特に咎(とが)めはない
風が吹く度に揺れる籠の中、私はまたしても気分が悪くなり始めていた。
佳央様が念話を使って、
<<もう少しだから。>>
と励ましてくれる。
だが、そのせいで頭を使ってしまい、本格的に気分が悪くなる。
今は、もう口を開いただけで高級な籠の中を汚してしまいかねない状態。
つまり、返事が出来ないのだが、それを伝える手段がない。
だと言うのに、佳央様から再び、
<<気分が悪くなったら、言いなさいよ。>>
と呼びかけてきた。
私は口を押さえながら、気を遣ってくれているのは解るのだが、これほどありがた迷惑なことはないと思った。
揺れと佳央様からの呼びかけに耐えていると、籠の戸が開いた。
私は這うようにして籠から出て、その場で蹲った。両手も、口を覆った状態だ。
この様子を見て、佳央様が、
「こんなになって。
気分が悪くなったら、声を掛けるように言ったじゃない。」
と困り顔だ。だが、今はぐるぐると地面が回っている状態で、返事をする余裕もない。
というか、出来れば話しかけないで欲しい。
私はそう考えながら右手を縦にして動作だけで謝ると、佳央様は、
「これ、暫く駄目ね。」
と言った。不知火様も、
「そのようだ。」
と様子は見ていないが、明らかに苦笑いしている声。
私は、何も言い返せず、目を瞑ってぐるぐる回るのが収まるのを待った。
酔が、少し収まってきて、寒さの方が気になり始める。
私が頑張って立ち上がと、佳央様が、
「もういいの?」
と聞いてきた。私は、
「はい。
お待たせしてすみません。」
と答えたのだが、私の様子を見た不知火様が、
「我慢せず、もう少しゆっくりしても良いの・・・ですよ?」
と優しい言葉を掛けてくれた。そして、
「面会中粗相をされても、片付けに困るますから。」
と余計な一言を付け加える。私は、複雑な気持ちで、
「確かにそうですが・・・。」
と苦笑いすると、不知火様は、
「どういう訳か、悪い事は重なるものです。」
と念を押してきた。私は、確かにその通りだと思い、
「分かました。」
と返事をして、きちんと酔いが収まるのを待った。
籠から出て四半刻とまではいかないが、その半分くらいの時間が経ち、漸く酔が収まる。
私が、
「もう、大丈夫です。」
と宣言すると、不知火様は、
「そうか。」
と頷いた。が、すぐに、
「そうですか。」
と言い直す。そして、不知火様は少しだけ目を瞑った後、
「では、行きましょうか。」
と歩き始めた。先程の間は、誰かに念話でこれから建屋に入る旨を伝えたのだろう。
私が、
「はい。」
と返事をすると、佳央様は、
「『うむ』とか、もっと偉そうな返事が良いんじゃない?」
と言ってきた。私は不知火様の方を見て、
「そうしないといけないので?」
と確認すると、不知火様は、
「そのままでも良いのですが、話し方を見て分を察する事もある・・・りましょう。」
と答えた。相手が目上かどうかは、敬語かどうかで判断する事もある。
私は、
「確かに、その通りですね。」
と返した。
いつもの、竜帝の間に到着する。
向かって左側に、蒼竜様と、この間では良く見るが名前の知らない竜人が何やら話をしていた。
不知火様が、
「山上様は、こちらに。
佳央は、そこで控えよ。」
と指示を出し、蒼竜様達がいる所に向かって歩いて行く。
赤竜帝が近づいてくる気配がしたので、私はいつものように伏せて待った。
銅鑼が鳴り、竜の姿の赤竜帝が入ってくる。
例によって、圧倒的な威圧感が部屋を満たす。
この中で唯一名前を知らない竜人が、
「面をあげよ。」
と指示を出したので、頭を上げる。
その竜人が、
「先日は、雪熊の討伐、大儀であった。」
と労いの言葉をかけてきた。予想外の展開だ。
私は、その意図を聞きたかったのだが、ここは竜帝の間で赤竜帝との謁見中。その質問をぐっと飲み込んだ。
名前を知らない竜人が話を続ける。
「十分に働いたと認め、金一封を取らす事とする。」
──金一封か。
私は有り難く思ったが、今はそれ以上に気になる事がある。
赤竜帝が、
<<山上、浮かぬ顔だな。
話してみよ。>>
と言ってきたので、私は、
「恐れながら、昨日、私は近くの山を崩してしまいました。
その・・・、お咎めとかはないのでしょうか?」
と質問した。すると赤竜帝は少し考え、
<<こちらが依頼した雪熊の間引きで起きた事故だ。
特に咎めはない。>>
とお咎めなしの様子。そういえば、稲荷神の分け御霊も借金が増えるとは言っていたが、そう言えば、罪になるとは言っていなかった。
私が、
「承知いたしました。」
と軽く頭を下げると、不知火様が、
「山上様。
そもそもあれは、戸赤が言い出した話で、山上様は何度か反対したと聞いております。
故に、戸赤には1日だけ謹慎を申し渡しましたが、山上様については、罪はないでしょう。
ただ、山にも地権者はおりますので、その分の補償の一部は担っていただきます。」
と付け加えた。これは、想定内だ。
私は、もう一度、
「承知しました。」
と返した。
蒼竜様が不思議そうに、
「驚かぬのだな。」
と聞いてきたので、私は、
「実は今朝、『借金まみれでは示しがつかぬ』と怒られましたもので・・・。」
と苦笑いすると、蒼竜様はすぐに、
「稲荷神社だからか。」
と納得した。商売繁盛を謳う稲荷神社に借金まみれは、あまり相応しくない。
私は、
「はい。」
と同意した。赤竜帝が、
<<・・・配慮しよう。>>
と一言。私は、どのように配慮するのだろうかと疑問に思ったが、
「ありがたき幸せにございます。」
と頭を下げたのだった。
竜帝の間から退出した後、また別室に呼ばれて待っていると、程なく竜人化した赤竜帝が入ってきた。
赤竜帝が、
「待たせたな。」
と一言。私は、
「とんでもございません。」
と丁寧に返すと、赤竜帝から、
「山上。
同格なのだから、敬語は不要だぞ?」
と返した。佳央様が、
「性分だから、仕方ないんじゃない?」
と指摘すると、赤竜帝は、
「それにしても、丁寧すぎるだろう。」
と不満を言い、私に、
「普通に話せば良いからな。」
と改めて要求した。私は、
「善処します。」
と答えると、赤竜帝は、
「うむ。」
と頷いた。
佳央様が、
「それで、何で呼んだの?」
と質問する。
すると赤竜帝は、
「いや。
先日も橋を落としたばかりというのに、次は山かと思ってな。」
と小言を言われた。私は、
「私も、そのつもりはなかったのですが・・・。」
と謝ると、赤竜帝は、
「うむ。
が、今回は、少しでも早く借金が返済出来るよう、仕事を割り振ったというのに、この有様だ。
少しは、自重しろよ?」
ともう一言、文句を付けられた。
私は、
「申し開きもございません。」
ともう一度謝った。
赤竜帝が、
「どうすれば返済が出来るか、ちゃんと考えているか?」
と聞いてきた。
私は、
「もうすぐ正月ですので、神社で沢山札を作って売る予定です。」
と返すと、赤竜帝は、
「弱いな。
他には、何かないか?」
と深堀りしてきた。私は、
「富籤も考えたのですが、あれは駄目だと言われまして。」
と一つの案を話すと、赤竜帝は、
「それはそうだ。」
と頷いた。私は特に期待もせず、
「赤竜帝は、何か妙案はありませんか?」
と聞くと、案の定、赤竜帝は、
「それは、自分で考えよ。」
と断った。
──まぁ、そうだろうな。
私はそう思ったが、念の為、
「何でも良いので、お願いします。」
ともう一度聞いてみた。すると、赤竜帝は少しニヤリと笑い、
「ならば、踊りを披露して、金を取ってみてはどうだ?」
と言ってきた。私の通り名の一つに『踊りの山上』というのがある。
だが、あれは名付けの儀で戦う私の様子が、あまりにもへっぴり腰で踊っているように見えた事から付いた通り名だ。
私は、
「それは、勘弁して下さい。」
と苦笑いしたのだが、赤竜帝は、
「そうか?
あれをやれば、流行ると思うのだが。」
と本気で私の踊りで金が取れると思っていた様子。私は、
「そんな訳、ないでしょう。」
と思わず突っ込んだのだった。
本日は、江戸ネタとは違いますが、竜帝城の話を少しだけ。
今まできちんと説明されておりませんでしたが、竜帝城は平安京における宮城のようなものを想定しています。
このため、本丸ではなく、内裏があります。
内裏は、平安京なら天皇が住むスペースですが、ここに赤竜帝が住んでいる設定です。
後、よく出てくる『赤竜帝の間』も内裏の中にあります。
文字で見辛くてすみませんが、(殴り書きの)資料から竜帝城の中の地図をコピペしておきます。
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁竜帝城 壁
壁 赤竜帝の間 壁
壁 内裏 壁
壁 壁
壁 道道 壁
壁 建物 道道 建物 壁
壁 道道 壁
壁 道道 壁
壁 建物 道道 建物 壁
壁 道道 壁
壁 道道 壁
壁 庭 道道 庭 壁
壁 道道 壁
壁 道道 壁
壁壁壁壁壁壁壁壁大門壁壁壁壁壁壁壁壁
・内裏
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%86%85%E8%A3%8F&oldid=96034607




