとるなぁ。」
と言われてしまった。
先程の気配が、近づいてくる。
そして、先頭の気配が障子の前で止まり、
「御免下さい。
次をお持ちしました。」
と声を掛けてきた。男の人のようだ。
赤竜帝が、
「うむ。」
と返すと、その男は障子を開け、膳を運び込んできた。
甘く香ばしい匂いが漂ってくる。
続いて、銚子と盃を持ったお店の人が入ってくる。
そして、
「山上様は、こちらと一緒にお召し上がりください。
こちらは、人里で人気の『山颪』という銘柄です。」
と私にだけ運んできた。他の皆は、『竜殺し』を飲むのだろう。
私は少し疎外感を感じながら、
「ありがとうございます。」
とお礼を言った。横から赤竜帝が、
「少しづつにしろよ。」
と苦笑いしながらの心配の言葉だ。
私は、
「はい。
勿論です。」
と答えた。
赤竜帝と話している間に、お店の人が下がっていく。
運ばれてきた膳に視線を移すと、皿う上には海苔に何かを伸ばして揚げた後、たれを塗った感じの物が乗っていた。
私は更科さんに、
「これは、何が塗ってあるのでしょうかね?」
と聞くと、更科さんも、
「さぁ。
何だろうね。」
と判からない様子。こういう時は、雫様が教えてそうなものだが、
「美味そうやなぁ。」
と言うだけ。
赤竜帝が、
「先ずは、食べたらどうだ?」
とニヤリ、勧めてきた。
私は、
「先程の、蓮根みたいな料理ではありませんよね?」
と警戒すると、赤竜帝は一口食べて見せ、
「美味いぞ?」
とまた勧める。赤竜帝から二度勧められ、断るという分岐はありえない。
私は少し深めに息をした後、
「分かりました。」
と返し、恐る恐る箸にたれだけを付けて舐めてみた。
──甘じょっぱい。
私は、少し頬を緩ませながら、
「流石、赤竜帝が勧めるだけはありますね。」
と笑ったのだが、赤竜帝に、
「まだ、本体を食べてないだろう。」
と苦笑いされた。私は、
「確かに。」
と同意して一口食べると、先程のたれの味が口一杯に広がった。
塩気に釣られて、酒を口に含む。
私は、
「これは、酒が進みますね。」
と感想を言うと、赤竜帝も、
「そうだろう。」
と満足気だ。私は、
「ところで、これはどういった料理なのでしょうか?」
と聞くと、赤竜帝は、
「これか?
これは確か、慈姑を蒲焼にした物だったか。」
と答えた。私は、
「慈姑ですか。
煮る外にも、このような食べ方があるのですね。」
と感心すると、雫様からも、
「うちも、擦り下ろしたんは滅多に無い思うで。」
と同意する声が聞こえてきた。
私が、
「雫様は、作り方をご存知なので?」
と尋ねると、雫様は、
「知らんけどな。」
と前置きし、
「擦り下ろして海苔に塗った後、一回、揚げとんのやろ。
それから、横、穴空いとるやろ?」
と箸で摘んで、小さな穴を指差しする。
私も確認して、
「確かに。」
と返すと、雫様は、
「これ、串打ちして、たれ塗って、焼いたっちゅう事やろ。」
と解説した。私は、
「そうやって作っていたのですね。
流石、雫様です。」
と感心したのだが、雫様は、
「いやいや。
さっきも言うたけど、推測やで?
推測。」
と正しいかは不明との事。だが、大外れもしていないに違いない。
私は、
「それでも、参考になりました。」
と礼を伝えた。
もう一口齧って料理を楽しんでいると、徐ろに赤竜帝が、
「ところで、山上。
山を崩した件、散々であったな。」
と話し掛けてきた。
私は、
「あぁ、あの件ですか。」
と返すと、赤竜帝は、
「うむ。
改めて、どういった経緯で山を崩すことになったのだ?」
と聞いてきた。
私はその時の様子を振り返りながら、
「あれは雪熊達が、私達が前に進めば後ろに退き、逆に後ろに下がれば前に出てきまして。
それで山の方まで押し込んだのですが、そこから里に戻り始めますと、山から降りてきません。
そこで、焔太様が崖に魔法を打ち込めと唆しまして。
私は崖崩れになるので嫌ったのですが、焔太様が沢山の雪熊を間引きが出来ると説得してきました。」
と話した。佳央様が、
「私は、嫌な予感がするって言ったのよ。」
と話に割り込む。私は、
「はい。
確か、そうです。
ですが、氷川様から成果がいるだろうと言われまして。
それで、私も渋々・・・。」
と説明した。焔太様が、
「その前、山上も打つ気満々だったろうが。」
と指摘する。私は、
「里に戻り始めた時ですか。
ですが、あれは崖崩れに巻き込まれるからと言って、皆さん、止めたではありませんか。
だから、私は止めたのですよ。」
と説明したが、焔太様は、
「山の傾斜が緩くなったら打つとか言ってただろうが。」
と少しイラッとしている模様。私は、
「そうでしたっけ?」
と返すと、焔太様は、
「都合の良い時だけ、忘れるなよ。」
と怒られた。佳央様が、
「それは、私も聞いたわ。」
と焔太様が正しいと言っている模様。私は、
「そうでしたっけ?」
と確認すると、佳央様は、
「そうよ。」
と断言した。佳央様が言うのであれば、恐らく、その通りなのだろう。
そう考えた瞬間に、その時の様子を思い出す。
私は、
「まぁ、でも、私は、もっと緩やかになってから打とうと思っていたのですよ。
そうすれば、被害も少なかった筈です。
なのに、焔太様がここでと言いまして。」
と言うと、佳央様も、
「ええ。
そうだったわね。」
と肯定した。
焔太様が、
「さっきも、都合が良いように話ただろう。
本当にそうなのか?」
と指摘。私は、
「すみません。
あれは、忘れていました。」
と反論したが、焔太様は、
「どうだかな。」
と怪訝な顔。場の雰囲気が悪くなる。
大月様から、
「今日は、飲み会だ。
二人共、穏便にな。」
と諌められてしまった。
このまま、喧嘩になっても仕方がない。
私は、
「そうですね。」
と了承し、焔太様も、
「はい。」
と頷いた。
何となく、頭を冷やす必要があると感じる。
私は、盃に入っている酒を飲み干した後、
「すみません。
少し、用を足して参ります。」
と断って、部屋を出たのだった。
作中の「海苔に何かを伸ばして揚げた後、たれを塗った感じの物」は、慈姑蒲焼を想定しています。
今回の慈姑蒲焼は料理通からの出典で、慈姑を擦り下ろして少しうどん粉を混ぜ、海苔に伸ばして着けて油で揚げた後、串を打って蒲焼にしたものなのだそうです。蒲焼のタレは、醤油、味醂、酒を想定しています。
・料理通 〜 慈姑蒲焼
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200022063&pos=115&lang=ja
〜〜〜
来週の3連休は、どこかで紅葉狩りに行こうと計画中。
天気によってお休みしますので、あしからず・・・。(^^)




