何か話があったのではなかったのか
赤竜帝との飲み会に先に着いた大月様、佳央様、更科さんと私は、大将に勧められ、蒼竜様からも許可を貰ったので、先に盃で1杯やっていた。
暫くして、店の戸が開く。
私の席から、直接入口を見る事は出来ないが、気配から古川様がやってきたようだ。
私は振り返って膝立ちになり、衝立から頭を出すと、古川様がキョロキョロしていた。
私は手を上げ、少し大き目の声で、
「古川様、こちらです。」
と呼ぶと、古川様は、恥ずかしそうに袖で顔を隠しながら、こちらにやってきた。
そして、
「山上。
恥ずかしいから・・・ね?」
と諭すようにやんわりと叱られた。
私は、
「すみません。
今度からは、もう少し小さな声で呼びます。」
と言ったのだが、古川様から、
「気配で判るから。」
と断られてしまった。古川様は引っ込み思案な所があるので、そうして欲しいのだろう。
私は、
「分かりました。
すみません。」
と謝った。
古川様が、更科さんの隣りに座る。
更科さんが、
「古川様も、先にいただきますか?」
と聞くと、古川様はこちらを白い目で見て、
「いえ。」
と断った。蒼竜様に確認して問題ないと言われて飲み始めたが、私も本来は待つべきだのだろう。
私は、そう反省しながら、
「分かりました。」
と苦笑いした。
今、盃に入っている酒を飲み干したら、古川様に合せて赤竜帝が来るまでは飲まない事にする。
店の大将がやってきて、
「こついは、広重の希望だ。
本来は、屋台料理なんてやらねぇんだが、今日は特別だからな。」
と言って、膳の上に皿を置いていく。茶色く染みた卵に大根、蒟蒻と、後は、良く判らない白い三角の物が入っている。
「おでんか。」
と一言。私が、
「それでしたら、赤竜帝が来てから出して頂いたほうが・・・。」
と言いかけたのだが、大将はせっかちらしく、私の話を遮って、
「やかましい!
出したら、大人しく食え!」
と叱られてしまった。
私は勢いに負け、
「申し訳ありません。」
と謝った。
一先ず、大根を箸で四半分に切り、その一つをフーフーと息を吹きかけて冷ましながらいただく。
暫くして、赤竜帝と蒼竜様がやってくる。
赤竜帝は、
「飲んでるか?」
と聞いてきたので、私は、
「はい。
申し訳ありませんが、先に頂いています。」
と答えた。赤竜帝が眉間に皺を寄せ、
「口に合わなかったか?」
と聞いてくる。私は、
「いえ。」
と否定し、
「どうしてですか?」
と確認すると、赤竜帝は、
「いや。
皿のが減っていなかったからな。」
とそう考えた理由を説明した。私は、
「皆が食べ辛いと思いまして、一口づつはいただきましたが、後は赤竜帝が来たら一緒にいただこうと思いまして。」
と答えると、赤竜帝は、
「気を遣わせたか。
まぁ、こういう場は先に食べていても良いからな。」
と苦笑いされた。古川様が盃に酒を注ぎ始める。
大月様が、
「ささっ。」
と言って、席に座るように促した。赤竜帝は、
「ああ。」
と答え、すすぎをして上座に座った。
店の大将が銚子を片手にやってきて、
「おう、来たか。
広重、久しぶりだな。」
と挨拶をし、赤竜帝も、
「大将か。」
と挨拶を返す。赤竜帝の本名は「赤竜 広重」だが、名前で呼んでいるという事は、大将とはかなり親しいようだ。
その大将が、
「たまには顔を見せろよ?」
と気軽に声を掛けると、赤竜帝も、
「無理を言うな。
知ってるだろう。」
と笑顔で遣り取りをする。大将は、
「まぁなぁ。」
とこちらも笑うが、苦笑い。赤竜帝になる前は、頻繁にこの店に来ていたのかもしれない。
大将は蒼竜様を見て、
「それと、雅弘も、久しぶりだな。」
と声を掛けると、蒼竜様は、
「ご無沙汰だったな。」
と返事をする。大将は、
「お前は、そこまで出世していないんだ。
もっと、来れるんじゃないか?」
と指摘すると、蒼竜様は、
「最近は里にいるが、基本は外の見回りだからな。
来られんのだ。」
と苦笑い。大将は、
「そうか。」
と返した後、私達の方を見て、
「で、こいつらは?」
と質問した。私は、
「山上と申します。」
と挨拶をすると、大月様が、
「『踊りの』って聞いた事ないか?」
と笑いながら付け加えた。私は、
「それは、言わなくても良いでしょう。」
と抗議したのだが、店の大将は、
「踊りのか。
それなら聞いた事があるぞ。
力試しで単に地竜を倒すだけではつまらぬからか、強敵に見立てて踊りながら倒して見せたのだったな。」
と私の事を知っていた模様。だがあの時、私は踊っていたわけではない。
単に、へっぴり腰だっただけだ。
とは言え、私はそうと言い出し難く、
「確かに、私は踊りのと呼ばれてはいます。
ですが、あまりその通り名は好きではありませんので、勘弁して下さい。」
とお願いだけした。すると、大将は少し笑いながら、
「そうか。
まぁ、やったはいいものの、周りから囃し立てられて、消え入りたくなる事もあるか。」
と納得し、
「通り名なんて、どうせ次々に変わって行くもんだ。
気にするな。」
と慰められた。私は取り敢えず、
「すみません。
なるべく、そうします。」
と適当にあしらった。
暫く飲んだ後、赤竜帝が、
「それで、山上。
飯に誘うという事は、何か話があったからなのではないか?」
と聞いてきた。
私は何の事だろうと思いながら、
「話ですか?」
と首を捻り、隣りに座る更科さんに、小声で、
「何か、ありましたかね。」
と聞いてみた。だが、更科さんも、
「さぁ。」
と知らない模様。佳央様が、
「和人。
お昼前、どういうつもりで誘ったの?」
と聞いてきた。私は、
「お昼前ですか?」
と首を捻った所で、昼飯が出ないか確認しただけだった事を思い出した。
私は、
「いえ、丁度時間でしたので。
特に、他意はありません。」
と誤魔化したのだが、赤竜帝は、
「些細な事でも良いぞ?」
と何故か食い下がってきた。だが、特に赤竜帝に相談したい事はない。
私は、
「いえ。
特には。」
と返したのだが、赤竜帝は、
「それにしては、深刻そうな顔つきだったように感じたが・・・。」
と更に突っ込んできた。私は正直に、
「そんなに、深刻そうに見えましたか?
単に、昼飯が出ない事を確認したかっただけなのですが・・・。」
と言うと、赤竜帝はキョトンとした顔をして、
「そうであったか。
ならば良いが。」
と笑った。
おでんをつまみに、酒を飲む。
蒼竜様が、
「大将。
今日は、漬物は何がある?」
と奥に向かって声を掛ける。
すると、大将が奥から小皿を持ってきて、
「一先ず、これでも食っとけ。」
と言って蒼竜様の膳の上に置いた。
小皿には、沢庵が乗っている。
何があるかと聞いただけで沢庵が出てきたという事は、他に漬物はないのだろう。
私はそう思ったのだが、赤竜帝が、
「沢庵か。
他に何かないか?」
と尋ねると、店の大将は、
「蕪もあるが、そっちにするか?」
と言い出した。思わず、首を捻る。
赤竜帝が、
「では、それをもらうか。」
と返事をすると、店の大将は、
「よし。」
と言って、奥に下がっていった。
私は、
「他にあるのに、何故、沢庵が出てきたのでしょうか?」
と聞くと、蒼竜様は、
「単に、目の前にあったのであろう。
大将は、そういう所があるからな。」
とひと笑い。
私は、気まぐれな店だなと思ったのだった。
作中、おでんが出てきますが、こちらは皆様もご存知の通り、いろいろな具を出汁で煮る料理となります。「ぽつぽつと雨が」の後書きにちょこっと出てきましたが、田楽の女房詞のおでんが一般に広まったものとなります。
田楽には「焼き田楽」と「煮込み田楽」がありますが、元々は焼き田楽が主流で、味噌田楽の方がおでんと呼ばれていた模様。これが、江戸時代の頃に今のように「煮込み田楽」の方が主流となり、こちらがおでんと呼ばれるようになったのだそうです。
それと、作中の「白い三角の物」は「はんぺん」を想定しています。
白身魚を塩、卵白、砂糖、味醂、山芋などを順に加えては練っていき、最後に茹でて作るのだそうです。
材料に白身を使うため、漂白しなくても白色になるのだとか。
なお、白身魚とは言っていますが、サメを使ったりもするようです。(^^;)
・おでん
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%81%8A%E3%81%A7%E3%82%93&oldid=93816955
・味噌田楽
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%91%B3%E5%99%8C%E7%94%B0%E6%A5%BD&oldid=92398963
・女房言葉
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A5%B3%E6%88%BF%E8%A8%80%E8%91%89&oldid=86160596
・職人盡繪詞. 第1軸
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11536004/7
↑右側の四文屋さんという屋台がおでんを売っている
・半片
https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%8D%8A%E7%89%87&oldid=89707385




