巻き込んでしまえば
私達は、竜の里の西門から出て暫く歩いた山中にいる。
周囲の木々は、明らかに人の膝よりも高い所まで、雪に埋もれていた。
徐々に風雪が強まる中、私達は、八の字に陣取っている雪熊達に向かって歩き始めた。
目標は、一番気配の大きな主と思われる雪熊だ。
佳央様が、
「やっぱりね。」
と一言。焔太様が、
「どうした?」
と確認すると、佳央様は、
「雪熊よ。
今まで、ずっと私達が進む方向に移動してたじゃない?」
と質問で返した。焔太様が、
「まぁ、そうだな。」
と同意する。佳央様は、
「どう考えても、あれ、下がってるわよね。」
と面倒臭そうに言う。私達が前に進むと、その分だけ、雪熊達、p後ろに下がったのだ。
焔太様も気がついていたらしく、
「そのようだな。」
と返した。氷川様が、
「これでは、埒が明かぬではないか。
次は、どうするのじゃ?」
と焔太様に問いかける。焔太様がこちらを見たので、私は、
「そのまま、押し込んでしまえば良いのではありませんか?」
と提案してみると、焔太様は顎に手をやった。そして、
「主は、俺達と戦いたくないという事か・・・。」
と呟き、沈黙した。
佳央様が、
「急がないと、雪、もっと酷くなるわよ?」
と警告する。焔太様は、
「解っている。」
と返事をするが、また黙り込む。
私達が注視していると、ついに焔太様が口を開いた。
「山上が言うように、そのまま進みましょう。
地形的に追い詰めれば、陣形も崩れるに違いありません。」
佳央様が、
「里まで連れて行って、門番に任せるのも手よ?」
と別の案を出したのだが、焔太様は、
「いや。
雪熊を里に近づけると、俺が怒られるからな。」
と嫌そうな顔をした。
佳央様が、
「怒られるくらいなら、別にいいんじゃない?」
と面倒くさそうに言う。完全に他人事だ。
焔太様は、
「お前もだぞ?
言い出したのは、黒山だからな。」
と佳央様を軽く睨む。佳央様は、
「不知火様?」
と確認すると、焔太様は、
「そうだ。」
と肯定した。これは、誰から怒られるのかという話だろう。
佳央様は、
「なら隊形を崩して、その隙きに離れるのが一番か。」
と焔太様の方針に納得した。
氷川様が、
「確か、この先に小川があった筈じゃ。
そこで崩れるな。」
と指摘する。だが、焔太様は、
「この時期、小川であれば、水は空になっているのではないでしょうか。」
と思案顔で返す。氷川様は、
「まぁ、そうか・・・。」
と残念な様子。自分の意見が、通らなかったと思ったのかもしれない。
氷川様が、
「ならば、走って迫ってはどうじゃ?
それであれば、付いて来られぬ者もおるじゃろう。」
と提案する。すると、焔太様は、
「雪上では、雪熊の方が良く動きます。
多少は陣形も崩れるでしょうが、先にかんじきが壊れてしまうかもしれません。
それでも遅れを取るような事はありませんが、かなり大変ですよ?」
と私をちらっと見ながら問題点を指摘した。
竜人でない私が雪熊の爪を受ければ、ひとたまりもないという事だろう。
氷川様は、
「あれも駄目、これも駄目。
ならば、他に良案はあるか?」
と確認した。が、焔太様は、
「あれば、提案しています。」
と返した。まぁ、そうに違いない。
氷川様は、
「そうか。
ならば、帰るのは遅くなりそうじゃの。」
と残念そうに言った。
私は、
「森の奥に帰ってくれるだけでも、十分なのではありませんか?」
と確認すると、焔太様は、
「まぁ、そうですね。
今日の所は・・・。」
と溜息をついていた。
ずんずんと森の奥に入っていき、山の斜面が急になる。
雪熊はと言うと、足場も悪いだろうに、律儀にも列を乱さず頑張っている。
佳央様が、
「そろそろ、引き返さない?」
と引き返すように提案した。焔太様も、
「そうだな。」
と了承する。私は、
「では、魔法を撃っておきますね。」
と足場を踏み固めようとしたのだが、佳央様が慌てて、
「ここで?」
と疑問の声。私が、
「はい。
元々、魔法を撃ち込む為に、前に出ようと考えたのですから。」
と説明すると、佳央様が、
「ここで撃ったら、多分、土砂が降ってくるわよ?」
と指摘した。確かに、今集まっている魔法は溜めの時間も長くなったので、かなりの威力になるだろう。
だが、そんなにも土砂が舞い上がるだろうか?
私は、
「そうなりますかね?」
と半信半疑だったのだが、佳央様が、
「だってここ、斜面よ?」
と指摘し、焔太様も、
「だな。」
と同じ意見の模様。氷川様も、
「土砂はともかく、雪崩が起きるのではないか?」
と指摘したが、そちらは焔太様が、遠慮がちに、
「まだ、雪崩が起きるほどは雪が積もっておりません。」
と否定した。意見を纏めると、崖崩れが起きると言っているようだ。
私は、ようやく頭の中がつながり、
「ならば、山の尾根を超えた後に撃てばよいでしょうか?」
と確認した。だが、焔太様から、
「足元から崩れるだろうが。」
と口調も忘れて怒られた。私は少し考え、
「確かに、崩れそうですね。
なら、もう里の方に引き返して、斜面がなだらかになったら撃つ事にします。」
と言うと、焔太様は、
「その方が増しか。」
と了承してくれた。
また竜の里方面に向かって方向転換し、歩き始める。
すると、途中、急な斜面が終わった辺りで雪熊の方がついてこなくなった。
どうやら、雪熊が諦めたようだ。
私は、
「これで一安心ですね。」
と言うと、焔太様は何か思いついたらしく、
「山上様。
折角、溜まった魔法です。
斜面が急になる、あの辺りに魔法を撃ち込んでもらっても良いですか?」
と確認した。私は、
「崖崩れになるんですよね?」
と確認したのだが、焔太様は、
「この辺りからは、斜面も緩やかです。
撃ってもすぐに逃げれば、問題ありません。
それよりも、崖崩れに巻き込んでしまえば、相当数、雪熊を間引けるに違いありません。」
と提案した。佳央様が、
「私、何か嫌な予感がするんだけど。」
と不満げだが、氷川様が、
「やれば良かろう。
成果なしでは、報告もし辛かろうからな。」
と里に帰った後の事を心配している模様。私は、
「報告ですか。」
と焔太様の方を見ると、焔太様が、
「まぁ、あった方が助かる。」
と一言。そういう事情のようだ。
狩れなかった理由の一つに、私が午後一番に動けなかったというのもあるかもしれない。
そう考えた私は、少し後ろめたさ感じ、
「分かりました。」
と了承したのだった。
雪を踏み固めて安定させ、魔法が打ち易いようにする。
次に、重さ魔法で集めていた赤魔法と緑魔法、それに雷魔法を改めてぎゅっと凝縮する。
そして、思い切って魔法を撃ち放つ。
緑魔法がかなり集まっていたせいか、猛烈な勢いで魔法が飛ぶ。
「一先ず、逃げるぞ!」
焔太様がそう言うと同時に、
──ズンッ!
と鈍い音がした。
かんじきが壊れるので、勢い良く走るわけには行かない。
とにかく、前に向いて歩く。
──ゴッ! ゴゴッ!
徐々に、音が大きくなり始める。
焔太様が、
「急げ!
始まったぞ!」
と声を上げる。崖崩れが始まったという意味だろう。
私は、
「はい!」
と返事をしたものの、かんじきが壊れるので、走るわけにはいかない。
佳央様は、
「重さ魔法よ!」
と声を掛けてきたが、意図が解らない。
私は、
「重さ魔法ですか?」
と聞き返すと、佳央様は、
「重さ魔法で保護、出来るから!」
と答えた。スキルで魔法を見ると、佳央様の履くかんじきは、重さ魔法で覆われている。
私は、
「そんな魔法、一朝一夕で出来るわけ、無いじゃありませんか!」
と文句を付けると、佳央様は、
「なら、どうするのよ!」
とご立腹の様子。地鳴りが大きくなってくる。
私は、
「あぁ!
もう!」
と言いながら、ひたすら崖崩れから逃れようと足を動かした。
佳央様が、
「仕方ないわね!」
と言って、亜空間から板を出した。そして、私の前に投げ、
「それに乗って!」
と指示を出した。そんな物があるなら、始めから出して欲しい。
私はそんな事を思いながら、
「分かりました!」
と返事をし、その板に乗った。
氷川様が後ろに乗り、
「ふん!」
と一言。風が起き、板が勢い良く滑り始める。
佳央様が、
「土砂!
もう来てる!」
と声を掛けると、氷川様が、
「分っておる。」
と返事をし、また、
「ふんぬ!」
と言うと、風が強くなり、板の速度が増す。
暫くして、焔太様が、
「逃げ切ったようだな。」
と言った。崖崩れが止まったのだろう。
私は、様子を見ようと振り返ろうとしたのだが、ここで体制を崩して板から転げ落ちてしまった。
氷川様諸共、雪を滑走し始める。
勢いがなくなるより先に、大きな木にぶち当たる。
木の上から雪がドスンと落ちてきて、埋もれてしまった。
重さ魔法で黄色魔法を集めながら、なんとか腕を動かして雪から脱出する。
すると佳央様から、
「要領悪過ぎ。」
と笑われてしまった。私は、そうだと思い出し、
「氷川様も探さないと!」
と言ったのだが、後ろから、
「探さずともよいぞ。」
と声がした。氷川様だ。
どうやら、氷川様は無事だったようだ。
が、その氷川様から、
「山上が落ちたせいで、こちらまで巻き込まれてしまったではないか。」
と文句を付けられた。私は、
「申し訳ありません。」
と謝ったのだが、氷川様から、
「申し訳ないではない。
服が破れてしもうたではないか!」
と怒られてしまった。
私は、
「弁償でしょうか・・・?」
と少し上目遣いで聞くと、氷川様は、
「可愛くないわ!」
と怒られてしまった。
私は、自分が凡庸な顔である事は知っていたが、そんなにきっぱりと言わなくても良いのにと思ったのだった。
本日、江戸ネタは仕込めていませんので、別のネタを少しだけ。
作中、崖崩れが出てきますが、こちらは雨や地震で斜面が崩落する現象で、斜面崩壊の一種となります。
似た言葉に「地すべり」があるのですが、すべり面を持つのが「地すべり」で、持たないのもを「崖崩れ」と呼ぶのだそうです。
この地すべりの方なのですが、重量バランスによって地すべりが起きていなかったり止まっている場合があるのだそうです。
こういった地形に、道路やダムを作ると、地すべりが起きる場合があるのだそうです。
おっさん、この2つを同じものと思い込んでいたので、微妙なネタになりまして。。。(^^;)
・がけ崩れ
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・地すべり
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