今夜もまた
古い居酒屋での、赤竜帝との飲み会が続く。
衝立の向こうでは、相変わらず別の客が騒いでいる。
蒼竜様の話が一息ついた所で、店の大将が小鉢を持ってきた。
その中を見た蒼竜様が、
「鶫鱁鮧か。」
と笑うと、赤竜帝が、
「うむ。
冬の酒の肴は、これに限る。」
と笑顔になる。この辺りでは、一般的な食べ物なのだろう。
私が、
「すみません。
私は、初めて見るのですが・・・。」
と、『つぐみうるか』がどういう物なのか尋ねると、蒼竜様は、
「確かに、そうやもしれぬ。
この辺りの、特産品だからな。」
と言った。私は、
「なるほど、道理で知らないわけです。」
と返し、更科さんに、
「佳織は、食べた事はありましたか?」
と聞くと、更科さんは、
「多分、私も初めてよ。」
と答えた。私は、
「多分ですか。」
と繰り返すと、更科さんは、
「ええ。」
と返した。そして、更科さんは話を続けようとそたのだが、衝立の向こうから、
「大将!
こっちも、その鱁鮧を頼む!」
と聞こえてくる。店の大将は、
「おう。」
と注文を受けると、店の奥に戻って行った。
私が、
「何故、多分なのですか?」
ともう一度聞くと、更科さんは、
「鱁鮧は食べたことがあるのよ。
でも、鶫鱁鮧じゃなかった筈なの。」
と答えた。私は、
「それは・・・。」
と首を捻ると、更科さんは、
「鶫は鳥でしょ?
でも、私が食べたのは、鮎だった筈なの。
だから、別のものかなって。」
と説明した。すると横から大月様が、
「うむ。
恐らく、別の物であろう。」
と肯定する。私が、
「どういった理由で?」
と聞くと、大月様は、
「うむ。
単に鱁鮧と言う場合は、大体、鮎鱁鮧なのだ。
ゆえに、小生が考えるに、奥方殿のが食べた鱁鮧は、鶫鱁鮧とは別の物と考えるが自然なのだ。」
と説明した。更科さんが、
「やっぱり、そうなのね。」
と返事をすると、蒼竜様は、
「山上は、どちらも食べた事が無いようだからな。
大将に、鮎鱁鮧も持ってくるよう、頼むとしよう。」
と言ってくれた。私は、
「宜しくお願いします。」
とお礼を言うと、赤竜帝も、
「折角だ。
皆で食べ比べるとするか。」
と言って、全員で食べる事になったのだった。
大月様が、
「申し訳ありません。
古川様。」
と声を掛けると、古川様は、
「なんじゃ?」
と答えた。口調から、巫女様は、まだ古川様への憑依を継続中のようだ。
大月様は、
「はい。
以前、お伺いした日程の件について、お尋ねいたしたく。」
と質問した。
古川様は、
「そうじゃな・・・。」
と少し間を置き、
「来週まで待て。」
と答えた。
大月様は、
「有難うございます。
分かりました。」
と返事をした。どうやら、私は今週、作法の勉強はしなくても良いようだ。
私は小さく喜んだのだが、それを見た大月様から、
「山上。
作法はきちんと学ばねば、将来困るのだからな。」
と言われてしまった。私は、
「勿論、私もそのように心得ております。」
と同意したものの、大月様は、
「そうか。
ならば、本を貸すとしよう。
明日にでも届けるゆえ、しっかり読むのだぞ。」
と言ってきた。どうやら、墓穴を掘ったようだ。
だが、『心得ている』と言ったのを撤回するわけにも行かないので、私は、
「分かりました。
宜しくお願いします。」
と返事をした。だが、貸してもらったとしても、私が読める本とは限らない。
私が不安を感じていると、更科さんが小声で、
「手伝うわね。」
と言ってくれた。私は嬉しくて、
「有難うございます。
本当に、助かります。」
とお礼を言った。
大月様が、
「古川様。
もし、ご存知でしたらで良いのですが・・・。」
と前置きし、
「今後、狐講はどのように動くのでしょうか?」
と次の話題を話し始めた。
古川様が、
「先ほど、話したじゃろうが。」
と訝しげな視線を送ると、大月様は、
「はい。
稲荷神社に襲撃をかけようとしているのは、聞きました。
ですが、先見をする者まで擁するのであれば、場当たり的に動くだけとも思えません。
何か、碌でもない志があるのではないかと思いまして。」
と確認した理由を話す。
佳央様が、
「稲荷神社を乗っ取るとか?」
と口を挟む。私、
「乗っ取ると言いますと?」
と意図を聞くと、佳央様は、
「だって、巫女になれる人がいるんでしょう?
他に神職とかもいたら、乗っ取れると思わない?」
と聞き返してきた。古川様が、
「小さな神社であれば、十分にやっていけるじゃろうな。」
と少し笑う。
大月様はその表情を見てか、
「狐講に、そこまで大きな力はないという事ですね。」
と指摘すると、古川様は、
「うむ。
今の所はの。」
と答えた。佳央様が、
「今の所?」
と引っかかる。が、古川様は、
「うむ。
じゃが、ここから先は言うべきではないじゃろう。」
と話してくれない様子。私が、
「良くない方向に進みかねないという事でしょうか?」
と質問すると、古川様は、
「うむ。
目先の事を上手く処理していこうとも、それで全てが上手く行くとは限らぬという事じゃ。」
と答えた。佳央様が、
「付火は止めるのね。」
と言うと、古川様は、
「うむ。
あれは、小事とは言えぬからの。」
と少し真剣な顔になる。そして、
「大月とやら。
そちが上手くやらねば、最悪、里の2、3割が燃えるのじゃ。
気張るのじゃぞ。」
と見込みを説明した。2〜3割というのは、いくらなんでも穏やかではない。
赤竜帝もそう考えたのだろう。
「蒼竜も、見回りに加われ。」
と指示をしたのだが、古川様は慌てて、
「口が滑らせてしもうた。
今のはなしじゃ。」
と赤竜帝の方を見た。赤竜帝が、
「小火で済まぬのだろう?」
と改めて確認すると、古川様は、
「それはそうなのじゃがな。
向こうは対策すればするほど、上手く行くから警戒を強めたと考えるようなのじゃ。
多勢に無勢という言葉もあるじゃろう?」
と説明した。蒼竜様が、
「拙者が加わると、逆に被害が大きくなるという事でしょうか?」
と尋ねると、古川様は、
「うむ。
大月とやらが1人で動くよりも、結果は悪くなると見た。」
と答えた。これだけ聞くと、蒼竜様が足を引っ張る無能なように聞こえるが、そうではない。
狐講が、蒼竜様の能力を上回るだけの人を割くからという理由のようだ。
これを聞いた赤竜帝は、
「なるほど。
では、蒼竜は加わらずともよい。」
と取り下げた。それどころか、
「くれぐれも、この件には携わるなよ。」
と釘を差したのだった。
作中の「鶫鱁鮧」というのは、鶫という鳥の内臓と身の塩辛です。
鶫は冬に日本に渡ってくる冬鳥で、日本の全国で見られるそうですが、保護鳥のため現在は食べることは出来ません。
後、単に鱁鮧と言う場合は、鮎の内蔵で作る鱁鮧を指すようで、今でも珍味として瓶詰めが販売されているようです。
・うるか
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・ツグミ
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・禁鳥
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・鳥獣の捕獲規制について
https://www.wbsj.org/activity/conservation/law/law-summary/choju/choju-restriction/
※ 日本では野鳥捕獲は原則禁止で、狩猟により捕獲できる鳥は真鴨や雀、椋鳥等の28種となり、その他の鳥は全て許可が必要なのだそうです。




