表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
564/681

いつの間にか

 風見さんが帰った後、古川様、更科さんと私の3人でお守りを作っていく。



 黙々と木札に文字を写していると、古川様が、


「明日で・・・、終わりそう・・・ね。」


と声を掛けてきた。

 見ると、お守り用の木札が半分以下になっている。

 私は、


「はい。

 思ったよりも、順調に減っていますよね。」


と同意したのだが、古川様は、


「えっと・・・ね。」


と何か言いたい様子。私は、


「何でしょうか?」


と質問すると、古川様は、


「今日の作業は・・・、そろそろ終わりにしない・・・かな?」


と提案してきた。私は、


「まだ、夕餉(ゆうげ)には時間があります。

 もっと書いておいた方が良いと思うのですが、ひょっとして、予定か何かありましたか?」


と確認すると、古川様は格子戸(こうしど)の方を指差(ゆびさ)し、


「外が・・・ね。」


と困った表情。振り返ると、外では大きな雪がどんどん降っていた。


──いつの間に!


 午後、空を見上げた時は、まさかこんなに雪が降るとは思わなかった。

 しかも、これはあっという間に積もる時の降り方だ。


 私は失敗したと思い、


「どうしましょうか・・・。」


狼狽(うろた)えていると、古川様も、


「困った・・・わ。」


と返し、更科さんも、


「帰れるかなぁ・・・。」


と三人、眉根を寄せる。私は、


「幸い、(やしろ)は新しいので(つぶ)れる事はないと思いますが・・・。」


と天井を見ると、古川様も、


紫魔法(呪い)で・・・、強化されているから・・・ね。

 多少年季(ねんき)が入った後でも・・・、社が潰れる事はない・・・かな。」


と苦笑い。私は、


「最悪、今日はこちらに()まる事になるかもしれませんね。」


と言うと、更科さんが、


「その・・・。

 あれも無いのよ?」


と不安そうに言った。私は、


「あれと言いますと?」


と聞くと、


「その・・・。

 朝、一緒に行ったでしょ?」


と答える。(かわや)の事のようだ。

 社から外に出られなくなったからと言って、中で用を足すわけにも行かない。

 私は、


「その心配もありましたか。」


と軽く(ひざ)を打ち、今、思いついたばかりなのだが、


「私は、後は夕餉(ゆうげ)の心配くらいしかしていませんでしたよ。」


と先程から気になっていた風を(よそお)った。

 古川様が、


「食べなくても・・・、一晩くらいは平気・・・かな。」


と一言。確かに、普通なら1食抜いたくらいで人が死ぬ事はない。

 だが、今日は朝も昼も(かゆ)だけだ。

 私は、


「梅干しとか、持っていませんか?」


と古川様に尋ねてみたのだが、古川様は、


「持ってない・・・わ。」


と否定した。私は、


「下女の人に頼んで、持ってきて貰うというのはどうでしょうか?

 竜人は寒さに強いので、この雪でも平気でしょうから。」


と提案したが、古川様から、


「これだけ降っていると・・・、前が見えない・・・かな。」


駄目(だめ)な模様。私は冗談(じょうだん)で、


「ならば、雪を食べるくらいしかありませんか。」


と少し笑うと、更科さんも、


「そうよね。

 他に、食べられそうな物もないし。」


と同意した。だが、古川様は、


「そうでもない・・・かな。」


と発言。二人、古川様に注目する。

 古川様は、


「一応・・・、非常食になりそうな物は・・・あるわ・・・よ。」


と少し歯切れが悪い。表情も、何故(なぜ)(くも)っている。

 私は、


「何か、問題でもあるのですか?」


と質問をすると、古川様は、


「1年近く・・・()つのよ・・・ね。」


と答えた。だが、梅干しのように年単位で大丈夫な物もある。

 私は、


「どういった食べ物でしょうか?」


と聞くと、古川様は、


「ちょっと・・・待って・・・ね。」


と亜空間からお皿を取り出し、


「これなんだけど・・・ね。」


と皿の上に、何やら(たいら)()からびた物を取り出した。(するめ)だ。

 更科さんが、


「神様への、お供え物かぁ。」


推察(すいさつ)し、古川様も、


「ええ。」


と同意する。神様へのお供え物は、新しい物でなくて良いのだろうか?

 私は疑問に思い、


「それで、どうして1年も持っていたのですか?」


と聞くと、古川様は、


「これは・・・、人が食べるために・・・持っていた物じゃないから・・・ね。」


と答えた。あまり、理由になっていない。

 私は、神様が召し上がるのにそれで良いのかと思い、


「食べられないものをお供えするので?」


と追求したのだが、古川様は、


「食べられる・・・(はず)・・・よ?」


と反論した。確かに、食べられないとは言っていない。

 私は、


「『筈』ですか・・・。」


と指摘しつつ、更科さんに、


「どう思いますか?」


と聞いてみた。すると、更科さんも、


「私も、鯣は詳しくないから・・・。」


と断りを入れた上で、


「でも、食べられるんじゃない?

 ()びてなければ。」


と答えた。私はとしては、お供え物のあり方を聞いたつもりだったのだが、答えは食べられるかどうか。

 私は欲しい返事が貰えず少しイラッとしたが、それを指摘すると更科さんが気を悪くすると思い、


「そうですか。」


と、そのまま話を続けた。

 古川様が、


「先に・・・、食べてみよう・・・か?」


と提案してくれたが、人に比べて竜人の方が食べられる物が多い。

 私は、


「いえ、それでは参考にはなりませんので。

 例えば、人間ならころりの紅天狗茸(べにてんぐだけ)でも、竜人は食べられると聞いた気がしますから。」


と断った。古川様が、


「それは・・・。」


と私の発言を肯定。困り顔になる。

 更科さんが、


「私が先に、食べよっか?」


と提案したが、鯣が悪くなっていて腹を下したら、その後は大惨事だ。

 私は、


「いえ。

 それで佳織の体調が悪くなったら大変です。」


と断り、


「私が先に、いただきます。」


と覚悟を決めた。

 古川様が、


「そんなに・・・、慎重(しんちょう)にならなくても・・・大丈夫・・・よ。」


と自信はある様子。私は、


「ならば、先に少しだけいただきますね。」


と鯣の耳を少しもぐ。

 そして、少し躊躇はしたが、思い切って口に入れてみた。


──なんとなく、先日食べた鯣よりも味が薄い。


 そう思ったが、今回、味はどうでも良い。

 腹が下るかどうかが問題だ。


 だが、普通、食べてから腹が下るまで少し間があるものだ。

 なので、私は、


「では、これから1刻(2時間)の間、私の腹が大丈夫でしたら、残りもいただきましょう。」


と提案した。更科さんも、


「分ったわ。」


と返事をしたのだが、顔の方はやや不満げだ。

 私は更科さんの(ほほ)を少し(さわ)り、


「ここで(かわや)に行きたくなったら、大変ですよ?」


と伝えると、更科さんは少し黙った後、ばつの悪い顔をして、


「そうね。」


と納得したようだ。

 私は、腹が下らない事を(いの)りながら、


()んでくれたら万事解決なのですけどね。」


(うら)めしく思いながら外の雪を見たのだった。


 本日も短め。。。(^^;)


 作中、(するめ)が出てきますが、こちらは皆様ご存知の通り、烏賊(いか)を干したものとなります。

 この鯣なのですが、ちょっと聞いただけでは解りにくい「すてれこ」という落語に登場します。

 少し長くなりますが、大雑把(おおざっぱ)粗筋(あらすじ)は以下のとおりです。


 長崎で子供が釣り上げた魚の名前が判らないと奉行所に聞きに行った所、奉行所も判らず魚拓を取って懸賞金を出して魚の名前を探したそうです。すると、ある男が「これは『てれすこ』だ」と言って名乗り出て、真偽も不明なので懸賞金を渡したそうです。これを変だと思った奉行、干物にして魚拓を取り、また懸賞金を出して魚の名前を探したそうです。すると、また先の男がやってきて「これは『すてれんきょう』だ」と言ったそうです。勿論(もちろん)、同じ魚なので男を嘘つきと断じた奉行は打首(うちくび)を言い渡すのですが、この男、最後の願いとして身重の妻を呼ぶよう言ったそうです。奉行は願いを叶えたのですが、そこで男は妻に「子には烏賊を干したものを(するめ)と呼ばせるな」とお願いしたそうですが、これを聞いた奉行は、この男を無罪放免したという噺となります。


 男が無罪放免となったのは、男が妻の会話で烏賊を干したら鯣に名前が変わるように、『てれすこ』を干したら『すてれんきょう』に名前が変わったのだと暗に示して奉行が納得したからとなります。

 これ、おっさん、解説を聞くまで落ちが解りませんでした。(^^;)

 (ちな)みに「すてれこ」は、鎌倉時代に書かれた『沙石集』や江戸時代の『醒睡笑(せいすいしょう)』で登場する話を元ネタに作られた落語なのだとか。


・スルメ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A1&oldid=93859894

・てれすこ

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%A6%E3%82%8C%E3%81%99%E3%81%93&oldid=83537144

・落語散歩

 http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/index.html

 ※「演目表」→「てれすこ」でもっと詳しいあらすじが読めます。

・沙石集

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B2%99%E7%9F%B3%E9%9B%86&oldid=89063512

・醒睡笑

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%86%92%E7%9D%A1%E7%AC%91&oldid=96756300

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ