漸(ようや)く
行灯と火鉢からの心許ない灯りの中、更科さんと私は、下女の人が薬を持ってきてくれるのを待っている。
雨戸がガタガタと鳴っているので、吹雪もまだ収まっていないに違いない。
私は、
「今夜は、ずっと吹雪いているのでしょうかね。」
と聞くと、更科さんは、
「さあ。」
と返す。佳央様と違い、更科さんはここに何年も住んでいる訳ではない。
答えられなくても、当然だろう。
更科さんが、
「さっきから、雨戸、ずっと鳴ってるわね。」
と現用を説明する。私は、更科さんも耳障りなのだろうと思い、
「煩いですよね。」
と同意すると、更科さんは、
「せめて、もう少し静かだったら良いのにね。」
と困り顔をした。私は、
「そうですね。」
と頷き、
「吹雪が止めば、薬も早く届きますし。」
と付け加えたのだが、更科さんは、
「薬が届いたら、手、離すんじゃないの?」
と少し恨めしそうだ。だが、吹雪で薬が遅くなると、更科さんの回復も遅れてしまう。
だが、更科さんなら、そんな事は解っている筈だ。
私はどう答えれば更科さんが喜ぶか正解を考え、
「では、薬を飲んだ後も、もう一度、手を繋ぎましょうか?」
と提案した。すると、更科さんは、
「うん。」
と嬉しそうに笑った。どうやら、これで当たりだったようだ。
私は、少し嬉しさを感じながら、更科さんの手を両手で包み込むように握り直したのだった。
更に、四半刻が経過する。
特にやる事もないので、周囲の気配を探る練習を始めてみる。
教材は、近づいてくる下女の人。意識を沈み込ませ、より広い範囲の気配が判るよう、神経を研ぎ澄ませていく。
徐々に、更科さんと私の手の境界線が曖昧になっていく。
暫くすると、本当に微かだが、薬を取りに行くと言っていた下女の人と思われる気配を感じる。今迄、感知したことの無い距離だが、確かに、遠くからこちらに近づいてきている。
私は、
「漸く、戻って来たようですね。」
と言うと、更科さんが、
「ふぇ?
寝てたんじゃなかったの?」
と素っ頓狂な声を出した。
私は、
「いえ。
火の番もありますし。」
と返したのだが、更科さんは、
「でも、さっき声をかけたけど、返事、なかったよ?」
と怪訝な顔になった。だが、私には声を掛けられた覚えはない。
私は、
「集中して、聞いていなかったようです。」
と言い訳をすると、更科さんは、
「そうなんだ・・・。」
と納得をしていなさそうだ。私は、
「どうかしましたか?」
と確認したのだが、更科さんは、
「別に。」
と少し機嫌が悪い。こういう微妙な雰囲気は、別の話を始めるに限る。
私は、
「もうそろそろ、ここの部屋に着そうですね。」
と誤魔化し、
「すみません。
湯呑みの準備をしますね。」
と断りを入れて更科さんの手を離した。
すると更科さんは、
「まだ、着いてないじゃない。」
ともう少し手を握って欲しかった模様。私は、
「そうですが。
佳織には、一刻も早く薬を飲んで元気になって欲しいので・・・。」
と伝えると、更科さんは、
「それでか。」
と納得したようだ。
整理すれば、単純な話。
私は、更科さんに早く元気になって欲しいと思っている。
だが、更科さんとしては、もっと長く手を握っていたいようだ。
お互いに大切にしたいと思って起きた、小さなすれ違いだという事に、私も気がついた。
私は、
「急いで準備しますね。」
と声を掛け、長火鉢に湯呑みを準備し、湯を注いだ。
そして、すぐに更科さんの横に戻り、手を握ってから、
「丁度、冷めた頃に届くと思いますので。」
と言うと、更科さんは、
「分ったわ。」
と少しだけだが、機嫌を直したようだった。
予想よりも遅れて、下女の人が障子の向こうにやってくる。
そして、
「お薬を持って参りました。」
と声を掛けてきた。私は、
「はい。
ありがとうございます。」
とお礼を言いながら障子の前に移動した。
障子が開き、下女の人が、
「こちらになります。」
と器用に折られた1寸ほどの紙の包と湯呑みが乗ったお盆を渡してくれた。恐らく、この包の中に薬が入っているのだろう。
なんとなくスキルで温度を確認すると、湯呑みの中は白湯だった。
私は、
「お気遣い、ありがとうございます。」
とお礼を言うと、早速、更科さんの所までこれを運んだ。
更科さんが、
「折角だから、和人が入れてくれた方で。」
と長火鉢の上の湯呑みを指差した。誰が入れたかなんて、どうでも良いだろうに。
そう思ったのだが、それを指摘して薬を飲むのが遅くなってはいけない。
私は、
「分かりました。」
とだけ返して、湯呑みをとってきた。そして、それを更科さんに渡すと、更科さんは紙の包を開け、角から2つ折りにした状態にし、中の粉を口に含んだ。湯呑みを手に取り、白湯を飲む。
更科さんが、
「うげ。
やっぱり、苦い。」
と女の子が出してはいけないような声を上げた。
私は、
「良薬、口に苦しとは言いますが、大変でしたね。」
と同情すると、更科さんは、
「うん。」
と頷き、もう一口、白湯を飲んだ。
まだ、口の中が大変なようだ。
私は、
「もう少し、飲みますか?」
と下女の人が持ってきた湯呑みも勧めると、更科さんは、私が入れた湯呑みの白湯の残りを飲み干して、
「大丈夫。
もう。」
と少し笑った。私は、
「なら、良かったです。
後は、しっかりと寝ないとですね。」
と湯呑みを回収し、まだ外にいた下女の人にお盆と一緒に返却した。
その後、更科さんの手を握る。
更科さんは、
「ありがとう。
和人。」
と嬉しそうだった。
それから、暫く時間が経過して、更科さんが寝息をたて始める。
私は、これで一安心と手を離した。
だが、手を離した瞬間、更科さんが眉根を寄せる。
もう一度手を握ると、安心した顔になる。
──熱があるのに、更科さんを不安にさせるのも良くないか。
そう思った私は、自分の布団をすぐ隣に敷いた。
長火鉢と火鉢の始末を行い、隣に敷いた自分の布団に入る。
そして、更科さんの手を布団の中に仕舞い、その中でもう一度手を握る。
間近で見る更科さんの、眉間の皺が取れる。
──これならば、大丈夫そうだ。
私は安心して、眠りについたのだった。
本日も短めです。
あと、今回の後書きのネタは選定ミスで中途半端となっており、申し訳ありません。(--;)
作中、「器用に折られた1寸ほどの紙の包」というものが出てきますが、こちらは薬包の想定となります。
この薬包ですが、この読み方は明治以降で、それより前は「くすりづつみ」と読んでいたと思われます。(出典見つからず)
また、薬包には品質劣化を緩和する役割もあったという話や、薬包の折り方にはいくつか流派があったという話もあるのだそうです。
・薬包紙
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・薬読
https://yakuyomi.jp/
※検索欄に「薬包」と入力して検索後、「ブリスター包装はいつから始まった?医薬包装の歴史」を選択
〜〜〜
おっさん、今年流行っているという夏風邪になってしまいました。(鼻風邪)
皆様はそうならないよう、体調には気をつけて下さいね。(^^;)




