いつの間にか
風見さんが帰った後、古川様、更科さんと私の3人でお守りを作っていく。
黙々と木札に文字を写していると、古川様が、
「明日で・・・、終わりそう・・・ね。」
と声を掛けてきた。
見ると、お守り用の木札が半分以下になっている。
私は、
「はい。
思ったよりも、順調に減っていますよね。」
と同意したのだが、古川様は、
「えっと・・・ね。」
と何か言いたい様子。私は、
「何でしょうか?」
と質問すると、古川様は、
「今日の作業は・・・、そろそろ終わりにしない・・・かな?」
と提案してきた。私は、
「まだ、夕餉には時間があります。
もっと書いておいた方が良いと思うのですが、ひょっとして、予定か何かありましたか?」
と確認すると、古川様は格子戸の方を指差し、
「外が・・・ね。」
と困った表情。振り返ると、外では大きな雪がどんどん降っていた。
──いつの間に!
午後、空を見上げた時は、まさかこんなに雪が降るとは思わなかった。
しかも、これはあっという間に積もる時の降り方だ。
私は失敗したと思い、
「どうしましょうか・・・。」
と狼狽えていると、古川様も、
「困った・・・わ。」
と返し、更科さんも、
「帰れるかなぁ・・・。」
と三人、眉根を寄せる。私は、
「幸い、社は新しいので潰れる事はないと思いますが・・・。」
と天井を見ると、古川様も、
「紫魔法で・・・、強化されているから・・・ね。
多少年季が入った後でも・・・、社が潰れる事はない・・・かな。」
と苦笑い。私は、
「最悪、今日はこちらに泊まる事になるかもしれませんね。」
と言うと、更科さんが、
「その・・・。
あれも無いのよ?」
と不安そうに言った。私は、
「あれと言いますと?」
と聞くと、
「その・・・。
朝、一緒に行ったでしょ?」
と答える。厠の事のようだ。
社から外に出られなくなったからと言って、中で用を足すわけにも行かない。
私は、
「その心配もありましたか。」
と軽く膝を打ち、今、思いついたばかりなのだが、
「私は、後は夕餉の心配くらいしかしていませんでしたよ。」
と先程から気になっていた風を装った。
古川様が、
「食べなくても・・・、一晩くらいは平気・・・かな。」
と一言。確かに、普通なら1食抜いたくらいで人が死ぬ事はない。
だが、今日は朝も昼も粥だけだ。
私は、
「梅干しとか、持っていませんか?」
と古川様に尋ねてみたのだが、古川様は、
「持ってない・・・わ。」
と否定した。私は、
「下女の人に頼んで、持ってきて貰うというのはどうでしょうか?
竜人は寒さに強いので、この雪でも平気でしょうから。」
と提案したが、古川様から、
「これだけ降っていると・・・、前が見えない・・・かな。」
と駄目な模様。私は冗談で、
「ならば、雪を食べるくらいしかありませんか。」
と少し笑うと、更科さんも、
「そうよね。
他に、食べられそうな物もないし。」
と同意した。だが、古川様は、
「そうでもない・・・かな。」
と発言。二人、古川様に注目する。
古川様は、
「一応・・・、非常食になりそうな物は・・・あるわ・・・よ。」
と少し歯切れが悪い。表情も、何故か曇っている。
私は、
「何か、問題でもあるのですか?」
と質問をすると、古川様は、
「1年近く・・・経つのよ・・・ね。」
と答えた。だが、梅干しのように年単位で大丈夫な物もある。
私は、
「どういった食べ物でしょうか?」
と聞くと、古川様は、
「ちょっと・・・待って・・・ね。」
と亜空間からお皿を取り出し、
「これなんだけど・・・ね。」
と皿の上に、何やら平で干からびた物を取り出した。鯣だ。
更科さんが、
「神様への、お供え物かぁ。」
と推察し、古川様も、
「ええ。」
と同意する。神様へのお供え物は、新しい物でなくて良いのだろうか?
私は疑問に思い、
「それで、どうして1年も持っていたのですか?」
と聞くと、古川様は、
「これは・・・、人が食べるために・・・持っていた物じゃないから・・・ね。」
と答えた。あまり、理由になっていない。
私は、神様が召し上がるのにそれで良いのかと思い、
「食べられないものをお供えするので?」
と追求したのだが、古川様は、
「食べられる・・・筈・・・よ?」
と反論した。確かに、食べられないとは言っていない。
私は、
「『筈』ですか・・・。」
と指摘しつつ、更科さんに、
「どう思いますか?」
と聞いてみた。すると、更科さんも、
「私も、鯣は詳しくないから・・・。」
と断りを入れた上で、
「でも、食べられるんじゃない?
黴びてなければ。」
と答えた。私はとしては、お供え物のあり方を聞いたつもりだったのだが、答えは食べられるかどうか。
私は欲しい返事が貰えず少しイラッとしたが、それを指摘すると更科さんが気を悪くすると思い、
「そうですか。」
と、そのまま話を続けた。
古川様が、
「先に・・・、食べてみよう・・・か?」
と提案してくれたが、人に比べて竜人の方が食べられる物が多い。
私は、
「いえ、それでは参考にはなりませんので。
例えば、人間ならころりの紅天狗茸でも、竜人は食べられると聞いた気がしますから。」
と断った。古川様が、
「それは・・・。」
と私の発言を肯定。困り顔になる。
更科さんが、
「私が先に、食べよっか?」
と提案したが、鯣が悪くなっていて腹を下したら、その後は大惨事だ。
私は、
「いえ。
それで佳織の体調が悪くなったら大変です。」
と断り、
「私が先に、いただきます。」
と覚悟を決めた。
古川様が、
「そんなに・・・、慎重にならなくても・・・大丈夫・・・よ。」
と自信はある様子。私は、
「ならば、先に少しだけいただきますね。」
と鯣の耳を少しもぐ。
そして、少し躊躇はしたが、思い切って口に入れてみた。
──なんとなく、先日食べた鯣よりも味が薄い。
そう思ったが、今回、味はどうでも良い。
腹が下るかどうかが問題だ。
だが、普通、食べてから腹が下るまで少し間があるものだ。
なので、私は、
「では、これから1刻の間、私の腹が大丈夫でしたら、残りもいただきましょう。」
と提案した。更科さんも、
「分ったわ。」
と返事をしたのだが、顔の方はやや不満げだ。
私は更科さんの頬を少し触り、
「ここで厠に行きたくなったら、大変ですよ?」
と伝えると、更科さんは少し黙った後、ばつの悪い顔をして、
「そうね。」
と納得したようだ。
私は、腹が下らない事を祈りながら、
「止んでくれたら万事解決なのですけどね。」
と恨めしく思いながら外の雪を見たのだった。
本日も短め。。。(^^;)
作中、鯣が出てきますが、こちらは皆様ご存知の通り、烏賊を干したものとなります。
この鯣なのですが、ちょっと聞いただけでは解りにくい「すてれこ」という落語に登場します。
少し長くなりますが、大雑把な粗筋は以下のとおりです。
長崎で子供が釣り上げた魚の名前が判らないと奉行所に聞きに行った所、奉行所も判らず魚拓を取って懸賞金を出して魚の名前を探したそうです。すると、ある男が「これは『てれすこ』だ」と言って名乗り出て、真偽も不明なので懸賞金を渡したそうです。これを変だと思った奉行、干物にして魚拓を取り、また懸賞金を出して魚の名前を探したそうです。すると、また先の男がやってきて「これは『すてれんきょう』だ」と言ったそうです。勿論、同じ魚なので男を嘘つきと断じた奉行は打首を言い渡すのですが、この男、最後の願いとして身重の妻を呼ぶよう言ったそうです。奉行は願いを叶えたのですが、そこで男は妻に「子には烏賊を干したものを鯣と呼ばせるな」とお願いしたそうですが、これを聞いた奉行は、この男を無罪放免したという噺となります。
男が無罪放免となったのは、男が妻の会話で烏賊を干したら鯣に名前が変わるように、『てれすこ』を干したら『すてれんきょう』に名前が変わったのだと暗に示して奉行が納得したからとなります。
これ、おっさん、解説を聞くまで落ちが解りませんでした。(^^;)
因みに「すてれこ」は、鎌倉時代に書かれた『沙石集』や江戸時代の『醒睡笑』で登場する話を元ネタに作られた落語なのだとか。
・スルメ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A1&oldid=93859894
・てれすこ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%A6%E3%82%8C%E3%81%99%E3%81%93&oldid=83537144
・落語散歩
http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/index.html
※「演目表」→「てれすこ」でもっと詳しいあらすじが読めます。
・沙石集
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B2%99%E7%9F%B3%E9%9B%86&oldid=89063512
・醒睡笑
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%86%92%E7%9D%A1%E7%AC%91&oldid=96756300




