随分(ずいぶん)と緩(ゆる)いようだな
目を開けると、先ずは更科さんの顔が見えた。
そして、赤竜帝、蒼竜様、大月様。
更に、雫様と焔太様もいる。
後、知らない人も一人。
ここは、飲み屋の座敷。
徐々に、頭がはっきりとしてくる。
酒気は、何故か抜けている。
私は、酔って倒れている所を、更科さんの膝枕で介抱されている。
私は、酒の席をぶち壊してしまったので謝ろうと思ったのだが、先に更科さんが、
「和人が起きた!」
と大きな声を上げた。
それを皮切りに、他の人も、誰が何を言ったかは分からないが、
「気分はどうだ。」
「大事ないか?」
「生きていたか!」
と口々に言ってきた。
私は、
「皆さん、落ち着いて下さい。」
と呼びかけると、やはり口々に、
「話が出来るか。」
「良かった。」
「大丈夫なようだな」
と、誰も彼もが安心した旨を口にする。
私は、
「ご心配をおかけしました。」
と謝ると、更科さんが、
「『竜殺し』のせいだから。」
と赤竜帝に目を向けた。赤竜帝が、
「すまぬ、すまぬ。
以前、田中が美味そうに飲んでいたから、まさかこれだけでひっくり返るとは思わなかったのでな。」
と眉根を寄せて謝る。私は、
「『竜殺し』だったのですね。
こちらに来る途中、蒼竜様からかなり強いお酒だとは聞いていましたが、まさかここまで強いとは思いませんでした。」
と返した。が、実は実感がない。
なにせ、たった二口で直ぐに記憶が飛び、白狐が見えたのだ。
蒼竜様が、
「拙者も、気付かずにすまぬな。」
と謝る。私は、
「いえ。
赤竜帝も予想外の事だったようですし、蒼竜様もどの銘柄かまでは判らなかったと思います。
仕方がありませんよ。」
と苦笑いしながら伝えた。すると、赤竜帝は、
「そう言って貰えると助かる。」
と済まなさそうに少し頭を下げた。私は、
「いえ、とんでもありません。」
と恐縮した。
赤竜帝が少し厳しい顔となり、
「ところで山上。」
と話を変える。私は、
「何でしょうか?」
と返すと、赤竜帝は、
「今更だが、白狐の封印が随分と緩いようだな。」
と言ってきた。赤竜帝の目が、少し怒っているようにも見える。
私は少し萎縮しながら、
「どういう事で?」
と質問すると、赤竜帝は、
「巫女の封印により、最初は白狐とは夢で話せるだけと聞いたぞ?
それが後になって、周囲も見えると判明した。
そして今度は、念話を送って来たではないか。
どういう事だ?」
と説明し、色々後追いである事に文句を付けてきた。
だが、封印されて以降、白狐が念話をしたというのは初耳だ。
私は驚いて、
「白狐と、念話が出来たので?」
と逆に質問すると、赤竜帝は、
「そうだ。」
と答えた。夢でのあの間は、赤竜帝との念話だったようだ。
私は、
「申し訳ありませんが、私も聞いておりません。」
と返した。そして、
「ひょっとして、古川様。
どういった目的で緩くしているか、巫女様から聞いていたりしませんか?」
と話を振ると、古川様も、
「・・・何も。」
と知らない様子。赤竜帝は、
「すまぬが、山上。
今一度、巫女に封印を施して貰っても良いな?」
と言ってきた。私は恐る恐る、
「誰が金子を納めるので?」
と確認すると、赤竜帝は、
「今回は、巫女が封印出来なかった事が原因だ。
鐚1文でも、文句は言えまい。」
とまともに払わなくても良いと考えている模様。私は、
「おかしな前例になったりはしませんかね?」
と確認すると、赤竜帝は、
「どういう事だ?」
と聞いてきた。私は、
「例えば、お守りを買ったとします。
効果が失くなった後、何度も鐚銭1枚で紫魔法を掛け直させられては、堪ったものではありません。」
と説明すると、赤竜帝は、
「そう来たか。」
と納得した模様。だが、赤竜帝は、
「しかし、まだ封印をして一月も経っていないからな。」
と指摘した。私は、
「確かに、仰る通りですね。」
と納得し、
「古川様。
前例はあるのでしょうか?」
と確認すると、古川様は、
「それは・・・、無いと思うわ・・・よ。」
と苦笑い。そうそう失敗はないという事なのだろう。
古川様は、
「そもそも・・・、山上。
今回は・・・、これで助かったのよ・・・ね?」
と確認してきた。私には断言が出来なかったので、
「恐らくは。」
と曖昧な回答をすると、古川様は、
「なら・・・、これを見越して・・・わざとゆるくしてたんじゃない・・・かな。」
と指摘した。勿論、本人がいないので真偽は不明だ。
だが、私は、
「その可能性はありますね。」
と同意すると、赤竜帝は、
「仮にそうならば、先に言っておくべきではないか?」
と文句をつける。古川様は、
「これにも・・・、事情があるのかも・・・しれません。」
と推察する。佳央様は、
「なら、聞いてみたら?」
と一言。古川様に注目が集まる。
古川様は、
「一応・・・、聞いてみるけど・・・答えが貰えるかは・・・期待しないで・・・ね。」
と返し、目を瞑った。巫女様か、庄内様辺りと念話を始めたのだろう。
暫し、沈黙が流れる。
するとずっと奥で控えていた知らない人が、
「それで、お客様。
この後、どのようになさいますか?」
と質問をした。あの知らない人は、お店の人だったようだ。
店側にしてみれば、注文もしないのに場所だけずっと取り続ける客というのは、今すぐ叩き出したいに違いない。
赤竜帝は、
「そうだな・・・。」
と少し考え込む。見ると、いつの間にか二品目が出ていた。
椀なので、汁物だろうか。
私が、
「これは?」
と尋ねると、赤竜帝は、
「汁か。
冷めてしまったが、山上が目覚めた時に、飲ませようと思ってな。」
と気遣って注文してくれていた模様。私の所にしか、椀はない。
お店の人が、
「温め直しましょう。」
と提案してくれたが、少しだけ湯気が上がっている。私は、
「いえ。
熱くても、飲めませんので。」
と断り、体を起こした。
更科さんが、椀を持って来てくれた。私は、
「ありがとう。」
とお礼を言ってそれを受け取ると、先ずは中身を確認した。
肉の団子が入った味噌汁だ。
先ずは、一口啜る。
暖かさはあまりないが、鳥の旨味が口に広がる。
私は、
「これは、美味しいですね。」
と赤竜帝にお礼の気持ちを伝えると、赤竜帝も、
「うむ。」
と頷いた。そして、
「美味いか。
ならば、このまま続けるとするか。
山上も、酒を飲まねば大丈夫であろうからな。」
と言うと、お店の人は、
「分かりました。
では、次の品を運ばせます。」
と下がっていった。
古川様が目を開ける。
そして、
「色々と変わるゆえ・・・、目的は・・・話せぬ。
が・・・、白狐は神使・・・じゃ。
実害ないから・・・、そのままで良いじゃろう・・・と・・・、仰って・・・おりました。」
と先の質問の返事をした。
赤竜帝は、
「話せぬか。
だが、そうなると、まだ何か起こるという事か。」
と私の方を見た。私は、
「こちらを見られましても・・・。」
と困惑すると、赤竜帝は、
「確かに。」
と頷き、
「さて、どうしたものか。」
と眉間に皺を作った。そして、
「今、ある話は、雪熊が山上を山の主と認めた可能性がある事くらいか。」
と呟くと、
「大月。
次、山上が何かやらかした時、直ぐに報告を上げられるよう頼んで良いか?」
と指示。大月様は、
「御意にござれば。」
と了承した。赤竜帝は、
「佳央も、頼んだぞ。」
と監視役を続けるように指示。佳央様も、
「面倒ね。」
と了承した。
私は、
「これで、ちゃんと正月を迎えられるのでしょうか・・・。」
と不安を口にすると、古川様は、
「大丈夫・・・よ。
巫女様が・・・、考えての事だから・・・ね。」
とこれを否定した。私は、
「そうあって欲しいものです。」
と切に願ったのだった。
作中の肉の団子が入った味噌汁は、万宝料理秘密箱に出てくる鳥団子の想定となります。
こちらは、鳥の肉(今回は鴫)に米粉、葛、卵の白身を練って団子と、牛蒡、大根、椎茸を入れた味噌汁となります。味噌には五斗味噌という、大豆2斗、糠2斗、塩1斗で作った味噌を使用している想定です。
鴫肉は、現代の日本では滅多に見かけませんが、昔は料理本に出てくるほど使われていたようです。(おっさんには縁遠いのですが、フランス料理の高級ビジエ食材として使われる場合があるとのこと)
一応、狩猟鳥なので狩りをしてもよい鳥となってはいますが、個体が減少しているという事で禁猟の動きがあり、条例で禁止されている地域もあるのだとか。
・万宝料理秘密箱 〜 鳥団子の仕方
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200021712&pos=14&lang=ja
・ヤマシギ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%82%AE&oldid=96454379
・ずんだ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%9A%E3%82%93%E3%81%A0&oldid=97205575
※注釈の所に五斗味噌の記載がある




