この吹雪の中でも
* 2023/07/30
合羽の材料がおかしかったので変更しました。
真っ暗な中、目を覚ます。
昨日からの吹雪はまだ止んでいないようで、ガタガタ、ガタガタと雨戸が音をたて続けている。
昨日、更科さんが熱を出した事を思い出し、具合を確かめることにする。
布団から体を起した所で、更科さんの布団がすぐ隣に並んでいる事に気がつく。
──昨晩、手を握っていたのだった。
急に、恥ずかしさが込み上げてくる。
私は、布団から出ずに体を半分だけ捻ってから、更科さんの額に手を当てた。
──少し、冷たい。
これは、布団の外が寒いからに違いない。
恥ずかしいが、更科さんの手で熱があるか確認する事にする。
疚しい事をするのでは無いのだからと自分に言い聞かせながら、更科さんの布団に手を突っ込む。そして、中を弄り、探り当てた手を掴む。
私よりも、少しだけ温かい。
──これならば、熱は大丈夫だろう。
私はそう思い、安心した。
私は更科さんが起こさないよう、小さく、
「治って良かったですね。
佳織。」
と声を掛け、それから布団を出た。
向かう先は、勿論、厠。
外が吹雪だろうと、関係ない。
一旦、お勝手まで移動し、草履を履いた。
少しだけ戸をずらし、外を窺う。
予想通りの、猛吹雪。すぐに、戸を閉める。
出口近くに、紙で出来た合羽が掛かっている事に気が付く。
下には、かんじきも置いてある。
──これは、使っても良いのだろうか?
勝手に着て怒られても困る。
許可を得ようと周囲を確認したが、人の姿は見当たらない。
今は、天気が良ければ星空が広がる時間帯だ。当然だろう。
誰かいないかと、気配を探る。
井戸の辺りに、古川様の気配があるのを見つける。
昨日の夜のうちに、古川様は戻ってきていたようだ。
というか、古川様は井戸の側。この吹雪の中でも、禊をするつもりらしい。
──禊で凍え死んだら、洒落にもならない。
私はそう考えたのだが、中止にするための方法が思いつかない。
古川様は竜人なので、寒さに強い。
私が死ぬ可能性など、微塵も考えていないに違いない。
思わず、溜息をついてしまった。
寒さ対策になるので、重さ魔法で黄色魔法をめいいっぱい集め、全身に纏わせる。
これで、少しは寒さに耐性が出来る。
合羽の方は、少し悩んだのだが、誰に断ればよいか判らないので、諦める事にした。
ここで待っていても、状況が良くなるとも思えない。
私は思い切ってお勝手の戸を開くと、吹雪の中に出ていった。
横殴りの雪。そして、その雪は膝近くまで積もっている。
新雪なのでふわふわではあるが、それでも前に進みにくい。
厠に向け、少しづつ雪を踏みながら前に進む。
草履を履いていても、足の甲には容赦なく雪がかかる。
冷たくて火傷しそうなのを我慢して、前に進む。
これは、霜焼け待ったなしだろう。
暫く歩くと、どこまで進んだのか、判らなくなる。
古川様がいる場所を、気配で探る。
一先ず、そこまでは行けそうだ。
少しづつ進むのが面倒になり、雪を脛で押しのけながら、普通に歩くように前に進んでみる。
先程よりも早く進むが、雪に触れる時間が長くなり、かえって辛くなる。
仕方がないので、また少しづつ雪を踏み固めて、前に進む。
そうして前に進んでいき、井戸の所まで辿り着く。
そこでは、古川様が、井戸の周りに雪の壁を作ってくれていた。
井戸からは、ほんのりと湯気が立ち上っている。
私は、
「おはようございます。」
と声をかけると、古川様もそれに気がついて、
「おはよう。
今日は、・・・ゆっくり・・・ね。」
と返事をした。吹雪のせいで、いつもよりも遅かったようだ。
私は、
「すみません。」
と謝り、雪の壁を指差して、
「これは全部、古川様がやってくれたのですか?」
と確認すると、古川様は、
「ええ。」
と肯定した。私は、
「精が出ますね。」
と褒めたのだが、ここで一段と用を足したくなってきた。
私は、
「ところで、古川様は、厠の位置がどちらにあるか判りますか?」
と確認した。古川様が、
「向こうだけど、・・・どうして?」
と聞き返してきた。私は、
「はい。
この吹雪で、途中から自分が居る場所が判らなくなってしまいまして。
ここに来るのも、古川様の気配だよりだったのですよ。」
と頭を掻いた。古川様が、困った顔をする。
その原因は、自分が頭を掻いせいだろうと思ったが、敢えてこれを無視する事にする。
私は、
「申し訳ありませんが、厠まで案内していただいても良いでしょうか?」
とお願いした。古川様は、一層困った顔をしたが、
「えっと・・・。」
と少し考えたが、
「分ったわ。」
と了承してくれた。私は、
「助かります。」
と頭を下げると、古川様は、また困った顔をした。
今度のは、私が頭を下げたのが原因に違いない。が、こちらも敢えて無視をした。
立場はどうあれ、お願いしているのにふんぞり返ったままというのは、私の性に合わない。
古川様が先行し、厠を目指して歩いていく。
古川様は、さすがは竜人で、雪などないかのように歩いていく。
私は、
「雪が重くないですか?」
と話しかけたのだが、振り返る様子もない。
先ほどと違い、吹雪で声が届いていないのだろう。
途中、更科さんがどうやって厠に移動するのかかが、気になり始める。
後からでも道が判るようにと、重さ魔法も使い、なるべく道が残るように雪を踏みつけていく。
暫くして、厠まで辿り着く。
私は、
「助かりました。」
と声をかけると、古川様は、
「早くして・・・ね。」
と待ってくれる模様。私は、
「分かりました。」
と返事をし、厠へと急いで入った。
用を足している最中、ふと、吹雪でもスキルで魔法を見れば前が見える事を思い出す。
用を足しながらスキルを使い、格子の向こうを魔法で確認する。
ここからの位置では、古川様は見えない。
だが、薄っすらと何かが見える気がした。
目を凝らして、よく確認する。
すると、その何かが、庭の木々である事に気がついた。
一度気がついてしまえば、一層、はっきりと見え始めてくる。
──初めからこうやって見ていれば、古川様についてきて貰う必要もなかったな。
私はそんな風に考え、苦笑いしながら残りの用を済ませたのだった。
暑さに負けて、少し短め。
江戸ネタの方も、お休みです。(^^;)




