あの山には
眠りについて、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
ふと、目の前に掌よりは少し大きな幼女と白狐が待っていた。
その幼女、開口一番、
「この、ど阿呆が!
自分が何をしでかしたか、解っておるのか?」
と怒鳴りつけてきた。
ぼんやりした頭で、
「こちらは・・・。」
と記憶を辿る。
──どこかで見たことがある。
私はボーッとしながら思い出していると、この幼女、
「まだ、繋がっておらなんだか。」
と言うと、数歩こちらに歩み寄り、
「これでどうじゃ?」
と言ってきた。この幼女、稲荷神の分け御霊だ。
私は頭の中が真っ白に鳴り、とにかく、
「申し訳ありません!」
と土下座して謝った。
すると稲荷神は、
「理由が判る前から、頭を下げるでないわ!」
と怒ってきた。確かに、その通りだ。
私は、
「つい、反射で・・・。」
と言い訳をすると、稲荷神の分け御霊は、
「まぁよい。」
と、何も考えずに謝った件は一旦保留となった。
稲荷神の分け御霊が、
「それよりもじゃ。
そち。
何故怒られておるか、思い当たる事をあげてみよ。」
と元の話題に戻る。私は、
「えっと・・・。」
と考え、
「狐講の件でしょうか?」
と答え合わせしようとした。
白狐が、
<<何故、そう考えた?>>
と理由を追求する。
私は、
「本日、事件らしい事件と言いますと、このくらいしか思いつきませんでしたので・・・。」
と説明すると、白狐は眉間に皺を寄せ、
<<もっと、大きな事件があったじゃろうが。
大馬鹿者か?>>
と怒られた。私は、
「それよりも大きな事件ですか・・・。
私にとっては佳織が熱を出した事ですが、これは違いますよね?」
と確認すると、稲荷神の分け御霊が、
「そのような事で、怒ったりはせぬわ!」
と言ってきた。私は、
「因みに、治せたりしますか?」
と確認したのだが、稲荷神の分け御霊は、
「妾に、そのような権能はない。」
と断られた。稲荷神の分け御霊は、神様の一部でもある筈なのに、病気を治す力はないらしい。
私は、
「そうでしたか・・・。」
とがっかりすると、稲荷神は、
「そもそも、明日には治っておる。」
と宣言。私は、
「そうなので?」
と確認すると稲荷神は、
「妾の先見じゃ。
間違いないわ。」
と太鼓判を押した。白狐が、
<<それはそれとして、他に思い当たる事はないかえ?>>
と聞いてきた。私は、
「他にですか?」
と首を捻ると、稲荷神は、
「全く、自覚しておらぬか。」
と呆れられてしまった。私は、
「一先ず、今日やったことは・・・。」
と前置きし、
「朝は、大月様との作法の勉強。
昼は一番に狐講の件を処理し、その後は、雪熊を間引きに行きました。」
と大雑把に話をした。
私は少し考え、
「仮に何か会ったとしたら、雪熊を間引いた時ですね。」
と言うと、稲荷神の分け御霊が軽く頷く。
どうやら、当たりのようだ。
私は、
「雪熊を間引いた時、八の字に並ばれて倒せませんでした。
ですので、山に押し込んで距離をとった後、焔太様に促されて山に一発入れました。」
と説明すると、白狐が、
<<ほれ、見よ。
あるではないか。>>
と一言。私は、
「何か、問題でしょうか?」
と確認すると、白狐は、
<<山を崩したのじゃぞ?
『問題でしょうか』では、あるまい!>>
と怒られた。私は、
「と言いますと?」
と説明を求めると、稲荷神の分け御霊が、
「ここまで言うて、まだ解らぬようじゃな。」
と呆れた感じで言ってきた。
私は、
「申し訳ありません。」
と謝ると、稲荷神の分け御霊は、
「今回、そちが崩した山なのじゃがな。
若干じゃが、地脈が変わった。
が、それは今回、大した問題ではない。」
と説明した。私は、
「では、何が問題なので?」
と合いの手を入れると、稲荷神の分け御霊は、
「うむ。
あの山にも、管理する者達がおっての。
そのうち、山で採れた筈の木材やら山菜やらの代金を、そちに請求してくるのじゃ。
解るか?」
と言ってきた。私は、
「また、借金が増えるという事でしょうか?」
と確認すると、稲荷神の分け御霊は、
「そういう事じゃ。
妾の権能の一つに五穀豊穣があっての。
延ては、金運が上がるとも言われておる。
じゃというに、その神主が借金まみれでは、示がつかぬじゃろうが!」
とご立腹だ。私は、
「あぁ・・・。」
と納得した。確かに、私の事情を知った人達からは、ご利益がないように見えるかもしれない。
私は、
「どうすれば良いでしょうか?」
と相談したのだが、稲荷神の分け御霊は、
「先ずは、自分で考えてみよ。
でなければ、成長せぬからの。」
と答えを教えてくれなかった。
私に良案を思いつく自信はなかったが、
「努力します。」
と返事だけはしたのだった。
稲荷神の分け御霊が、姿を消す。
白狐は、
<<それで、どうするつもりじゃ?>>
と聞いてきた。だが、私には案がない。
私は、
「それを、これから考えます。」
と返し、
「白狐も、何か良い案がありましたら教えて下さい。
とお願いした。だが、白狐は、
<<何を言っておる。
先ずは小童が考えよと言うておったじゃろうが。>>
と呆れた様子。私は、
「確かに、そうは言っておりましたが、私には良案どころか、普通の案がどのような物なのかも解らないのですよ。
せいぜい、賽銭を入れてもらうか、札を売り出すか。
その程度です。」
と説明すると、白狐は、
<<なるほどのぅ。>>
と眉根を寄せながら頷いた。そして、
<<他に、寺社で金子が動く所を、小童は見た事はないか?>>
と助け舟を出してくれた。私は、
「祈祷をしに出掛けるとか・・・でしょうか?」
ともう一つ案を出したのだが、白狐は、
<<それも一つじゃのぅ。>>
と違うようだ。私は、
「ならば、祭りでも開いて、富籤をするのは如何でしょうか?」
と伝えると、白狐は、
<<祭りには、執り行うべき根拠があるのじゃ。
勝手に作るものではないわ。>>
と怒られた。言われてみれば、そうかもしれない。
私は、
「確かに。」
と同意した。
他に何か無いかと考えてみたが、もうこれ以上は案が出てきそうにない。
私は、
「蒼竜様や、・・・せめて佳織に聞くのは、ありでしょうか?」
と尋ねると、白狐から、
<<先程、言うたばかりじゃろうが。>>
と苦笑い。私も駄目だろうと思っていたので、
「そうですよね・・・。」
と困り笑いをした。
それからもいくつか案を出したが、結論が出ないままに朝が近づく。
白狐は上の方を見て、
<<そろそろ時間じゃな。>>
と言った。恐らく、日の出が近いのだろう。
私は雑談として、
「やはり、良案は思いつきませんね。」
と弱音を吐くと、白狐は、
<<まぁのぅ。
経験が無い事をいきなりやれと言っても、普通は困るというもの。
じゃが、始めから人頼みにするのではなく、先に自分で考える事が肝要。
稲荷神の分け御霊は、そう伝えたかったのじゃろう。>>
と説明した。そして、
<<今は、多少は考えたのじゃ。
その案を他の者がどう思うか、聞いて回っても良い筈じゃ。>>
と付け加えた。確かに、稲荷神の分け御霊は『先ずは』と言っていた。
私は、色々と思い至らない点を教えてくれた白狐に、
「ありがとうございます。
そういたします。」
とお礼を伝え、この日の夢を終いにしたのだった。
本日も鼻をかみながら執筆中・・・。(^^;)
作中、富籤という物が出てきます。こちらはご存知の方も多いと思いますが、今で言う宝くじのようなものとなります。
現代の宝くじは、宝くじ売り場で宝くじ券を購入後、抽選日に機械で一桁づつ矢を射て番号を決めます。
ですが、富籤では、札店で番号が書かれた富札を購入後、抽選日当日に全ての番号が入った大きな箱を槍というか錐で突き、出てきた木札の番号で当たりを決めました。
富札が当たった人は、当初はお守りを貰っていたのだそうですが、次第にエスカレート(?)していき、当選金に変わっていったのだそうです。
なお、富籤といえば寺社で行われるというイメージがありますが、こちらは、江戸時代の初めまではどこでも富籤が出来たものの、加熱しすぎたため元禄の頃に幕府が禁止令を出したのですが、享保の頃、財政の関係で寺社が修繕費を集める目的に限り解禁したためと思われます。
・富籤
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%AF%8C%E7%B1%A4&oldid=95221499




