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或(ある)いは数年先だろう

 蒼竜様と玄関先で合流した佳央様と私は、作物の研究をしている所に向かって歩いていた。


 私が期待しながら、


「今日は、どのような作物を見せていただけるのでしょうかね。」


と質問すると、蒼竜様は、


「今は、寒さに強い作物を作っているそうだ。」


と答えた。私は、


「寒さに強いと言うと、やはり、大根や人参でしょうか。

 ですが、大根は大きくなると葉が固くなりますし、人参も独特の味でいまいちなんですよね。

 ひょっとして、食べやすくする研究でもしているのですか?」


と聞くと、蒼竜様は困った顔をしながら、


「寒さというのは、冬とも限るまい。

 まぁ、着いてのお楽しみだ。」


と今は教えてくれない様子。私は、どうせ1刻(2時間)もしないうちにわかるのだと思い、


「分かりました。

 楽しみにしています。」


(うなづ)いた。



 緑色の東門に着き、門番と話を始める。

 私が、


「いつも、お世話になっております。

 本日も、よろしくお願いします。」


と言って門から外に出る手続きをしようとしたのだが、門番さんが、


「ん?

 踊りの。

 今日は、里の外に出る届けが出ていないようだが・・・。」


と言ってきた。私は、てっきり誰かがやってくれているものと思い込んでいたので、


「そうなので?」


と首を(ひね)り、


「佳央様。

 届けは出しましたか?」


と確認してみた。すると佳央様は、


「そう言えば、出さないといけなかったわね。」


と忘れていた様子。他力本願だったと、少し反省する。

 私は、


「蒼竜様の顔で、なんとかなりませんか?」


と聞いてみたが、門番さんは困った表情で、


「いや、いや。

 そのような訳には・・・。」


と苦笑い。だが、蒼竜様は、


「たまには、このような事もあろう。」


と苦笑いすると、暫く目を(つむ)った。念話するのだろう。

 そして目を開けると、


不知火(しらぬい)は少し怒っておったが、通れる事となった。

 これから、門番に連絡するそうだ。」


とまた苦笑いした。どうやら、不知火様に念話して、許可をとってくれたようだ。

 すぐに門番さんが、


(しば)し待て。」


と言って目を瞑る。少しして、門番さんは目を開けると、


「普通、このような事はないのだから、必ず申請するように。」


と小言を言いつつも、門を通る手続きをしてくれた。

 私は、


「申し訳ありません。

 ご対応、ありがとうございました。」


とお礼を伝え、蒼竜様にも、


「お手間を取らせました。」


(あやま)った。蒼竜様は、


「なに。」


と軽く答えた。あまり気にした様子ではなかったので、私は少し笑ったのだが、それを見てか蒼竜様は、やや(きび)しい目つきで、


「次がなければ、問題ない。」


と付け加えた。思わず、恐縮(きょうしゅく)する。



 暫く歩くと、竹の棒が組み合わさった垣根が見えてくる。

 垣根の中には、広目の庭というか広場と、少々古い荒屋(あばらや)が立っていた。

 他に家もないので、私は、


「ここですか?」


と聞くと、蒼竜様は、


「うむ。」


と頷いた。どんな物を育てているのか、期待に胸が膨らむ。

 その荒屋の近くに行くと、その近くで茣蓙(ござ)に土を広げ、それをいじる竜人がいる。ただ、竜人にしては背丈が低く、少し()せ型のように見える。

 彼が、蒼竜様が紹介してくれる人なのだろうか?

 一先ず、私は、


「寒いのに、(せい)が出ますね。」


と声を掛けた。すると、その竜人がこちらを見て、小声で、


「おう。」


と一言。こう言っては何だが、あまり覇気(はき)を感じない。

 寝不足からか、目が(くぼ)んでいるので、(なお)の事、そう見える。

 私は、


「大丈夫ですか?」


と声を掛けると、荒屋の中から、


「そいつは、そういう奴だ!

 気にするなっ!」


と元気な女性の声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、荒屋から少々恰幅(かっぷく)の良い女性が出てきた。

 私は、誰だろうと思いながら、


「そうなので?」


と質問をしたのだが、恰幅の良い女性は、


「それは後だ。」


と話を打ち切り、


「蒼竜様だね。

 お待ちしてたよ!」


と中途半端な敬語で、蒼竜様に挨拶(あいさつ)をした。蒼竜様は、


「うむ。

 こちらの山上を紹介しにな。」


と返すと、恰幅の良い女性は、


「あぁ、踊りのってのは、あんたの事かい。」


と私に問いかけた。私は、


「まぁ、そうです。

 が、『山上』でお願いします。」


と呼び名を訂正(ていせい)した。だが、恰幅の良い女性は、


(あたし)は、高梨(たかなし) (うめ)で、こっちのひょろいのが、大柴(おおしば) 小左衛門(こざえもん)だ。」


と私の呼び名には触れず、二人の名前を教えた。そして、


「奥に、花巻(はなまき)様もいるから、先ずは()がっとください。」


と案内を始める。この女性は、高梨様と言うらしい。

 蒼竜様は、


「うむ。」


と返事をすると、私達にも、


「では、参るか。」


と言って、高梨様の案内で歩き始めた。



 三人、荒屋に上がる。

 荒屋の中は、土間と板間で構成されているようだ。

 土間には、いくつもの十数段に積み上がった高さの低い木箱(きばこ)が置かれている。箱の中には、土が入れてあるようだ。

 壁には、いくつか(くわ)(すき)が立て掛けてあり、壁際には(ふるい)(ざる)などが、(まと)めて置いてある。

 あっちにあるのは、千歯扱(せんばこ)きか。

 いろいろな農具を手で触ってみたくなったが、ぐっと我慢(がまん)する。


 ()がり(かまち)に腰を下ろし、蒼竜様に(おけ)に水を出してもらい、すすぎをして板間に上がる。

 中央には火のついた囲炉裏があり、その上には自在鉤(じざいかぎ)が取り付けてある。そこに鍋が吊るされており、お湯を沸かそうとしている様子。

 その囲炉裏の周りには、(わら)()んだ円座(えんざ)が5つ置いてあった。

 部屋の奥には机が置いてあり、そこにで何やら書物(かきもの)をしている人が居る。

 痩せ型だが背筋(せすじ)がピンと伸びており、着物の上からでも筋肉質な様子が見てとれる。


 高梨様が、


「花巻様!

 蒼竜様と、そのお連れの人達が来たよ!」


と声を掛けると、書物をしている人が手を()め、こちらに顔を向けた。そして、


「うむ。」


と頷く。この人物が、花巻様なのだろう。

 その花巻様が、


「よく来たな。

 蒼竜。」


と挨拶をする。呼び捨てなので、二人はそれなりに仲が良いようだ。

 蒼竜様も、


「前は延期して、済まなかったな。」


と挨拶を返す。花巻様は、


「なに。

 そんな事は、仕事でしょっちゅうだ。

 何を今更。」


と良い笑顔。蒼竜様も社交辞令で謝っていただけの様で、


「まぁ、そうなのだがな。」


と悪いと思っていない事を隠す素振(そぶ)りもない。

 花巻様は、


「今、丁度(ちょうど)、筆がのった所でな。

 済まないが、高梨。

 相手をしてくれないか?」


と依頼すると、高梨様は、


「分かったよ。」


と了承し、私達に、


「先ずは、そこに座りな。」


と円座を指差した。

 4人、円座に座る。

 私は、先程から気になっていたので、


「花巻様は、今、何を書かれているのですか?」


と質問すると、高梨様は、


「あぁ。

 あれは、農法を伝える本を書いているんだよ。」


と答えてくれた。私は興味深く感じたので、


「農法ですか。

 例えば、どのような事を書いているのですか?」


と質問すると、高梨様は、


「そうだね・・・。」


と少し考え、


「例えば、どの月にどの(たね)()くべきかとか、この土には、どんな作物が合うだとかかねぇ。

 分かるかい?」


手短(てみじか)に説明してくれた。私は、


「それは、どういった役に立つので?」


と聞くと、高梨様は、


「そうさねぇ。

 藩主や庄屋とかが新しい作物を育てたいと思った時、参考にするんじゃないかい?」


とあまり解っていない様子。が、一呼吸おいて、


「そうだ。

 農村の寺子屋では、農業往来(のうぎょうおうらい)って本で勉強してるんだけどね。

 その偉い人版ってところさ。」


と説明した。私は、


「そういった本でしたか。」


と返事はしたものの、解ったような解らないような、微妙な感じだ。

 だが、蒼竜様は、


「まぁ、あながち外れた説明でもあるまい。」


肯定(こうてい)し、


「今度、見せてもらったらどうだ?」


と提案した。奥から花巻様が、


「まだ、書きかけだ。

 書き終わったらな。」


と待ったがかかる。私は軽い気持ちで、


「後、どのくらいで書き終わるのですか?」


と聞くと、花巻様は、


「まだ、来年か、再来年か、・・・(ある)いは数年先だろう。」


と本人も解っていない様子。蒼竜様が、


「いや。

 お前、何度か書き上げたが、気に入らずに書き直してるそうじゃないか。

 一先ず、前に書いた物を渡したらどうだ?」


と提案すると、花巻様は、


「勘弁してくれ。

 (まれ)に、いい加減な記載が混ざっている事があるからな。」


と苦笑い。蒼竜様は、


「そんな事を言っているから、いつまでも終わらないのだ。

 ちゃんと、区切りはつけろよ?」


と笑うと、花巻様は、


「解ってはいるんだがな。」


とまた苦笑い。

 私は、これはいつまで待っても書き上がる事はないかもしれないなと思ったのだった。


 本日もまた、用語の説明だけ。


 作中、「竹の棒が組み合わさった垣根」が出てきますが、こちらは()()(がき)を想定しています。

 この四つ目垣というのは、竹の棒を立てた後、横に竹の棒を(わた)して(しば)って作った垣根となります。(縦の竹の棒は、横に渡した棒を挟み込むようにジグザグに立っています。)


 また、円座(えんざ)というのは、(わら)(すげ)などで編まれた円形の座るための敷物(しきもの)となります。


 後、農法を伝える本(農書)を書いているという話がありますが、日本では、「清良記(せいりょうき)」という軍記物語の一部(親民鑑月集しんみんかんげつしゅう)がそうだとされているそうです。

 この本は、成立時期が室町から江戸期のどの時期かは不明な上、架空と思われる登場人物が出たりなど、数々の問題点が指摘されている本ではあるのですが、五穀の品種や土の話などの記載があり、昔の農業について知る農書とされているのだそうです。


・垣根

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%9E%A3%E6%A0%B9&oldid=92880798

・座布団

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BA%A7%E5%B8%83%E5%9B%A3&oldid=93508088

・農書 

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%BE%B2%E6%9B%B8&oldid=92601107

・清良記

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B8%85%E8%89%AF%E8%A8%98&oldid=93284346

・親民鑑月集

 https://dl.ndl.go.jp/pid/2536403/1/1

・往来物

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%BE%80%E6%9D%A5%E7%89%A9&oldid=82411850

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