隣の客が
古い店の中、私達は軽い飲み会を行っていた。
参加者は、赤竜帝、古川様、蒼竜様、大月様、佳央様、更科さんと私の7人だ。
店の戸が開き、他の客が入ってくる。
その客が、
「大将、来たぞ!」
と大きな声で伝える。
すると、店の大将が奥から声だけで、
「おう。
影康か。
手前の所に上がれ!」
と場所を指定した。客の方も心得たもので、
「分った。
桶を借りるぞ!」
と断り、戸を閉める音がした。
大将は、
「どうせ、4人だろ。
いつもので良いか?」
と声を掛けると、客の一人が、
「ああ。
4人だ。
それで頼む!」
と返事をした。恐らく、常連なのだろう。
その4人がすすぎを終え、衝立の向こうの席に座る。
少しして、店の大将がやって来た。
手には、何か赤い大根のような野菜の漬物を持っている。
大将は、
「これな。」
と言いながら、それを赤竜帝の膳の上に無造作に置いた。そして、先程入ってきた客に向け、
「こっちにも客がいるんだ。
四股を踏んだり、騒ぐんじゃないぞ!」
と注意する。隣の客は、
「暁次か。」
と言うと、別の客が、
「芳彰も踏んでただろうが。」
と大笑い。店の大将は、
「そうやって、大声で騒ぐなと言っているんだ。
注意したからな!」
と言い残し、また店の奥に戻っていった。
赤竜帝が、
「やはり、居酒屋はこうでなくてはな。」
と笑うと、蒼竜様が、
「いえ、雅弘様。
騒々しくて、落ち着いて飲めません。」
と苦笑い。だが、赤竜帝は、
「そうか?
通夜みたいな所で飲むよりは、余程良いと思うがな。」
と極端な例を出す。蒼竜様は、
「確かに、そうですが・・・。」
と困り顔だ。
暫くして、店の大将が徳利と大皿を持って、
「酒と肴だ。」
と言いながら隣の客に運ぶ。
膳に乗る大きさではないので、直接、畳の上に置くのだろう。
古川様が、
「こちらは、田楽だけか?」
とぼやく。喋り方から、どうやら巫女様が古川様に憑依したようだ。
私は、
「何かありましたか?」
と確認すると、古川様は、
「うむ。
先見で狐講が動くと出たから、伝えておこうと思うての。」
と答えた。赤竜帝が、
「狐講が動く?」
とこちらに鋭い視線を向けてくる。
古川様は、
「うむ。
どうも、山上が谷竜稲荷の神主程度というのが、気に食わぬようじゃ。」
と眉根を寄せた。
赤竜帝は、
「社格の話か。」
と指摘すると、古川様も、
「うむ。」
と頷き、
「支社も持たぬ神社じゃからな。」
と付け加えた。私は、
「何が問題なので?」
と確認した所、古川様は、
「稲荷の連中は、山上には小さな社を与えたのみ。
じゃが、狐講は山上が稲荷神を下ろす程の力を示したと考えておる。
つまり、力に対してあまりに社の格が低過ぎると言っておるのじゃ。
解るか?」
と説明した。私が蒼竜様の方を見ると、蒼竜様は、
「そうだな・・・。
藩主になれるだけの力があるにも拘らず、庄屋を務めさせようとしていると言った所か。」
と補足する。私はどう解釈すれば良いか困り、
「庄屋の身分すら、私には分不相応に感じるのですが・・・。」
と返すと、古川様は、
「中身はそうじゃの。」
と肯定したが、
「じゃが、身分だけ見れば、妾と同格じゃ。」
と言ってきた。私は、
「確かに、そのように聞いてはおりますが・・。」
と視線を外す。
赤竜帝は、
「山上は、この気質だ。
稲荷神社も、徐々に身分を上げ、自覚を持たせようとしているという事か。」
と納得したが、古川様は、
「半分はそうじゃろうな。
じゃが、残りの半分は既得権益を手放したくないのじゃろう。」
と指摘した。蒼竜様が、
「既得権益。
だから、狐講が動き、是正しようとしているのか。」
と苦笑いすると、古川様は、
「うむ。」
と頷いたのだが、
「だが、その手段が悪い。
神社に付火をするのが見えた。」
と眉を顰めた。私が、
「それはいつで?」
と確認すると、古川様は、
「数日内。
深夜か早朝じゃろう。」
と曖昧な様子。蒼竜様が、
「数日内ですか。
もう少し、詳しく見えませんか?」
と深刻そうに聞くと、古川様は、
「狐講にも、少しだけ先見が出来る者がおる。」
と見えない理由だけ説明した。だが、
「じゃが、そのお陰で立ち振舞によっては、何も起きぬようにも出来るじゃろう。」
と最善の場合も付け加えた。私は、
「仮に見張りを立てて、何も起きなかったとすると、その見張りをした者にはどのように説明するので?
仕事をした実感がないと思うのですが・・・。」
とふと思った事を聞くと、大月様が、
「確かにな。」
と笑う。すると赤竜帝は、
「ならば、大月。
お前が見張ったら良いだろう。
事情は聞いての通り。
明日の昼から、稲荷神社を見回るように。
良いな。」
と命令した。大月様は、
「分かり申した。」
と頭を下げ、
「それで、期限は如何程でしょうか?」
と確認する。赤竜帝は、
「数日というのであれば、10日でどうだ?」
と答えると、大月様は、
「御意のままに。」
と頭を下げた。
古川様は、
「では、仕事の話はこれまでじゃ。
これ以上は、酒が不味くなるからな。」
と苦笑いし、大月様を手招きして、
「ほれっ。
近う寄れ。
注いでやろうぞ。」
と銚子を持つ。
大月様は、
「頂戴いたします。」
と言いながら、盃を手に古川様に近づいていった。
隣の席が盛り上がる。
その内の一人が、衝立から頭を出し、
「騒がしくて、すみませんねぇ。」
と謝り始めた。大月様が、
「これっ!」
と注意をするが、もう一人が頭を出し、
「いや、本当に面目ない。」
と謝り、先に頭を出した方の肩に手を掛け、
「ほらっ。
芳彰、座れ。」
と命令する。その芳彰様という人が、
「いやすまぬ。」
と片手で謝りながら一旦座った。
これで静かになるかとも思ったのだが、今度は別の竜人だろう。
何やら、歌い出した。
それに合せ手拍子が始まり、
「不肖、井伊芳彰、ひと舞いお披露目申す。」
と言うと、衝立の向こうで踊り始めた模様。茶碗が鳴り始める。
別の一人が、
「芳彰、足元!」
と注意する。転んだ音がし、全員で大笑いした。だが、一人だけ我に返ったか、
「こらっ。
定春も、暁次も調子づくだろうがっ!
それと、お前等!
もう少しは、隣に気を使え!」
と叱り始めた。だが、どの竜人かは判らないが、
「酒の席は、無礼講。
無礼講。
無礼講だからな?
だが、赤竜帝でも連れてきたら、考えるぞ。
なぁ?
こ・こ・にっ!」
と畳を叩き始めた。
将に酔っ払い。
衝立の隣に本人がいるのだが、気づく素振りもない。
その赤竜帝が、
「愉快な連中だな。」
と満面の笑み。蒼竜様や大月様は、苦笑い。
そこに店の大将がやって来て、
「隣が済まないな。」
と笑いながら次の品を運んできた。
赤竜帝が、
「いや。
別に構わん。」
と返事をする。店の大将は、
「なら、良いが、あまりうるさかったらガツンと言えよ?」
と言いながら、各々の膳の上に小鉢を置いていった。
小鉢には、豆にしてはやけに細長い物の煮付けが入っている。
そう思ったのだが、蒼竜様が、
「はちのこか。」
と言った。私は聞いた事がなかったので、更科さんに小声で
「はちのこが何か知っていますか?」
と聞いてみたのだが、更科さんも、
「さぁ。
何かしら。
・・・虫の幼虫だとは思うけど。」
と知らない様子。よく見ると、頭が付いている。
赤竜帝が、
「これは、酒の肴としては、評価が分かれるところだな。」
と言うと、店の大将は、
「甘いからな。」
と同意。古川様が、
「美味いではないか。」
と肯定したので、私も一つ食べてみた。
どちらかと言えば、甘味の類だろうか。
嫌いではないが、合わせる酒は選んだほうが良さそうだ。
更科さんが、
「和人、どう?」
と聞いてきたので、私は素直に、
「甘塩っぱくて、美味しいですよ。
もう少し、風味の強い酒でも良いかもしれません。」
と伝えると、更科さんは、
「そうなのね。」
と言いうと、一つだけ口に入れた。そして、
「うん。
お茶請けにも良いかも。」
と感想を行った。私もその通りだと思ったので、
「はい。」
と頷いた。
店の大将は、私達には不評だったと見てか、
「次、持ってくるか・・・。」
と言いながら、下がっていった。
作中、「何か赤い大根のような野菜の漬物」が出てきますが、こちらは「あば漬け」という漬物を想定しています。
「あば漬け」は、山形で江戸時代の頃から山形は庄内地方で栽培されている藤沢蕪という赤蕪を使った味噌漬けです。一度途絶えたのだそうですが、現在は復活プロジェクトが進行中なのだそうです。
後、「はちのこ」はご存知の方も多いと思いますが、蜂の幼虫です。
今回は、酒、味醂、醤油、蜂蜜で煮ている想定です。
おっさん、昔、青春18きっぷを使って長野に行った時に買った覚えがあります。(^^)
・温海かぶ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%B8%A9%E6%B5%B7%E3%81%8B%E3%81%B6&oldid=86797937
・No.054 〜藤沢カブ〜
http://www.creative-tsuruoka.jp/project/people/No54.html
↑育てるのにかなり手間がかかるらしい
・vol.006 【平成27年11月始動】あば漬け復活プロジェクト
http://www.creative-tsuruoka.jp/project/woman-reporter/vol006.html
・はちのこ
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%AE%E3%81%93&oldid=92846344




