籠(かご)で竜帝城へ
作中、不快な表現があります。
特にお食事中の方は、時間を改めてお願いします。m(--)m
座敷で味噌汁掛けご飯を食べた後、竜帝城に登城するための着物に着替えを済ませ、私は佳央様と共に不知火様の待つ座敷に移動していた。
案内の下女の人について廊下を歩いていると、時折、強い風が雨戸を叩く音がする。
未だ、外は吹雪いているのだろう。
私は、これから出掛けると思うと、億劫な気持ちになった。
私は佳央様に、
「不知火様が来たという事は、かなり怒っているのでしょうかね?」
と声を掛けた。
不知火様が来た理由として一番に思い付くのは、昨日、魔法で山の一部を崩してしまった件だ。
どのくらいの規模か、全容は不明だが、かなり崩れていたように思う。
だが、佳央様は、
「怒ってる?
そういった報告は、受けてないけど。」
と返事をした。私は、
「不知火様は、演技が上手い方ですか?」
と聞くと、佳央様は、
「演技は知らないけど、何でも器用にこなせそうよね。」
と無難な答えを返した。私は、
「ならば、来た時は普段どおりの演技をしていたけれど、腹の中では、かなり怒っているという事はありませんか?」
と尋ねると、佳央様は、
「どうかしらね。」
とあまり関心がない様子。私は、
「牢に入れられるかもしれないのですよ?」
と指摘したのだが、佳央様は、
「まぁ、佳織の事は見てあげるわよ。」
と他人事の様子。私は少し苛立ちを覚えながら、
「佳央様も一緒にいましたよね。
一蓮托生にはなりませんか?」
と聞くと、佳央様は、
「まぁ、ないんじゃない?」」
と軽く答え、
「心配なら、聞いてみたら?」
と丁度差し掛かった部屋の障子の方を見た。
下女の人の足が止まり、
「こちらでお待ちです。」
と障子の向こうに不知火様がいる事を教えてくれた。
私は、
「ありがとうございます。」
と下女の人に礼を言ったが、佳央様への返事は保留にした。
下女の人が障子を開け、私と、それに続いて佳央様が座敷に入る。
不知火様も、おおっぴらにはしていないが、私が竜の巫女様と同等の身分という事情を知っているため、下座で伏せて待っていた。
私としては背中がムズムズするが、仕方がないので上座に座る。
佳央様が、
「面を・・・上げよ。」
と指示をした。佳央様も、不知火様相手に戸惑っているのかもしれない。
不知火様が頭を上げると、佳央様は、
「本日は、何用じゃ?」
と確認した。すると、不知火様は、
「今朝お願いした通り、竜帝城まで御足路いただこうと罷り越した次第にございます。」
と丁寧な口調で返した。佳央様が、
「うむ。」
と頷くと、不知火様は、
「外に籠を待たせてありますので、お乗り下さい。」
と付け加えた。佳央様は、一度私の方を見て、
「承知した。」
と返事をした。
不知火様が、
「宜しくお願いします。」
と言うと、佳央様は、
「うむ。
では、後での。」
と返し、私の方を見た。座敷から退出しろという意図だろう。
どう考えても、もうこの場は終わりという流れが出来上がっている。
本当は牢の件を確認したかったのだが、仕方がないので竜帝城で聞く事にする。
座布団から立ち上がり、私はそのまま障子に向かった。
外で控えていた下女の人が、障子をスーッと開けてくれる。
座敷から出て振り返り、軽く挨拶をして廊下を進む。
佳央様もそれに続いて出てきたので、私は、
「ご苦労さまです。」
と声を掛けた。
私は、本当は牢の件を話さなかった事を指摘しようと思ったのだが、それはぐっと堪え、
「これから、玄関に向かえばよいのでしょうか?」
と確認をした。佳央様は、
「そうね。」
と軽く返事をしたのみだったので私は少しもやっとしたが、
「解りました。
では、行きましょうか。」
と言って、佳央様と玄関に向かった。
玄関まで行くと、竜帝城に向かうための籠があった。
担ぎ手は4人。いずれも筋骨隆々の竜人で、右手には棒を持っている。
籠は、普段はあまり見かけない黒塗りで、よしずを垂らしたひらひらした物ではなく、隙間のない竹編みで、戸まで付いている立派なものだ。
私は佳央様の耳に顔を近づけ、小声で、
「この籠は、あまり見かけませんね。」
と聞いてみた。すると佳央様は、
「偉い人が乗るやつね。
確か、網代籠って言うやつよ。」
と教えてくれた。私は、
「網代籠ですか。
よしずではないので、今日みたいな吹雪の日にはもってこいですね。」
と感想を言うと、佳央様は、
「一見、そう見えるわよね。」
と苦笑いした。私は、
「ひょっとして、隙間風が入ってくるのですか?」
と確認すると、佳央様との会話を聞いていたらしい不知火様が、
「一応、紫魔法で風が入らないようになっております。」
と説明した。私は、谷竜稲荷の社の中がほんのり暖かかったのを思い出し、
「それならば、安心ですね。」
と笑顔で返したのだが、佳央様から、
「でも、今日みたいな吹雪の日は、辛いわよ?」
と苦笑い。私は、
「あまり、強い呪いではないので?」
と確認すると、不知火様は、
「強めの筈です。」
と断言した。私は、
「そうですか。」
と返し、佳央様に、
「なら、風は大丈夫だと思うのですが・・・。
何か、他に問題でもあるのですか?」
と確認した。すると、佳央様は、
「すぐに解るわよ。」
と苦笑い。私は、どういった問題があるのだろうかと思いながら、
「まぁ、すぐに乗りますからね。」
と返した。佳央様が、
「偶に、解らない人もいるけど。」
と呟く。
──どういう意味なのだろうか?
私はそう思いながら、籠の舁き手の人に、
「宜しくお願いします。」
と声を掛けて籠に乗り込んだのだった。
籠の戸が閉められる。
少しは暖かくなるのかと思ったのだが、風雪が遮られるのみで、社のようなほんのりとした暖かさはない。
なんとなく、社に掛けられた紫魔法のありがたみを感じる。
出立の声とともに、籠がふわりと持ち上がる。
歩き始めてすぐ、突風が吹き、籠が大きく揺れる。
うわっと思い、駕籠の中央に垂れ下がっていた紐を掴んだ。
が、その揺れが立て続けに起きる。
先程食べた味噌汁掛けご飯が、口に登ってこようとする。
私はそれを無理やり飲み込んで耐えたのだが、風が凪ぐ気配は一切ない。
揺れる。揺れる。揺れる。
兎に角、揺れる。
早々に、限界直前まで追い詰められた。
──籠を汚したら、かなり怒られるに違いない。
込み上げてくるものを、気合で押さえつける。
だが、自然に容赦はない。
追い打ちを掛けるかのような揺れ。
いくら風雪を防いだとしても、これだけ揺れては乗り心地もへったくりもあったものではない。
私が限界に達する前に、早く竜帝城に着いてくれと願うが、願ったところで歩く速さは変わらない。
何度も、戻って来た物を無理やり飲み込み、粗相しないように努力する。
自分との戦い。
限界への挑戦。
手で口を抑え、涙目になって堪えていると、戸が開いた。
だが、風は治まっていないらしく、未だ揺れる。揺れる。揺れる。
外から声が掛けられる。
「うめいてるけど、大丈夫?」
だが、私に答える余裕はない。
兎に角、戸から雪の中へと飛び出して、腹の中の物を全力でぶちまけた。
が、何故か地面まで揺れている。
佳央様が、
「あ〜。
やっぱりね。」
と苦笑いする。私は、
「何がやっぱりなので?」
と吐きながら聞くと、佳央様は、
「駕籠で酔ったんでしょ?」
と指摘した。私は
「酔う?」
と聞き返したものの、確かに酒を飲みすぎた時にも周囲が回るので、状況が似ているので納得する。
私は軽く恨みつつ、
「知っていたなら、先に教えて下さい。」
と文句を言ったのだが、佳央様は、
「どうせ知ってても、酔っちゃうから。」
と苦笑い。
私は、それでも教えて欲しかったと文句を言いたかったのだが、再び気持ちが悪くなってしまい、私はまた、雪を汚したのだった。
作中、黒塗りの籠が登場しますが、こちらは将軍様仕様の網代駕籠を想定しています。
網代駕籠は、竹ひごをびっしりと詰めて作る網代編みと呼ばれる手法で作られた外張りの駕籠で、今で言えばセンチュリーとかレクサスに相当する高級品となります。その中でも将軍様仕様は総網代で、黒の漆塗だったそうです。
後、本作は異世界譚という事で、(『籠は?』の後書きでも書いてありますが)乗り物の駕籠を籠としています。
・駕籠
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・内閣総理大臣専用車
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〜〜〜
(短編次第ですが)次は、土曜日の予定です。(^^)




