後でまた
雪が激しく降る中、氷川様、佳央様、焔太様と私は、竜の里へと向かっていた。
時間が経つ毎に、風雪が強くなっていく。
佳央様が、
<<前が見えなくなってきたわね。>>
と念話で伝えると、焔太様も、
<<そうだな。>>
と念話を使って返事をする。普通に話しても、声が届かないからだ。
佳央様が、
<<和人。
周りの気配は判る?>>
と声をかけてきた。私は何かいるのだろうかと思い、周囲の気配を探ったのだが、この辺りにいるのは3人だけだ。
私は大きな声で、
「3人の他に、誰かいるので?」
と確認したのだが、佳央様から、
<<風が強くて、良く聞こえないわ。>>
と言われてしまった。佳央様に近づき、耳の近くで、
「ここにいる3人の気配しか、判りません。」
と伝えると、佳央様は、
<<それでいいわ。
前が見え辛いけど、逸れないでね。>>
と想定外の答えが帰ってきた。どうやら、迷子にならないようにと言う意図だったようだ。
私は、
「分かりました。」
と伝えた。
いよいよ前が見えなくなってきたので、スキルで魔法を見るようにする。
すると、先を行く佳央様の輪郭が、はっきりと見えてくる。
少し安心したのも束の間、不安が沸き起こってくる。
──そもそも、今進んでいる先に竜の里はあるのだろうか?
私は佳央様に近づき、
「すみません。
この先には、間違いなく竜の里があるのでしょうか?」
と確認した。すると佳央様は、
<<大丈夫よ。
里の位置は、何となく判るから。>>
と答えた。私は、
「何か、目印でもあるのですか?」
と質問したのだが、佳央様は、
「さぁ?
でも、あっちにあるの。」
と自分でもよく判っていない模様。私は、
「大丈夫なので?」
と確認したのだが、佳央様は、
「大丈夫よ。
この辺りで、迷った事ないし。」
と自信がある様子。だが、私にしてみれば、本当に帰れるのかは判らない。
私は、
「そうなのですね。
頼りにしています。」
と言ったものの、本当にこの方向であっているのだろうかと、やきもきしながら佳央様の後ろを歩いたのだった。
まだ日が高いはずなのに、既に周囲が暗い。
風も強く、気を抜けば飛ばされてしまいそうだ。
頼りになるのは、佳央様の小さな背中だけ。
佳央様は、迷った事がないと言っているが、段々と不安になっていく。
だが、口に出すと、佳央様を信頼していない事になる。
本当に里まで辿り着けるのだろうかと心配していた。
だが、突如、顔に雪が当たらなくなる。
周りを確認すると、そこは既に西門の下。
私は、一気に安心して、
「漸く帰ってこれましたね。」
と声をかけると、佳央様も、
「そうね。」
と返した。
門番さんが近づいてきて、焔太様に、
「吹雪の中、大変だったな。」
と労いの言葉をかけ、私の方に向かって歩き始めた。
焔太様が、
「いや、何。」
と返すと、門番さんは顔だけ焔太様の方に向け、
「無理をするな。
この雪だ。
雪熊も、出てなかったのではないか?」
と確認した。焔太様が返事をする前に、門番さんが私の目の前に到達する。
私が門番さんに、
「どうぞ。」
と手形を差し出すと、門番さんは、
「うむ。」
と一言。帳面に何か記録する。
それを確認した焔太様は、
「そうでもないぞ?」
と返事をした。門番さんが私に、
「入って良いぞ。」
と声をかける。そして、焔太様に、
「そうか。」
と感心した様子。そして、
「で、何頭だ?」
と確認すると、焔太様は、
「17頭だ。」
と胸を張った。門番さんは少し驚きながら、
「そうなのか?」
と私に確認してきたので、私は、
「はい。
ただ、色々ありましたので、持ち帰る事が出来た皮は、数等分だけなのですが・・・。」
と返した。氷川様が、眉を顰める。
門番さんが、
「色々か?」
と首を傾げ、焔太様に、
「何があった。」
と質問をした。焔太様が、
「崖が崩れてきてな。」
と答えると、門番さんは難しい顔になり、
「崖だと!?
それは、どこだ。」
と少し慌てて確認した。焔太様が、
「向こうの、急斜面の所・・・。
里がこことして、」
と空中に四角を描き、
「この辺りだ。」
と指先で位置を示した。門番さんが、
「そうか。
後で、番所に報告しておけよ。」
と言うと、焔太様は眉間に皺を作り、
「番所に報告?」
と鸚鵡返しをする。門番さんが、
「地形が変わったのであれば、調査に行かねばならぬからな。」
と説明すると、焔太様は、
「あぁ、なるほどな。」
と納得した様子。門番さんは、
「まぁ、この雪だ。
数日は動けぬだろうから、急ぐ必要もないのだろうがな。」
と付け加えた。焔太様は、
「分った。
後で、番屋には行っておく。」
と了承すると、私達に、
「では、一旦、紅野様の屋敷に行くか。」
と移動を促した。佳央様が、
「分ったわ。」
と返事をし、屋敷へと移動を開始した。
里の中は、既に5寸程の雪が積もっており、時間の割に人通りも少ない。
屋敷の門の前に着くと、焔太様が、
「俺は、これから番屋に寄ってきます。
では、またな。」
と挨拶をした。私も、
「はい。
では。」
と挨拶をして見送った。
屋敷に入ると、更科さんが、
「おかえりなさい。」
と出迎えてくれる。私も、
「佳織。
ただいま。」
と挨拶を返した。
更科さんが、
「外、大丈夫だった?」
と心配してくれたので、私は、
「はい。
ですが、雪で前は見え辛らかったですよ。」
と返事をする。里まで辿り着けるか不安だった事は、すぐ横に佳央様がいるので、今は内緒にしておいた。
夕食まで時間があるので、少し、雑談をする事になる。
今いるのは、佳央様、更科さんと私の3人だ。
更科さんが、
「そういえば、雪で前が見え辛かったって言ってたじゃない?
よく、迷わなかったわね。」
と話を始めた。すると、佳央様が、
「自分の家の方角くらい、なんとなく判るでしょ?」
と不思議そうに質問をする。更科さんは、
「何度も通った道なら判るけど、それでも、吹雪いたら判らなくなるわよ?」
と答えた。私も、そう思う。
だが、佳央様は、
「そうなの?
多分、あっちっていう感覚、ない?」
と聞いたが、更科さんは、
「いえ・・・。」
と困った顔で返した。佳央様は、
「そうなの?」
と怪訝な顔だ。私が、
「ひょっとして、竜人と人との違いでしょうかね?」
と聞くと、佳央様は少し考え、
「そうかもしれないわね。」
と答えた。
更科さんが、
「ひょっとして、この雪でも、太陽の方向が判ったりするの?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「太陽なんて、見えるわね無いじゃない。」
と否定する。更科さんは、
「じゃぁ、どうやって方向を知るの?」
と確認すると、佳央様は、
「何となくよ。
何となく。」
と自分でも説明できないようだ。私は、
「佳織も私も、この雪では方角も判りません。
なので、恐らく、竜人だけが判る何かがあるのではないでしょうか?」
と聞いたのだが、佳央様は、
「そう?
でも、鳥や犬だって、自分の家に戻るじゃない?
普通だと思うけど・・・。」
と判らない事自体が解らないという様子。
佳央様は少し考え、
「ひょっとして、人間って方向音痴?」
と言った。普通の状況であればそのような事はないと断言する所だが、今は吹雪の中での話。
私は、
「そうかもしれませんね。」
と苦笑いし、更科さんも、
「そうね。」
と返したのだった。
作中、鸚鵡返しという言葉が出てきますが、この中の鸚鵡は鳥のオウムの事です。
このオウム、少なくとも飛鳥時代には日本に入っていたそうで、江戸時代の頃は、将軍や大名も飼っていたのだそうです。また、見世物小屋で見世物にもなっていたのだとか。
後、こちらは江戸ネタではないのですが、佳央様が「なんとなく里の位置が判る」と言っているのは、竜にも帰巣本能があるという設定のためとなります。(^^;)
・オウム
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・帰巣本能
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