今度のは主か
里の西門から出た氷川様、焔太様、佳央様と私は、かんじきを履いて雪の上を歩いていた。
目指すは、雪熊の中でも、主ではないかと思われる一際大きな気配。
その周りには無数の子分と思われる気配が少なくとも10はある。
そして、気がついたのは私達の方が先だった筈なのだが、無駄話をしている内に雪熊の方も気がついたらしく、奴等はこちらに向けて移動を始めていた。
佳央様が、
「しっかり囲むつもりね。」
と指摘する。雪熊の気配は、八の字の形だ。
私は、
「そのようです。」
と感想を言った後、
「ところで、雪熊は連携して攻撃するのでしょうか?」
と確認した。焔太様が、
「真逆。」
と連携を否定する。私は熊繋がりという事で、
「昔、雫様が狂熊を育てていましたが、何か関係はありますかね?」
と聞いてみたのだが、焔太様は、
「それは、流石にない筈だす。」
と否定した。私は、
「でも、明らかに集団で動いていますよね?」
と反論すると、焔太様は、
「確かに。
主がいる場合は、ある程度、統率が取れると聞きます。」
と同意した。私は、
「こうやって話している間に、いよいよ近づいてきましたね。」
と話を替えると、焔太様は、
「そのようです。」
と返しながら、正面の警戒を一段と強めた。
雪熊の気配が近づく。
だが、一気に襲ってくるのではなく、一定の距離を保っているようにも見える。
そして、半分囲まれているようだが、取り囲む感じではない。
私は、
「来ませんね。」
と言うと、佳央様が、
「主の指示じゃない?」
と指摘した。私は、
「やはり、主なのでしょうかね。」
と眉間に皺を寄せると、焔太様が、
「まだ、判りませんが。」
と半分肯定した。私は、
「仮に主として、どうしてこのように支持したのでしょうか?」
と質問をすると、佳央様は、
「さぁ?」
と考えていなかった模様。代わりに焔太様が、
「わざと、逃がすための陣じゃない・・・でしょうか。」
と答えた。私は、
「わざとですか?」
とその意図を聞くと、焔太様は、
「はい。
狼でしたら、獲物を逃さないために周りを囲みます。
ですが、今は囲むのではなく、コの字のようになっているではありませんか。
ならば、少なくとも主の目的は、私達を狩る事ではありません。
ならば、威嚇だけして帰ってもらおうとしていると考えるのが自然ではないでしょうか。」
と答えた。
氷川様が、
「そこまで考えるかのぅ。」
と首を傾げる。
すると焔太様は、
「主は、かなり頭が良いのだそうです。
ですので、里では、人と戦っているつもりで対処する必要があると教わりました。」
と説明した。以前、主と知らずに倒してしまった大牙狼の事を思い出す。
私は、
「なるほど、そうかもしれません。
以前、私が会った山の主は、片言ですが人の言葉を話していましたし。」
と同意すると、焔太様は、
「人語も話すのか!」
と驚いた様子。氷川様も、
「なるほど。
それだけ知能があるならば、戦略を考えたとて不思議ではないか。」
と納得した。
風が強くなり、空から雪が降り始める。
遠くから、雷の音も鳴り始めた。
これに伴い、緑魔法と雷魔法の集まりが良くなる。
焔太様が、
「近いな。」
と一言呟く。
近いというのは、雷の事だろうか。
それとも、主の事だろうか。
私は、周囲の気配を探りながら焔太様に、
「このまま、突撃しますか?」
と確認した。だが、焔太様は、
「いや、待て。
向こうも、知恵が回るのだす。
あの気配までたどり着くのは、骨が折れるに違いありません。
ここは一つ、じっくりと行くべきではないでしょうか。」
と慎重な姿勢。私は、
「でも、どのみち倒すのですよね?」
と確認すると、焔太様は、
「『間引く』です。」
と訂正した。
私は、同じ意味ではないかと思いながら、
「そうでした。」
と返事をした。
佳央様が、
「で、どうするの?」
と面倒くさそうに言う。すると焔太様は、
「そうだな・・・。
端から攻めてみるか。」
と言った。私は、
「主ではないのですか?」
と確認したのだが、焔太様は、
「まだ、確定ではありません。」
と主か未確定である点を一言。それから、
「それと、中央から行けば、囲まれるではないですか。」
と否定した。私は、
「それもそうですね。」
と納得し、端から攻める事に決まった。
八の字の端に向かい、移動する。
が、この動きに追従し、雪熊の気配も移動する。
氷川様が、
「これでは、埒が明かぬの。」
と苦笑いする。焔太様も、
「そのようです。」
と返すと、佳央様が、
「空。
これから、もっと雪、降りそうよ?」
と指摘した。私にはよく解らなかったが、地元民にしか分からない天気の機微があるのかもしれない。
焔太様は、
「本当か?」
と渋い顔をすると、佳央様は、
「多分。」
と返した。焔太様は、
「どうするか・・・。」
と少し考えた後、
「手ぶらでは何だ。
1頭狩ったら、帰るという事でどうだ?」
と提案してきた。私は、
「構いませんよ。」
と返したのだが、氷川様が、
「山の天気ぞ?」
と指摘し、佳央様も、
「そうね。
風も強くなってきたし。」
と説明した。焔太様は、
「・・・そうか。
ならば、仕方ない。
一旦、戻るか。」
と決断した。佳央様が、
「そうして。」
と同意する。私は、そうは言っても大丈夫だろうと思ったが、遭難しても大変かと思い直し、
「分かりました。」
と同意したのだった。
本日短めです。
後、今回は江戸ネタとはちょっと違います。
作中、雪熊が八の字の形の陣形をとりましたが、こちらは鶴翼の陣のようなものを想定しています。
鶴翼の陣ですが、中国から伝わった八陣の中の一つとなります。戦国時代、山本勘助も独自に武田八陣を考案したのだそうです。(なお、武田八陣の名称は明治以降の模様)
ただ、この八陣は、当時は有用だったかのように物語で使われている事が多いように見受けられますが、少なくとも日本においては実戦向きではなかったようで、余り使われなかったようです。また、使われてもバッとしない結果が多かったのだとか。
・陣形
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%99%A3%E5%BD%A2&oldid=93467578
・鶴翼の陣
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%B6%B4%E7%BF%BC%E3%81%AE%E9%99%A3&oldid=74529129
・日本の陣形史
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%99%A3%E5%BD%A2%E5%8F%B2&oldid=94574052
〜〜〜
最後、明日も短めの予定です。




