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出てきたのは

 荒屋(あばらや)の外から、


「昼が出来たぞ。」


と野太い男の人の声がする。

 私は、


「いよいよですね。」


と笑顔で言うと、蒼竜様から、


「よほど、腹が減っていたのだな。」


と言われてしまった。私は、


「朝、(かゆ)だけでしたので。」


と言うと、高梨様が小さく、


「あぁ・・・。」


と残念そうな声を上げた。

 私は、


「何かあったのですか?」


と聞くと、高梨様は、


「あはは・・・。」


と笑うばかり。どうしたのだろうと思っていると、茶碗(ちゃわん)を6つ(ぼん)に乗せた男の人が入ってきた。

 その男の人が、


「そこに置けばよいか?」


と板間の土間に近い所を指差すと、高梨様は、


「そうしとくれ。」


と指示をして、そこまで取りに行った。そして、


「先ずは、1つ目だ。

 少し、柔らかめだからね。」


と断りを入れながら、全員に配っていく。

 高梨様は、蒼竜様と佳央様には、


「はいよ。」


と言いながら渡したのだが、渡しには、


「済まないね。」


とバツが悪そうに渡してきた。


 茶碗の中は、・・・粥だ。


 私は、


「はぁ・・・。」


と肩を落とした。


 取り敢えず、一口食べてみる。

 特に美味しいわけでもない。

 それを佳央様が、


「普通ね。」


と指摘した所、高梨様は、


「味を目的としないからね。」


と断言した。佳央様が、


「で、どうして粥なの?」


と質問すると、高梨様は、


「まだ、量が採れないからね。」


と答えた。確かに、少量だけ炊くと言うのは、結構難しい。

 佳央様が、


「それで、これが今年出来た米?」


と質問する。私は当然そうだろうと思っていたのだが、そういえば、はっきりと聞いていない。

 高梨様は、


「そうだよ。

 言ってなかったかい?」


と不思議そうに聞いてきた。佳央様が、


「聞いていないわね。」


と眉根を寄せ、花巻様も、


「うむ。」


と同意した。

 蒼竜様が、


「花巻。

 そこで返事が出来るようでは、集中できていないのであろう。

 こっちに来て、飯にしてはどうだ?」


と昼食に誘う。花巻様はちらりと高梨様を見て、


「そうだな。」


と同意した。集中出来ない原因は、高梨様の説明の不味さにも原因があるのだろう。


 頃合いを見計らってか、先程粥を運んできた男の竜人が、水の入った湯飲みを運んでくる。

 そして、私達に渡してきた。

 私はその水を一口飲み、


「これは(ほの)かに甘味もあって、美味しい水ですね。」

 

と感想を言うと、男の竜人は、


「そうであろう。

 そうであろう。

 これは、万年清水という歴代の赤竜帝が絶賛してきた名水だ。

 有り難く飲むが良いぞ。」


と満面の笑み。蒼竜様が、


「万年清水か。

 あそこの()(みず)は、()むために行列が出来るだろう。

 大丈夫だったか?」


と確認する。すると男の竜人は、


「うむ。

 このために、夜中に汲みに行ったのだ。」


とにんまりと笑った。蒼竜様が、


「花巻の指示か?」


と首を傾げると、男の竜人は、


「知ってるだろう。

 花巻様は、そういうのには(うと)いからな。」


と否定した。

 花巻様は、あまり味が判らないという事なのだろうか?

 そんな事を考えていると、花巻様は、


「食えれば、水など大した差でもあるまい。」


と苦笑いした。

 高梨様が楽しそうに笑いながら、


「花巻様は、作物の研究以外はからっきしだからね。」


と追い打ちをかける。

 花巻様は、


「今は、美味い米よりも、強い米が肝要(かんよう)

 が、水の違いも判るなら、美味い米を作る時は、踊りのも呼ぶとするか。」


とこちらに話を振ってきた。

 新しい作物の味を試せるというのには(こころ)()かれるが、大月様からの作法の勉強や神社の行事もある。

 私は、


「私も、新しい作物の味には興味があります。

 ですが、私にも、色々と用事がありまして・・・。」


と断りを入れた上で、


「ですので、お誘いいただいて、丁度時間が合うようでしたら、その時だけという事で良いでしょうか?」


とお願いすると、花巻様は、


「味なんて、しょっちゅう確認する物ではないし、急ぐものでもない。

 こちらはいくらでも時間を合せられるゆえ、踊りのの来られる日を言えば良いからな。」


外堀(そとぼり)()めるような発言をした。私は、


「分かりました。

 でしたら、その時はお呼び下さい。

 こちらも、なるべく都合を付けますから。」


と了承した。



 次の粥が出てくる。

 先程のは白い粥だったが、今度は小豆を入れたような赤だ。

 私が、


「これは?」


と聞くと、花巻様が、


「これは、赤米(あかまい)というものだ。

 土地が()せておっても育ち、害虫などに強いのだが、風に倒れ易くてな。

 何とかならぬかと、やっておるところだ。」


と答えた。

 私は、


「寒さに強い米だけやっているのではないのですね。」


と言うと、花巻様は、


「うむ。

 先程も話したが、水が十分であれば、従来は植えられぬような土地でも、稲作が出来るからな。」


と答えた。村で、米の育ちが悪い地域を思い出す。

 私は、


「そうなのですね。

 ですが、風に倒れやすい程度なら、もう植えたいという人も多いのではありませんか?」


と言うと、花巻様は、


「うむ。

 実際に育てている土地もある。

 が、収量が少なくてな。

 同じ村でも、普通の米が育てられるのであれば、そちらを植えているようだ。」


と説明した。私は、


「それは、少しでも沢山収穫した方が良いですからね。」


と頷きながら言うと、花巻様も、


「その通り。

 年貢もあるのだからな。」


と同意した。

 蒼竜様が、


「それで、改善の目処はあるのか?」


と確認すると、花巻様は、


「こればかりは、運任(うんまか)せだからな。」


と目処は立っていない模様。蒼竜様は、


「そうか。

 来年こそ、上手く行くと良いな。」


と言うと、花巻様も、


「うむ。」


と同意したのだった。


 本日も短めです。(^^;)


 お話の中で「万年清水」という名水が出てきますが、江戸時代の頃も名水と言われるものがありました。

 例えば『新編鎌倉志』という水戸黄門の指示で編纂(へんさん)されたという本には、『鎌倉五名水』と言われる名水が5箇所、紹介されているのだそうです。

 なお、湧き水は汲んだ直後は飲用水に適していても、時間が経つと雑菌などが増えて飲用不可になるので、日を置かず使うようにしましょう。


 もう一つ、赤米は茶色っぽい色のついた米で、厳密には不明だそうですが、所謂(いわゆる)古代米と言われるものとなります。

 飛鳥時代頃には栽培されていた日本型と室町の頃に入ってきた大唐米(だいとうまい)と言われるインド型があるそうですが、このインド型は、作中のように痩せた土地でも育ち病害虫にも強かったそうで、江戸時代に湿地帯や新田で沢山作られていたようです。ただ、背が高くなるので風には弱く、白米が取って代わられる事はなかった模様。

 なお、作中の赤米はインド型を想定しています。


・鎌倉五名水

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%8E%8C%E5%80%89%E4%BA%94%E5%90%8D%E6%B0%B4&oldid=83568122

・湧水

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B9%A7%E6%B0%B4&oldid=93890875

・赤米

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%B5%A4%E7%B1%B3&oldid=93131029

・わが国における赤米栽培の歴史と最近の研究情勢

 https://doi.org/10.1626/jcs.73.137

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