余計な指摘
谷竜稲荷での作業中、大月様が飲みの誘いに来て一笑いした後、大月様は、
「では、またな。」
と挨拶をして帰っていった。
その後は、再び私が板に字を書き、古川様がその板に判を捺して紫魔法を掛け、佳央様は紙を巻き、最後に更科さんが水引を掛ける作業を行っている。
黙々と作業していると、佳央様が、
「今日は、どこまでやるの?」
と確認してきた。私は、
「少なくとも、四半分は終わらせたいですね。
まだまだ、お守りはありますから。」
と希望を話すと、古川様も、
「そう・・・ね。」
と同意する。そして、
「午後からも・・・、作業・・・する?」
と尋ねてきた。私は、
「出来れば、そうしたいです。
このままでは、将に年が明けてしまいますので・・・。」
と少しげんなりとしながら返事をすると、佳央様が、
「ひょっとして、昼も粥ってこと?」
と私に聞いてきた。私は、
「・・・そうなりますね。」
と返すと、佳央様から、
「私、午後は別の用事があるのよ。」
と拒否された。更科さんは、
「私は大丈夫よ。」
と答えたのだが、佳央様から、
「佳織は、本当は今日、お話をする用事があったけど別の日に変えてもらったものね。」
と笑った。以前聞いた、人間の営みを竜人に話して聞かせる仕事の事だろう。
私は、
「そうなので?」
と確認すると、更科さんは、
「ええ。
和人の役に立ちたかったから。」
と笑顔で言った。私は、
「私も佳織がいてくれた方が良いですが、先約があったらなら優先してくれても良かったのですよ?
次に呼んでもらえなくなったら、大変でしょうし。」
と心配すると、更科さんは、
「・・・多分、お祖母様もそう言うかな。
信用が失くなったら、仕事は終わりだから。」
と同意したものの、何故かお祖母様を引き合いに出してきた。表情も、少し不満そう。
昔、父が、正論ばかりだと女は拗ねると言っていたのを思い出す。
私は、
「そうですね。
でも、勿論、私を優先してくれるのは嬉しいですよ。」
とご機嫌取りで言ったのだが、更科さんは、
「ありがとう。
気を遣ってくれて。」
と薄ら笑い。見透かされている模様。
私は余計な指摘をしてしまったと少し後悔しながら、
「いえ。」
と返し、打開策も思い浮かばないので、残りの作業に取り掛かった。
ある程度書いた所で、私のお腹が鳴る。
私は、
「そろそろ、昼食に戻りませんか?」
と提案すると、古川様も、
「そう・・・ね。」
と同意した。佳央様が、
「やっとなのね。」
と少し嬉しそうに笑う。更科さんも、
「じゃぁ、私も、今のを掛けたら終わりにするわね。」
と丁寧に水引を掛ける。
更科さんは、集中しているからか、先程よりも少しだけ機嫌が戻っているように見える。
私は、
「お願いします。」
と少し頭を撫でてお願いしたのだった。
作業に区切りをつけ、社から屋敷に向かって移動する。
空は、相変わらずの曇天。
若干、風は出てきたが、雪はない。
私は佳央様に、
「午後、空は持つと思いますか?」
と質問をした。すると、佳央様は空を見上げながら、
「微妙ね。」
と答えた。そして、
「何か、気になるの?」
と尋ねてきた。私は、
「はい。
仮に吹雪になるようでしたら、佳織は家にいてもらった方が安全かと思いまして。」
と更科さんを見ると、更科さんは、
「私なら、大丈夫よ?」
と笑顔を向けてきた。私は正直に、
「私も一緒にいたいのですが、佳織には危険な目に遭って欲しくないのですよ。」
と伝えると、更科さんは、
「私だって同じよ。
和人だって、吹雪になったら危険がないとは言い切れないでしょ?」
と返された。私は、
「いえ。
今回は山に行くわけではないので、私なら危険はありませんよ。」
と安心させようと否定すると、更科さんは、
「本当に、私と一緒にいたいと思ってる?」
と聞いてきた。私は、
「勿論ですよ。
でも、大怪我をしたら大変ですよ?」
と眉間に皺を寄せ、
「大峰町で佳織が刺された時、私がどんな気持ちだったか解りますか?」
と質問をした。
更科さんが、シュンとした顔になる。
佳央様から、
「言い過ぎよ。」
と言われ、頭に血が上っていた事に気がつく。
更科さんが、
「ごめんなさい。」
と謝る。
私も引き合いに出したものが悪かったと反省し、
「すみません。
佳央様の言う通り、私も言い過ぎました。」
と謝った。そして、
「それに、今日は一緒でも大丈夫じゃないかなと思っています。」
と付け加える。佳央様が、
「根拠は?」
と聞いてきたので、私は、
「もし、今夜、人が出歩けないような吹雪きになるようでしたら、恐らく、赤竜帝は誘ったりしないと思いますから。」
と答えた。すると、佳央様は、
「それ、信用しすぎじゃない?」
と苦笑い。私は、
「そうでしょうか?」
と反論しようとしたのだが、佳央様は、
「赤竜帝は、里には長く住んでるけど、天気の専門家じゃないでしょ?」
と先に指摘した。私は、
「確かに、そうですね・・・。」
と納得し、更科さんの方を見ると、更科さんは、
「佳央様は、降ると思う?」
と確認した。佳央様は、
「半々かしら。」
とどちらとも言えない様子。更科さんは、
「なら、大丈夫じゃない?
私も、赤竜帝なら吹雪の日に誘わないと思うから。」
とこちらを見た。これは、一緒にいたいから肯定しろという目配せだろう。
私は、更科さんの機嫌をこれ以上は損ねたくなかったので、
「きっと、そうでしょうね。」
と肯定した。
古川様が、
「なら・・・、午後は三人・・・ね。」
とこの話を纏め、私が、
「はい。」
と頷いた事で、この話は終わりとなった。
だが、佳央様が若干心配そうな顔つきをしている。
私は、もう一度空を見上げ、吹雪きませんようにと祈ったのだった。
屋敷に戻り、着物を汚してはいけないので一旦着替えをした後で、座敷に移動する。
暫くすると、下女の人が障子の向こうにやって来た。
そして、
「昼餉にございます。」
と声を掛けてきた。佳央様が、
「持ってきて。」
と返事をする。すると障子が開き、膳が運び込まれてきた。
膳の上に乗るのは、丼一つだけ。中身は勿論、粥だ。
私は、
「佳央様は、粥でなくてもよかったのでは?」
と指摘すると、佳央様は、
「一人だけなんて無理よ。」
と苦笑いされた。私も同じ立場だったら、一人だけ普通の食事は遠慮したい。
私は、
「確かにそうですね。」
と軽く拝んで謝ると、佳央様は、
「別に。」
と一言。明らかに不機嫌に返事をしたのだった。
私は、次は佳央様が臍を曲げるのではないかと心配になってきたのだった。
今回は、よくよく見返すと出ていなかった膳の話を一つ。
まず、紅野様のお屋敷では、宗和膳を使っている想定です。
こちらは茶人の宗和が好んだとされる膳で、四本の足が付いていており、正式な宴席などに用いられていました。
同じ四本足でも、丸みを帯びた膳は中足膳と呼ばれますが、猫の足に似ているという事で関西では猫足膳とも呼ばれているそうです。
また、山上くん達が長屋に住んでいた頃は、単に配膳としか書いていませんが、箱膳を使っていた想定です。
箱膳は、中に食器が収納出来るようになっていて、食べる時は蓋の部分をひっくり返して箱に乗せ、その上に料理を盛り付けた食器を置いて食べたのだそうです。
・膳
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%86%B3&oldid=95588144
・宴席用一の膳
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/175704
・金森重近
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%87%91%E6%A3%AE%E9%87%8D%E8%BF%91&oldid=96526210
・中足膳
小林 弘/中山 薫『新・読む食辞苑 日本料理ことば尽くし』ごきげんビジネス事務所, 平成27年2月, 電子書籍で読んだのでページ数不明
・箱膳
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%AE%B1%E8%86%B3&oldid=91197132




