表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/680

次兄と話した

 刑の言い渡しが終わった後、私達は、ひとまず更科家に戻ることにした。

 更科屋への帰り道、まだ昼前なのでこれからもっと気温は上がるだろうが、昨日よりも涼しく感じられた。恐らく、昨晩まで雨が降ったおかげなのだろう。


 更科家に着いた後、更科さんと私は冒険者組合であった件を簡単に報告した。

 そして今度こそ、竜の里に暫く出かける挨拶(あいさつ)をするため、私の実家に出発した。

 今回、私の実家に行くのは、佳央様、更科さん、ムーちゃんと私の四人だ。

 ムーちゃんは気配を消している事が多いが、今日は私の頭の上に乗っている。


 まずは私の着替えを取りに、集荷場の上の私の部屋に向かう。

 大杉の門が見えてきた頃、佳央様が、


<<和人の家族も、複雑よね。>>


と言った。私は、


「次兄の事ですか?」


と聞くと、佳央様は(うなず)きながら、


<<ええ。

  あそこにいるわよ。>>


と指を刺した。

 見ると、門の(かたわ)らで、次兄が待っていた。

 私はどう声をかけたらいいか迷ったのだが、門に着くと先に更科さんが、


「待ってたの?」


と冷たく聞いた。次兄は、


「ああ。

 葛町まで、和人と一緒に行こうと思ってな。」


と返事をした後、


「佳織()が一緒とは思わなかったがな。」


と少しいたずらっぽく付け加えた。私は、


「私達も、これから集荷場で着替えを持ったら実家に行くつもりです。

 次兄も、一緒にどうですか?」


と誘った。すると、次兄はバツの悪そうな顔をして少しためらったが、


「そうするか。」


と言った。更科さんが、


「で、バツいくつなの?」


と聞いてきた。次兄は私から目を()らしながら、


「3つだ。」


と答えた。バツの数が多いということは、それだけ更科さんと()()()()()()という事だ。


 心がモヤっとする。


 更科さんが、


「そうなんだ。

 もっと沢山付けてもらったら良かったのに。」 


と冷淡に言った。次兄は、


「まだ期間は言われてないが、バツ1つ1年なら3年か。

 当分、顔を見ることはないだろう。

 せいせいするだろ?」


と聞いた。

 今までは、二人の関係について向き合ってこなかったし、向き合いたくもなかったので、実家でもどこでも、なるべく二人きりにさせないように気を付けていた。

 しかし、今回はある意味節目だ。そうも行かないように感じた。

 だからと言って、向き合う覚悟が出来たわけでもないので、この場から逃げ出したくて、


「二人で話したほうがいいなら、私は先に葛町に行きますよ。」


と言ってしまった。だが次兄は、


「いや、別に話すこともないからな。」


と返した。口実がないなら、逃げ出すことも出来ない。

 私は、わざとらしいとは思ったが、


「そういえば、次兄。

 大杉の街中でもこれだけ泥濘(ぬかる)んでいると、山道はもっと泥濘んでいそうですね。」


と話を変えた。

 次兄は、


「まぁ、そうだろうな。」


とだけ答えたが、それだけだった。


 沈黙が続く。


 私は何度か、次兄が更科さんにどんな事をしでかしたのか問いただそうとした。

 だが、まだ、私に向き合う覚悟はない。

 結局、質問できなかった。


 更科さんが、次兄の事は名前も分かりませんという事なのであればまだいい。

 しかし、更科さんの方も以前から次兄の事は知っていたように思う。それも、バツが3つもつくくらいだから、それだけ濃厚な出来事を何度も繰り返していたに違いない。

 そう考えると、また、モヤッとしてくる。

 

 更科さんが、


「突っ立っててもしょうがないし、ひとまず葛町に行こっか。」


と話しかけてきた。私は、


「そうですね。

 そうしましょう。」


と言って門番さんに挨拶をして葛町に向かって歩き始めた。

 私が次兄に声を掛けようとすると、更科さんが、


「そういえば、さっき野辺山さんが来てたけど、結局挨拶(あいさつ)しなかったね。」


と話を振ってきた。私はしまったと思いながら、


「処置室の件ですっかり忘れていました。

 これから戻って挨拶するのも変ですし、どうしましょう。」


とあたふたすると、次兄が、


「あぁ、偉い人にはちゃんと挨拶くらいしとかないといけないな。」


と返した。しかし更科さんはさらっと、


「向こうから挨拶するのが筋よ。」


と反論した。佳央様が、


<<そうね。

  でも、年上を敬うのも大切よ?>>


と反駁する。私は、


「確かに、佳央様の言うとおりですね。」


と言うと、更科さんが不機嫌になって、


「和人、どっちの味方?」


と聞いてきた。普段なら、このくらいで更科さんは機嫌が悪くなったりしない。

 やはり、次兄がそこにいるからなのだろうか。

 私は、


「すみません。

 更科さんが正しいけども、佳央様の意見も一理あるという意味です。」


と手で軽く(おが)みながら謝った。

 佳央様が察してくれたようで、


<<まぁ、和人は佳織の味方だしね。>>


と付け加えてくれた。竜の姿で表情は読めないが、なんとなく苦笑いしているような気がする。

 更科さんが、


「まぁ、いいわ。

 それで?」


と聞いてきた。私は、何を言えばいいのか分からずにオロオロすると、次兄が、


「こういう時は、尻に敷かれてますって事を言葉を変えて言うもんだ。」


と教えてくれた。しかし更科さんが、


「それじゃ、恐妻家じゃない。

 和人は堂々としていればいいわ。」


と言った。

 今日の更科さんは、どうも、いつもと勝手が違うように感じた。これだけだと断言できないが、なんとなく次兄が言ったことが答えではない気がする。

 私はわざと、


「そうですね。

 佳織も、私の味方ですし。」


と、わざと更科さんの言い回しを使って返した。

 すると更科さんは、


「それはそうよ。

 夫婦なんだし。」


と言った。ということは、さっき『それで?』と聞かれた時の回答は『夫婦なんだし』だったのだろう。だが、私には、どうしてこれが答えになるのか、理由が分からなかった。

 ひとまず、更科さんの頭を撫でて誤魔化しておく。

 すると更科さんは嬉しそうに笑って、頭を擦り付けてきた。

 佳央様が、


<<ふ〜ん。>>


と意味深に言ったのだが、私にはその意図はも分からなかった。

 次兄が、


「今は、二人で上手くやっているんだな。」


と言ってきた。

 私が、


「はい。

 私にはもったいない嫁ですから。」


惚気(のろ)けて答えると、更科さんも笑顔で、


(うらや)ましいなら、信・・・()()()も早く貰うといいですよ。」


と言った。私と知り合う前の更科さんは、次兄の事を名前で呼んでいたのだろうかと思うとモヤっとした。だが、それを聞きたくても、更科さんがいい笑顔で見てくるので、詮索(せんさく)出来なかった。

 代りに、私も、


「それがいいです。」


と言って話に乗っかり、実家での羽織と反物の件を思い出して、


「すこし、墨が入ってしまいましたが、反物を渡した人がいるでしょ?」


と聞いた。だが次兄は、


「反物?

 何のことだ?」


としらばっくれた。私は、


「ほら、羽織を着て行った時ですよ。」


と言ったのだが、次兄は、


「・・・あぁ、あれか!

 いや、反物は置いていったぞ?」


と言って反論した。私が、


「いえ、私が戻って箱を開けた時はありませんでしたよ?」


と聞くと、次兄は少し考え、


「・・・それじゃ、盗まれたのか?

 いくらの(もん)か分からんが、庄屋様だな。」


と言った。確かに、本当に反物が盗まれたのであれば、庄屋様に報告しないといけない。

 私は、


「間違いありませんか?」


と聞くと、次兄は、


「ああ。

 勿論(もちろん)だ。」


と答えた。

 次兄は、ちゃんと目を逸らさずに話している。この感じならば、次兄が盗んだと言う事はないだろう。

 私は、


「では、今日早速、庄屋様に報告ですね。

 でも、私から言うと、また話が大きくなりかねません。

 すみませんが、次兄の口から伝えてもらってもいいですか?」


と確認した。すると、次兄は真剣な面持(おもも)ちで、


「面倒だが、仕方ない。

 儂から父に言って、父から庄屋様に上げてもらうことにするからな。」


と答えた。私もその方が筋が通ると思ったので、


「それでお願いします。」


と言っておいた。


 その後もギスギスとした雰囲気はあったものの、ちょうど昼頃、なんとか葛町の集荷場に着くことが出来た。

 そういえば、ムーちゃんがいつの間にか頭の上からいなくなっている。

 体重があるはずなのに、いつ動いたのかすら、私には分からなかった。

 ただ、出発よりも少しだけ背負子が重い気がするので、移動先は荷物の上なのだろう。


 集荷場に入ると、田中先輩が報告書を書いていた。

 ムーちゃんは、田中先輩が怖いというわけでもないのだろうが、背負子から降りて更科さんの後ろに隠れた。

 私が、


「お疲れ様です、田中先輩。

 書類ですか。

 大変ですね。」


と声を掛けると、田中先輩は、


「お前も溜まっているからな?」


と言われてしまった。そう言えば、この前、湖月村に行ってからバタバタして報告書を出していない。

 私は、


「すみません。

 これから実家なので、帰ったらすぐに書きます。」


と言って頭を下げた。すると田中先輩は、


「一応、席を残すと言ってくれたんだから、ちゃんと書いて出す物は出してから竜の里に行けよ?」


と言った。

 次兄が、


「竜の里?」


と聞いてきた。

 そう言えば、次兄には話していなかったなと思い、


「来週からまた、竜の里に行くことになりまして。

 1年ほど行って作法の勉強してくる予定です。

 なので、私は次兄よりも長く留守にすることになります。」


と説明した。すると次兄は、


「竜人格だからか?」


と確認してきた。私が、


「はい。」


と答えると、次兄は、


「偉くなるのも、勉強しなけりゃいけないなら大変だな。」


と苦笑いをした。私が、


「次兄も上に行くなら、文字の読み書きは出来るようにならないと駄目ですよ。」


と言うと、次兄は、


「いや、バツが付いたんだ。

 そう簡単には上がれないだろ。」


と難しそうな表情で話した。私は、


「そうなのですか?」


と聞くと、田中先輩が、


「試験は高級からだろ?

 それにどのみち、そこまで実力が着くやつのほうが珍しい。

 まぁ、若いんだ。

 今は、先の心配なんかせずに、目先を追いかけてもいいんじゃないか?」


と言った。次兄は苦笑いして、


「そこの、偉いおっさんの言うとおりだな。」


と同意したのだが、田中先輩が、


「いや、俺は今は歩荷だから使用人の身分だが、冒険者の頃もポーターだからな?」


と苦笑いで返した。次兄は田中先輩に、


「どこの世界に、赤竜帝と懇意(こんい)に話すポーターがいるんですか。」


と呆れたように言ったので、私は、


「田中先輩はポーターではありますが、草子の主人公でもありますから。」


と冗談交じりに説明した。しかし次兄は、


「草子の?

 いや、普通、ポーターで主人公にはなれないだろ。

 それに、仮にそうだとしても、余程のことがない限り天辺(てっぺん)の人と話は出来ないだろう。」


と言った。私が、


「その『余程のこと』があったようですよ?」


と言うと、田中先輩に、


「お前、これから実家なら、荷物を取りに来ただけなんだろ?

 さっさと行け!」


と怒られてしまった。

 ここで奥から千代ばあさんが出てきて、


「ほら、三人分だよ。

 持っていきな!」


と言って弁当を持って集荷場に出てきた。普段、千代ばあさんは昼はいないはずだ。

 私は、


「今日は珍しいですね。」


と聞くと、千代ばあさんは、


「今のうちに弁当でもこさえてやろうと思ってねぇ。

 ほら、1年どっかに修行に行くんだろ?

 ばばあも老い先短いから、戻ってきた時に生きてるとも限らないしねぇ。」


と冗談まじりに言った。私は、


「そんな、縁起でもないことを言わないでくださいよ。」


と言うと、田中先輩も、


「いや、あれだけ動けるんだ。

 当分、死ぬ事はないと思うが。」


と苦笑いした。

 千代ばあさんは、


「まぁ、そうだといいがねぇ。」


と笑ってから、私に弁当を渡して奥に戻っていった。私は奥に向かって少し大きめの声で、


「それにしても、達者でいてください。」


と挨拶をすると、千代婆さんは、


「あいよ。」


と言って答えてくれた。

 その後、私は着替えを箱に詰めて背負子に積んでから、他の(みんな)と集荷場を出発した。


 実家のある平村に続く山道に入った頃、次兄が、


「そう言えば和人。

 さっき、儂よりも長く留守にすると言っていなかったか?」


と確認した。私は不思議に思いながら、


「はい。

 次兄はバツ3つなので9ヶ月ですよね?」


と返事をした。しかし次兄は、


「いや、まだ聞いてないぞ。

 おれは1年と踏んでいたんだが違うのか?

 というか、何で知っているんだ?」


と確認してきた。私は、


「一応、長谷川さんから聞きましたから。」


と返事をすると、佳央様が、


<<そう言えば、謹慎してから改めて連絡って言ってたわね。>>


と言った。私はまたしても余計なことを話してしまったと思い、


「次兄、今のは聞かなかったことにしておいて下さい。

 ひょっとしたら、気が変わってバツ1個につき1年になっているかも知れませんし。」


と言ってお願いをした。

 すると佳央様が、


<<和人は、人はいいんだけど、ちょくちょくこうやって(しゃべ)っちゃうのよね。>>


と指摘した。私も自覚しているところだったので、


「おっしゃるとおりでございます。」


と指摘を甘んじて受け入れた。がしかし、更科さんから、


「和人、人それぞれ持ち味だからね?」


と言われた。

 私は、更科さんの言葉の解釈が出来かねて、なんとなく微妙な気持ちになったのだった。

 まだまだ、山道は続く。

 実家に着くまでに、どういう意図で言ったのか確認しようと思いながら、歩みを勧めたのだった。


 途中、昔、更科さんと次兄が親しかったことを匂わせる箇所が出てきますが、ここは深堀りしません。

 この話で本章も終わりとなります。

 例によって、この後、本章で新たに登場した人物の紹介と、次の章に向けての閑話を一つ投稿しておきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ