どちらでしょうね
いつもの座敷での昼食が終わり、雑談の時間となる。
更科さんが、
「そう言えば、佳央様。
監視役の筈なのに、神社に行く時はついて行かないわよね。
大丈夫なの?」
と質問をした。外出する時、必ず竜人がいるから問題ないと思っていたが、言われてみればその通りかもしれない。
佳央様は、
「あぁ、その件?
あれ、微妙なのよ。」
と答えた。更科さんが、
「微妙と言うと?」
と首を傾げると、佳央様は、
「ほら。
和人、谷竜稲荷の正式な神職でしょ?
だから、赤竜帝の命令が及ばなくなってるの。」
と説明した。そういう事らしい。
更科さんが、
「でも、竜帝城とか里の外とか、神社以外ではついていってるじゃない?」
と新たに出てきた疑問を質問する。すると、佳央様は、
「そこは、赤竜帝の顔を立ててるのよ。
和人が竜の巫女と同じ格というのは、外では秘密だから。」
と答えた。更科さんは、
「えっと・・・。
つまり、もう監視は不要だけど、命令が取り下げられてないから、神社の用事以外ではついていってるって事?」
と確認すると、佳央様は、
「そういう事よ。」
と頷いた。更科さんが、
「そうなんだ。」
と納得したので、私も、
「知りませんでした。」
と付け加えると、佳央様から、
「自分の事でしょ?」
と呆たようだ。私は、
「申し訳ありません。」
と苦笑いした。
古川様が、
「話が終わったなら・・・、そろそろ行こう・・・ね?」
と皆に呼び掛けた。私は、
「そうでした。
お待たせして申し訳ありません。
すぐに準備します。」
と謝ると、古川様は、
「そこまで急がなくても・・・、大丈夫だから・・・ね。」
と少し笑った。私は、
「はい。」
と頷いて、
「では、佳織。
すみませんが、また着替えの手伝いをお願いします。」
と声を掛け、二人で座敷を後にした。
それから着替えを済ませ、古川様、更科さんと私の3人で谷竜稲荷へと向かう。
3人だけだが、一応、行列を作って歩く。
空は相変わらずの曇り空。
だが、先程よりも暗くなってきたような気がする。
私は小声で皆に、
「帰りまで、持ちますかね?」
と確認した。帰りに、風見さんから稲藁を貰いに行く予定だからだ。
古川様が前を向いたまま小声で、
「持ってもらわないと・・・、困るよ・・・ね。」
と答える。
更科さんが小声で、
「先に取りに行ったら、どうかしら。」
と提案した。
──途中で、行き先を変えてもよいのだろうか?
私はそう考えたが、天気が持つか心配だったので、
「そうしませんか?」
と古川様に確認した。古川様は、
「風見?・・・の家は・・・、どの辺り・・・なの?」
と質問する。おそらく、場所を聞いてから判断しようとしているのだろう。
私は、
「それはですね・・・。」
と説明しようとしたのだが、ここで言葉が止まった。
──あれっ?
よく考えると、風見さんとの待ち合わせは、いつも田んぼの方だった。その後も、風見さんの家まで行った記憶がない。
私は、背中に冷や汗を感じながら、
「ははは・・・。
どちらでしょうね。」
と笑って返した。というか、笑うしかない。
更科さんが、
「知らないの?」
と困り顔。私は、なんとか格好が付かないかと考えたが、何も思いつかない。
私は溜息を吐いて諦め、
「・・・申し訳ありません。
そういえば、聞いていませんでした。」
と意気消沈して答えた。
古川様が、
「そういう事も・・・ある・・・かな。」
と苦笑い。そして、
「神社に着いたら・・・、聞いてあげるわ・・・ね。」
と優しい言葉を掛けてくれた。ここで言う『聞く』というのは、念話で佳央様辺りに教えてもらうという事に違いない。
私は、
「すみませんが、宜しくお願いします。」
と少し頭を下げた。すると、古川様は、
「誰にでも・・・、思い違いはあるから・・・ね。」
と慰めてくれた。
更科さんが、
「そういえば、佳央様は聞いたのかしら。」
と一言。流れからして、風見さんが住んでいる場所の事だろう。
古川様が、
「昨日は・・・、言ってなかった・・・わ。
金子や・・・、時間の話はしてたけど・・・ね。」
と嫌な事を言い始めた。更科さんが、
「ええ。」
と肯定する。確かに、私の記憶もそうだ。
私は、
「ひとっ走り、近くの番屋で聞いてきましょうか?」
と提案したのだが、古川様は、
「駄目・・・よ。
仕来り・・・だから・・・、用事が終わるまでは・・・ね。」
と却下した。仕来りなのであれば、仕方がない。
更科さんも、
「そもそも、番屋の人が知ってるかも判らないわよ。」
と付け加える。確かに、番屋の人が風見さんと知り合いとは限らない。
私は、
「それもそうですね。
すみません。」
と謝ったものの、これで問題が解決したわけではない。私は、
「では、誰に聞けばよいのでしょうか?」
と質問すると、古川様は、
「佳央に聞くわ・・・ね。
聞いてくれると・・・思うから。」
と答えた。私は、
「すみませんが、お願いします。」
と小さく頭を下げると、古川様の眉間に一瞬だけ皺が寄り、
「今は・・・、神事の最中だから・・・、頭は下げないで・・・ね。
私語も・・・駄目だから・・・。」
とバツが悪そうに話した。行列を組んで歩いている最中は、私語は慎むものだ。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝り、谷竜稲荷まで黙って歩いたのだった。
本日短めです。
今日も特にネタは仕込んでいなかったのですが、ふと、番屋と番所は言葉としては似ているよなと思ったので番所で一つ。
まず、番屋は「格が上がっていたおかげで」の後書きでも紹介した通り、町内の見守りを行う自身番の詰所となります。こちらは、町人が運営していました。
一方、番所というのはいろいろな種類があるのですが、主に警備や見張り、場所によっては徴税なんかも行う役所となります。役所なので、運営しているのは幕府や大名、旗本等となります。
番所の一つに『辻番所』というものがありますが、こちらは武家屋敷近辺の治安維持をするための公営の警備隊の詰め所となります。
この辻番所、江戸初期の頃は辻斬りが多かったそうで、初めはこの辻斬り防止のために作られたのだそうです。
・番屋
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%95%AA%E5%B1%8B&oldid=96669500
・番所
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%95%AA%E6%89%80&oldid=96078791
・辻番
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%BE%BB%E7%95%AA&oldid=88805770




