我慢(がまん)
稲荷神社に続く階段脇の藪に身を潜め、狐の面の人が登ってくるのを待つ。
周囲は暗闇。スキルで温度を確認し、人が登ってきていないか確認する。
隣りにいる佳央様が小声で、
「あまり頭出すと、バレるわよ?」
と言ってきた。
私は、
「すみません。」
と謝り、
「気配が判らないので、何とか探せないかとつい・・・。」
と言い訳をすると、佳央様は、
「それは、判るけど。」
と理解を示した。そして、
「階段なんだから、登ってきたら音で判るんじゃない?」
と指摘する。私は、
「相手は、気配を消しているのです。
音を出すようなへまをするとは思えないのですが・・・。」
と反論すると、佳央様は、
「まぁ、そうね。」
と素直に認めた。そして、
「でも、気配がわからないんじゃねぇ・・・。」
と困った様子。佳央様は、
「一先ず、気配だけ消してて。
近くに来たら、私が合図するから。」
と指示をした。私も仕方がないので、
「分かりました。」
と了承し、気配を消して待つ事にした。
暫くして、佳央様が小声で、
「階段に差し掛かったみたい。」
と報告する。私も小声で、
「では、早速行きましょうか。」
と言ったのだが、佳央様から、
「駄目よ。
火付けする寸前じゃないと駄目って言われたでしょ?」
と嗜められ、そして、
「後、気配。」
と注意も受けた。私は、
「すみません。」
と謝り、気配を消す事に専念したのだが、佳央様から、
「まだ、大きい。
逸り過ぎよ。」
と言われてしまった。
──火付けされたら終わりなのに、何を呑気に!
私はそう思ったが、大月様から決め手がないと捕まえてはいけないと言われている。
私は、
「分かりました。」
と答えたのだが、佳央様は、私の表情を読み取ってか、
「不満なのは解るけど、勇み足になったらどうするの?」
と宥めるように言ってきた。私は、
「分っています。」
ともう一度言うと、佳央様は、
「なら、気配をどうにかして。」
と指摘した。私は、しまったと思い、
「すみません。
気をつけます。」
と謝り、なるべく気配を小さくしたのだった。
面の人が眼の前を通過し、階段を登っていく。
私達は、バレないように息を潜める。
面の人が、階段の上に差し掛かる。
私達は、気が付かれないように細心の注意を払い、藪の中を移動する。
面の人が、神社の鳥居を潜る。
私達は、こそこそと後を追い、階段の最上段から視線が見えるギリギリまで頭を出して、これを見守る。
面の人が、狛犬の横を抜ける。
私達は、抜き足差し脚で鳥居の影に移動し、観察する。
面の人が、手を洗う所で手を清め、口を漱ぐ。
私達は、這うようにして狛犬の影に移動し、
面の人が、中門の前に到着する。
私達は、サササッと手を洗う所の影に身を潜め、火を付ける準備をしていないか注視する。
一応、手も洗い、口も漱ぐ。
面の人が、中門を潜り、中に入る。
私達は、待ち伏せされていないか気配を感じ取りながら、門の所まで一気に移動する。
恐る恐る門の内側を確認すると、面の人は社に到着していた。
本当はもう少し近づきたいが、ここから先には遮るものがない。
仕方なく、ここから観察していたのだが、その人は普通にお参りしているように見えた。
そして、別の門に向けて歩き始める。
どうやら、火付けは思い留まってくれたようだ。
私は小声で佳央様に、
「どうやら、諦めてくれたみたいですね。」
と言うと、佳央様は、
「どうかしら。
まだ、追うわよ。」
と言った。佳央様は、どうやらまだ火付けの可能性があると思っているようだ。
私は、
「考え過ぎではありませんか?」
と伝えたが、佳央様は、
「だと、良いけど。」
と疑い深い。私は遣り過ぎではないかとも思ったが、まさかがあるかもしれないと思い直し、
「分かりました。
念の為、追いますか。」
と伝えた。
面の人が別の門から出たのを見計らい、音に注意しながらそこに向かって歩き始める。
本来は参拝したいところだが、そんな時間はない。
無作法と知りつつも、歩きながら本殿に向かって軽く手を合わせる。
すると、私の頬の辺りを、ヌラっと何かが通る気配がして、
<<良いから、急げよ。>>
と見知らぬ声が聞こえた気がした。私は、何事かと思い周囲を見たが、佳央様と私の他に誰もいない。
私は、姿が見えてはいなくとも、誰かが念話で伝えてくれたのだろうと思い、
「分かりました。」
とお礼の気持ちを込めて呟いた。
門まで辿り着き、外の様子を窺う。
先程の人が、階段を降りているのが見える。
佳央様が小声で、
「変ね。」
と言ってきた。私は、
「何がですか?」
と聞くと、佳央様は、
「先に門を出たんだから、もっと下まで降りてる筈じゃない?」
と答えた。周囲を確認する。
ふと、温度が高いところがある事に気がついた。
私は慌てて、佳央様の肩を叩き、小声で、
「あれっ!」
と声を掛けると、佳央様も気がついたらしく、
「行くわよ。」
と言って急ぎ足でそちらに向かう。
近づくと、塀の木で出来た部分の足元に薪が置かれ、そこに火が付けられているのが見えて来た。
私は、
「あそこです!」
と伝えると、佳央様は、
「分ってるわよ!」
と大慌てで近づき、魔法で水を出し始めた。
私は水を出せないので、
「頑張って下さい!」
と応援すると、佳央様は、
「分ってるわよ!」
と返事をしながら、水を出す。
なんとか小火で収まり、私は、
「大火にならなくて良かったです。」
と安心したのだが、佳央様から、
「それより、火付け犯!」
と言われ、はっとする。
小火は消し止めたものの、火付けの犯人を捕まえていない。
私は、
「そうでした!」
と膝を叩くと、佳央様から、
「念話して伝えるわ。」
と大月様に伝える様子。私は、
「宜しくお願いします。」
とお願いしたのだった。
今回も江戸ネタを仕込みそこねたのですが、何もないのが続くのもアレなので説明を少しだけ。
作中の「手を洗う所」は、神社の手水舎の事です。(逆に解り辛くなったような。。。)
手水舎は、参道の脇にある概ね石かコンクリート製の水を貯める物が置いてある所で、参拝者が柄杓で水を掬い、手を洗ったり口を漱いだりしてお清めをします。
尚、口を漱ぐ時は柄杓に直接 口をつけるのではなく、手にとった水で漱ぐのが仕来りのようです。(いつ頃出来た仕来りかは不明ですが)
不衛生でもありますので、気をつけましょう。(^^;)
・手水
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