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未(いま)だに実感がない

 赤竜帝の、白檀(びゃくだん)自慢(じまん)が一区切りつく。

 不知火様が佳央様を呼び寄せ、


「少し、良いか?」


と言いながら、少し離れたところに連れていった。


──二人で、何を話しているのだろうか?


 私は、その内容が気になったのだが、遠くて聞こえない。

 だからといって、赤竜帝をほっぽりだして話を聞きに行くわけもいかない。

 これで私は、赤竜帝との話に集中できなくなってしまった。

 

 注意散漫のため、周囲をキョロキョロする。

 すると、赤竜帝から、


「ん?

 山上。

 どうしたのだ?」


と指摘した。

 私は、正直に言うわけにも行かず、咄嗟(とっさ)に、


「はい。

 先程から、あそこの台の上に置いてある物が気になりまして・・・。」


と適当に少し離れたところにある台の上で少し光っていた物を指を刺した。

 赤竜帝が、


「あぁ。

 あれか。」


と言って台に近づいた。私も、そこに付いていく。

 遠目ではよく見えなかったのだが、台の上には、透明で足のついた湯呑(ゆの)みのような物が置いてあった。

 表面には、細かな細工も(ほどこ)してある。

 赤竜帝は、


「これは、王都切子(きりこ)だな。

 これに興味があるのか?」


と言ってきた。私は、本当はそれほど興味がある訳ではなかったのだが、


「少しだけ。

 佳織に見せると、(よろこ)ぶかもしれないなと思いまして。」


と話をでっち上げた。

 赤竜帝は、


「なるほど。

 確かに、光り物が好きな者は多いな。」


と納得する。私は、ひょっとして土産に持たせてくれるのかと期待したのだが、赤竜帝は今度は王都切子について、熱く語り始めた。



 1刻(2時間)を超えて話をした後、赤竜帝から開放される。

 竜帝城から出ると、既に日も暮れ、黄昏時(たそがれどき)となってていた。

 空の半分以上が雲に(おお)われており、寒さも増している。


 私は佳央様に、


「普段なら、もう夕飯の時間ですね。」


と声を掛けると、佳央様も、


「そうね。」


と同意する。

 それを聞いてだろう。

 大月様が、


「腹が減っているなら、どこかで食べるか?」


と誘ってきたが、私は直ぐに、


「いえ、佳織が待っていますので。」


と断ると、大月様は、


「・・・分った。」


と頷き、


「では、後日とするか。」


と言ってきた。私は、


「何かあるので?」


と確認すると、大月様は、


「何。

 大した話でもないゆえな。」


と返してきた。何か、話があるようだ。

 私は、


「分かりました。

 急ぎでもないのでしたら、作法の日にでもお聞かせ下さい。」


と伝えると、大月様は、


「そうだな。」


と同意した。



 竜帝城の門を出た後、暫く歩いた所で大月様が、


「小生は、あちらに用事があるゆえ。」


と指を刺した。私は、


「分かりました。

 では、また作法の日までお別れですね。」


と返すと、大月様は、


「うむ。」


と頷いた。私は立ち止まって、


「では。」


と軽く頭を下げ見送ろうとしたのだが、佳央様から、


「和人。

 こっちが、見送ってもらう側よ?」


と指摘した。どうにも()れないが、身分的にはその通りだ。

 私は、


「解ってはいるつもりなのですが、つい・・・。」


と少し頭を()くと、大月様は、


()れるしか、あるまい。」


と苦笑いをしたのだった。



 黄昏時も終わり、ほとんど空の明かりがほとんどなくなる。

 雲のせいか、月明かりすら無いため、足元が良く見えない。

 仕方がないので、私はスキルで温度を見ながら歩いた。


 先程、不知火様と佳央様が何を話をしていたのか、確認することにする。

 私は、


「ところで、佳央様。

 先程、不知火様とはどのようなお話を?」


(たず)ねてみた。すると佳央様は、


「今年は、雪熊が多いって話、聞いたでしょ?」


と聞いてきた。私は、


「はい。」


と答えると、佳央様は、


「だから、年内の内に、もう2〜3回、山に出掛けて欲しいんだって。」


と答えた。山で、雪熊を間引いてきて欲しいようだ。

 私が、


「そうでしたか。」


相槌(あいづち)を打つと、佳央様は、


「で、和人の日程はどうなってるかって。」


と言ってきた。だが、最近は毎日神社の用事もあり、いつ山に行けるかも分からない。

 私は、


「それは、古川様や大月様に聞いた方が良いのではありませんか?」


と返すと、佳央様も同じように考えていたらしく、


「ええ。

 だから、そう答えておいたわ。」


と苦笑。私も、


「そうなりますよね。」


と頷いた。



 佳央様と話をしならが歩いているうちに、屋敷に到着する。

 玄関に入ると、更科さんが、


「お帰りなさい。」


出迎(でむか)えの挨拶(あいさつ)をすしてくれた。

 私も、


「はい。

 只今(ただいま)戻りました。」


と返すと、更科さんから、


「夕方から、急に寒くなったでしょ?

 大丈夫だった?」


と聞いてきた。私は、気遣ってくれる事が嬉しくて、


「はい。

 でも、歩いているうちに体は温まりますので。」


と笑顔で返事をすると、更科さんは、


「なら、いいけど・・・。」


と言った。

 下女の人が、少し湯気の立つ(おけ)を2つ持ってやって来る。

 それを佳央様と私に、


「すすぎにお使い下さい。」


と手渡した。私は、それを受取りながら、


「ありがとうございます。」


とお礼を伝え、一旦、玄関の土間に置いた。

 そして、上がり(かまち)に腰を下ろし、草鞋(わらじ)を脱いですすぎを始める。

 すると、更科さんが私の真後ろに移動し、すすぎをしている様子を(のぞ)き込んできた。

 私は、距離が近くて少しドキドキしながら、


「どうかしましたか?」


と聞くと、更科さんは、


「湯気、立ってるなって思って。」


と答えた。私は、お湯が(めずら)しいわけでも無いだろうに、どうしたのだろうと思いながら、


「そうですね。」


と同意すると、更科さんは、後ろから両手で私の(ほほ)(はさ)んできた。

 思わず、


「ひゃひっ!」


と、変な声が()れる。嬉しさと恥ずかしさで、顔が紅潮(こうちょう)を帯びていくのを感じる。

 私は、落ち着いた素振りで、


「佳織の手は、温かいですね。」


と何とか言葉にすると、隣の佳央様から、


「自分達の部屋に戻ってからにして。」


と言われてしまった。

 更科さんが、


「うん・・・。」


と少し不満げに手を離す。佳央様から、


「すすぎ。」


と怒られて、私のすすぎの手が止まっていた事に気がついた。

 私は、


「そうでした。」


(あやま)り、急いですすぎを済ませた。



 とっくにいつもの夕飯の時間は過ぎているため、このまま座敷に移動する。

 座敷に入ると、既に、古川様が座布団に座って待っていた。

 下女の人が、


「すぐに温めて(まい)りますので、少々お待ち下さい。」


と伝え、佳央様が、


「頼むわ。」


と返すと、下女の人が座敷を後にした。


 先程から気になっていたので、私は、


「ひょっとして、古川様や佳織は、私達を待っていてくれたのですか?」


と質問すると、古川様は、


「先に食べるわけにも・・・いかないから・・・ね?」


と答えた。更科さんも、


「私もよ。」


と笑った後、


「連絡もなかったし。」


と付け加える。


──『連絡』!


 私はすぐに謝ろうとしたのだが、佳央様が先に、


「悪かったわね。

 忘れてたわ。」


と謝った。私と同じく、佳央様も失敗したと思ったようだ。

 私も、


「気が付かず、申し訳ありません」


と少し頭を下げると、古川様から、


「軽々しく、・・・頭は下げないで・・・ね?」


と怒られた。私は、繰り返し同じ指摘を受けているので、またやってしまったと思いながら、


「解ってはいるのですが、つい・・・。」


と頭を()くと、佳央様から、


「その(くせ)も。」


と指摘した。私は、


「その癖と言いますと?」


と聞き返すと、佳央様は、


「頭を掻く癖よ。

 みっともないから。」


と答えた。私は、


「頭を掻く癖がですか?」


ともう一度聞き返すと、佳央様は、


「例えばだけど。

 赤竜帝が頭を掻いて謝ったら、威厳(いげん)も何もないと思わない?」


と聞いてきた。私はその様子を思い浮かべ、思わず笑いながら、


「ありませんね。」


と同意すると、佳央様は、


「和人も、そういう立場らしいから。」


と指摘した。私には、表向きはともかく、内々では竜の巫女様と同格という話がある。

 だが、伝聞型で言っているという事は、佳央様に実感はないに違いない。

 そして、私も(いま)だに実感がなかったので、


「そうらしいですね。

 気をつけます。」


と謝ったのだが、古川様から、


「『らしい』じゃなくて・・・そうなの・・・よ?」


と指摘された。私は、


「分かりました。

 気をつけます。」


と答えると、古川様は、


「早く、・・・()れて・・・ね。」


と、少し溜息(ためいき)混じりに言われてしまったのだった。


 作中の「王都切子(きりこ)という透明で足のついた湯呑みのような物」は、江戸切子のグラスのようなものを想定しています。

 この江戸切子ですが、江戸末期に江戸で生産され始めたカットガラスとなります。

 この江戸切子、初期の頃は透明なガラスに(やすり)等で削って木の棒等で磨き上げて作っていたそうですが、薩摩(さつま)から透明のガラスに色ガラスの層を追加する技術(色被(いろき)せ)が伝わったそうで、そこから発展して、現在のような透き通る赤や青等の薄い色ガラスに、繊細な細工を加えて透き通らせた綺麗なカットガラスへと工夫されていったのだそうです。


・江戸切子

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%88%87%E5%AD%90&oldid=94048132

・金剛砂

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%87%91%E5%89%9B%E7%A0%82&oldid=77582042

・薩摩切子

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%96%A9%E6%91%A9%E5%88%87%E5%AD%90&oldid=94376489

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