手
雪山から家に帰り、夕食を食べていたところ、更科さんの箸が進んでいないので尋ねた所、熱がある事が判明した。
佳央様が薬を手配すべく、下女の人に頼んだのだが、外は吹雪。
私は、遅くなるのではないかと覚悟していた。
更科さんが、柚子お茶漬けを食べる。
途中、更科さんから、
「和人。
そんなに見たら、恥ずかしいから。」
と怒られた。
私は、
「すみません。」
と謝ったものの、やはり気になる。
つい、更科さんが食べる様子を見てしまう。
佳央様から、
「心配なのは、解るけど・・・。」
と苦笑いされてしまった。
更科さんの食事が終わる。
佳央様が、
「もう、寝た方が良いんじゃない?」
と提案する。私も、
「それが良いです。」
と同意すると、更科さんは、
「このくらいは、大丈夫だから。」
と返事をした。佳央様が、
「無理しないでいいから。」
と心配すると、更科さんは、
「でも、今日の様子も聞きたかったんじゃない?」
と指摘する。谷竜稲荷で狐講が起した事件の話だ。
佳央様が、
「それなら、今日でなくても良いから。」
と私に目配せをしてきたので、私も、
「今よりも熱が出たら、大変ですし。」
と私も勧めると、更科さんは、
「分ったわ。
なら、今日は寝かせて貰うわね。」
と了承した。更科さんの表情が、なんとなく暗い気がする。
私は、
「ゆっくり、休みましょうね。」
と声をかけた。
更科さんと二人、自室に戻る。
私が更科さんの布団を敷くと、更科さんが、
「ありがとう、和人。」
とお礼を言いながら、寝巻に着替え始める。
私が長火鉢の炭に火を点けていると、下女の人がやってきた。
私は薬が来たと思い、下女の人が声をかける前に、
「入って下さい。」
と声をかけた。下女の人は、
「はい。
失礼します。」
と返事をして障子を開けた。
下女の人が、火鉢を抱えて部屋に入る。そして、
「座敷から、持って参りました。」
と説明した。そんな事は、見れば解る。
私はそのように思いながら、
「ありがとうございます。
これで、少しは部屋も暖かくなりそうです。」
と返すと、下女の人は、
「薬の方は、もう少しお待ち下さい。」
と申し訳なさそうに頭を下げた。
私は、
「分かりました。」
と頷き、少し苛立ちながら、
「なるべく早く、お願いします。」
と伝えた。下女の人は、
「はい。
取りに行った者に伝えていきます。」
と頭を下げて部屋を後にした。
障子が閉まった後、あの態度はなかったと、少し後悔する。
私が長火鉢の方に火を点けるつづきを始めると、更科さんから、
「和人。
着替えてるんだからね?」
と怒られてしまった。相手が女の人とは言え、更科さんが着替えているのに、確認もせずに入って良いと許可したのは軽率だった。
私は、
「すみません。
気をつけます。」
と謝ると、更科さんは、
「焦っても、薬は届かないからね。」
と私の内心をお見通しのようだ。私は、
「はい。
私も少し態度が悪かったと、反省している所です。」
と伝えると、更科さんは、
「そっか。」
と許してくれた。
更科さんの着替えが終わり、布団の中に入ってもらう。
四半刻が経過する。
雨戸が頻りにガタガタと鳴っている。外は、まだ吹雪いているに違いない。
寒さも、先程よりも増してきたような気がする。
今は火鉢と長火鉢の2つに火が入っているが、寒さが和らいでいる気がしない。
私が、
「薬、遅いですね。」
と声をかけると、更科さんは、
「まだ、半刻も経っていないわよ?」
と返す。私は、
「こんな吹雪でなければ、私も一緒に薬を貰いに行きたかったのですが・・・。」
と謝ると、更科さんから、
「今日は、外は危ないから・・・。」
と言ってくれた。ガタガタと音の鳴る方を見ながら、
「確かに、そうですが・・・。」
と口籠ると、更科さんは、
「今は、和人が側に居てくれた方が、私は嬉しいから。」
と少しだけ笑った。
外は吹雪いている。
更科さんの言う通り、私の場合は危ないかもしれないが、下女の人は寒さに強い竜人だ。それに、地元でもあるので、私に比べて危険が少ないに違いない。
だが、それはそれ。
ただ待つだけというのは、もやもやするのだ。
私は、
「なら。」
と更科さんに近づくと、更科さんは、
「何?」
と少し嬉しそうな表情になる。私は、
「手を温めようと思いまして。」
と説明すると、更科さんは、
「ふふ。」
と笑い、
「うん。」
と布団から手を出した。
その手を握る。
すると、その手は私の手よりも暖かかった。
更科さんが、
「和人の手、冷たくて気持ちいいわ。」
と少し笑顔になる。
私は、
「暖かくなくて、良かったですか?」
と確認すると、更科さんは、
「ううん。
こっちがいい。」
と否定した。私は、
「なら、良かったです。」
とほっとすると、更科さんは私の手を頬に持っていった。
──顔も熱い。
更科さんが熱を出している事を、改めて認識する。
私は、
「早く、薬が届くと良いですね。」
と言うと、更科さんは、
「それ、さっきも聞いたわよ?」
と少し可笑しそうに笑った。私は、
「そうですが・・・。」
と返すと、更科さんは、
「ありがとう。」
とお礼を言ったのだった。
本日、短めですが時間が出来たので投稿しました。
作中、寝巻が出てきますが、こちらは寝る時に着る着物となります。
ここでは浴衣の想定なのですが、江戸時代の冬の寝具の候補として、他に長襦袢や掻巻も考えられます。長襦袢は着物の下に着る着物で、掻巻というのは、現代ではほぼ見かけませんが、袖付きの着る布団なのだそうです。
掻巻を採用しなかった理由としては、山上くんが竜の里に引っ越す時は季節は秋だったという事と、荷物をなるべく少なく絞ったため、寝巻としては浴衣しか持ってきていないからという想定です。
・襦袢
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・掻巻
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