これなら読めそう
白装束が乾き、一旦、お勝手から更科さんと自分の部屋に戻る。
更科さんと、昨日の晩、どうやって帰ったのか聞くと、
「自分の足で歩いてたわよ?」
とのこと。だが、私には全く記憶がない。
その事に関して色々話していると、朝食の時間となった。
更科さんと二人、座敷に移動する。
座敷に入ると、既に佳央様が一人で待っていた。
私は、
「おはようございます。
佳央様。」
と挨拶をし、更科さんも、
「佳央ちゃん、おはよう。」
とこれに続く。佳央様も、
「おはよう。」
と挨拶を返した。
部屋の中が寒いので、何か暖まる物はないかと、部屋の中を周りを見回す。
いつものように火鉢が置いてあったので、私と更科さんの座布団の間に移動させる。
二人で火鉢に向かい合い、指先を温める。
私が、
「あまり、暖かくありませんね。」
と愚痴を言うと、更科さんも、
「流石に、この寒さじゃね。」
と苦笑いする。私が、
「こういう時は、温かいごはんとお味噌汁に限りますよね。」
と言うと、丁度座敷に入ってきた古川様から、
「私達は、・・・お粥・・・よ?」
と横槍を入れてきた。
更科さんが、
「ご免ね?」
と謝る。更科さんは、普通の朝食を摂るのだろう。
私は、
「いえ。
佳織が悪い訳ではありませんので。」
と伝え、
「変な仕来りが悪いのですから。」
と付け加えた。古川様が、
「変な仕来りとは、・・・聞きずれならないわ・・・よ?」
と注意する。私は、
「すみません。
少し、大袈裟でした。」
と謝ると、古川様は、
「一応、・・・故事とか・・・意味があるから・・・ね?」
と軽く説教をする。私が、
「確か、何かをして食事も与えられずに幽閉された人を神様が哀れんで、器に粥を出して食べるように言ったのが始まりでしたっけ?」
と前に聞いた話をすると、古川様は以外そうな顔で、
「確か、・・・そう。
山上、・・・よく知ってたわ・・・ね。」
と褒めてくれた。私が、
「以前、清川様が話してくれましたので。」
と話の出所を伝えると、古川様は少し考え、
「祈祷したお札を、・・・届けた時・・・ね。」
と思い出した様子。私は、
「はい。」
と同意したのだが、その日の事を思い出し、
「その節は、沓擦れを治療していただき、大変お世話になりました。」
と、お礼を伝えると、古川様も、
「いいの・・・よ。」
と優しく笑い返してくれた。
古川様が、
「そういえば・・・。」
と言いながら、懐から紙を取り出し、
「これ。
今日の・・・祝詞・・・よ。」
と私にその紙を渡してきた。
なんとなく、読めないだろうと思いながら紙に目を遣る。
文字数は少々多いが、ちゃんと、私が読める平仮名で書いてある。
私は、
「有難うございます。
これなら読めそうです。」
とお礼を言うと、古川様は、
「良かった・・・。
一応、・・・前回の祝詞で、・・・大丈夫だった仮名だけ・・・使ったの・・・よ。」
と笑顔で返してくれた。
私は、
「なるほど、そういう事でしたか。
ご配慮、有難うございます。」
と、もう一度お礼を言った。
下女の人が、
「失礼します。」
と言いながら膳を持って座敷に入ってくる。
私の膳の上には、勿論、粥だけだ。
今回の儀式には参加しない佳央様と更科さんのお膳には、他に梅干しと沢庵の小皿が付いている。二人がこれだけなのは、私達に遠慮してに違いない。
下女の人が、
「あまり、座敷で使うのは宜しくありませんが・・・、」
と断りを入れ、
「七輪をお持ちしました。」
と言って、陶器の中に丸い炭が入った火鉢のような物を持ってきた。
下女の人が、火鉢を七輪という物に置き換える。
こちらの方が、暖かいようだ。
私は、
「有難うございます。」
とお礼を伝えたのだが、更科さんは他の事が木になている様子。
私は、
「佳織、どうかしましたか?」
と聞くと、更科さんは、
「これ、お魚とか焼く奴よね。」
と指摘した。すると、下女の人は、
「はい。
火が強いので、何でも美味しく焼けます。」
と肯定した。佳央様が、
「そうなのね。
でも、ちょっと煙が出てるわよ?。」
と眉根を寄せて指摘した。
私は、取り上げられてしまうかもしれないと思い、
「せめて、食べ終わるまで片付けるのは待ってくれませんか?」
とお願いすると、佳央様は、
「仕方ないわね。
今日だけよ。」
と返事をし、
「掛け軸とか、傷むから。」
と、そう言った理由を説明した。
私は、
「確かに、煤けそうですね。
申し訳ありません。
急いで食べます。」
と謝ると、更科さんも、
「私も、急ぐわね。」
と言って、二人で急いで朝食を食べたのだった。
食後、佳央様が、
「今日は、午後からも出掛けるのよね?」
と確認したてきたので、私は、
「はい。」
と同意した。そして、
「蒼竜様と二人で、作物を研究している、花・・・、」
と説明しようとしたのだが、紹介してもらう相手の名前が出てこない。私は、
「話を聞きに行ってきます。
実家の役に立つかもしれませんので。」
と同じ音を使う言葉を使って誤魔化した。
佳央様から、
「親孝行よね。」
と一言。私は、
「はい。
『孝行のしたい時分に親はなし』と言いますので。」
と返したのだが、佳央様の、少なくとも父親は亡くなっている。
私は、悪い事を言ったと思い、
「すみません。
少し、配慮が足りませんでした。」
と謝ると、佳央様は、
「別に良いわよ。」
と軽い感じで謝罪を受け入れた。
だが、少し重い雰囲気になる。
古川様が、
「そう言えば、・・・そろそろ・・・かな。
準備して・・・ね。」
と言ってきた。私は、話を続けずに済むと思い、少しホッとしながら、
「分かりました。」
と答えると、更科さんも、
「着替えるんだったら、手伝うわよ?」
と言ってくれた。私は、
「有難うございます。
助かります。」
とお礼を言って、二人で着替えるため、座敷を後にした。
部屋に移動した後、私は、
「いつもありがとうございます。」
とお礼を言うと、更科さんは、
「うん。」
と返事をしながら私の帯を解き、着物を脱がせていく。
更科さんは、更科さんが衣紋掛けから着物を持ってきながら、
「はい。」
と声を掛けたので、私は、
「お願いします。」
と右手を水平に上げた。
そこに、更科さんが着物の袖を通し、後ろからぐるっと回って、
「次。」
と指示を出す。今度は左手を上げながら、更科さんと息を合わせて袖を潜らせる。
正面に回った更科さんが、前身頃を整え、帯を付ける。
次に、片足ずつ袴に足を通す。
そうやって、紺の着物と浅葱色の袴に着替えていく。
着替えが終わると、更科さんは、
「うん。
いいわよ。」
と笑顔を向けた。私も、
「ありがとうございます。」
と笑顔で返した。
一旦座敷に戻り、祝詞の練習を始める。
何度か練習したところで、古川様から、
「今日は、・・・少し頑張って・・・る?」
と聞いてきた。私は、なんとなく稲荷神からの伝言という話は伏せつつ、
「昨晩、白狐から、将来私が取り仕切る事になるので、きちんと覚えるようにと言われまして。
なんでも、信心を集めるのに役立つのだそうです。」
と答えると、古川様は、
「それで・・・。」
と納得した様子。古川様は、
「なら・・・今度、・・・本、・・・持って来るわ・・・ね。」
と付け加える。少し、余計な事を言ってしまったようだ。
私は、
「分かりました。
私に読めるかどうかは分かりませんが、努力します。」
と返すと、古川様は、
「・・・頑張って・・・ね。」
と察した様子。私は、
「佳織、読むのを手伝ってくれますか?」
とお願いすると、更科さんは、
「勿論よ。」
と笑顔で返したのだった。
作中、七輪が出てきますが、こちらは珪藻土等で作った炭を燃やす持ち運びに便利なコンロのようなものとなります。
江戸時代の頃にもあったのですが、現在とは違い、粘土や陶磁器の七輪もあったのだそうです。
燃料には木炭も使うのですが、庶民は、(移動中などで炭が擦れ合って意図せず出来た)木炭の粉末を固めた炭団を使っていたとの事。少ない資源を上手に利用していた様子が窺えます。
因みに、七輪の語源の一つに、煮炊きするのに燃料代が七厘だからという説があるのだそうです。なお、この「七厘」という金額は、当時の具体的な金額とかではなく、かなり安価で煮炊きが出来る事を例えて言ったものと思われます。(^^)
・七輪
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・炭団
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・厘
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