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本部の人の受難?

 私達は、更科さんの件に関わった人達に刑を言い渡すと言うので、冒険者組合に呼ばれて来ていた。

 そして、蒼竜様の提案で先にどういった刑が言い渡される予定なのか、聞くことになった。

 長谷川さんは冒険者組合の本部から来ている人の控室で話すと言うので、私達は冒険者組合の入り口を入った所から会議室に移動していた。


 会議室に着くと、長谷川さんが扉を叩く。


「長谷川です。

 蒼竜様たちがいらっしゃいましたので、連れてまいりました。」


と声をかけた。中から、


「入れ。」


と声が聞こえた。更科さんがボソリ、


「内側から戸を開けないのね。」


とつぶやいた。全く意識していなかったが、言われてみれば長谷川さんは冒険者組合の入り口まで、出迎えに来てくれていたようだ。それに対して本部の人はと言うと、会議室の扉を開けもしない。冒険者組合の本部の人と言えども、蒼竜様たち竜人よりも身分が上ということはないのだから、本部の人はまだ、今の状況を飲み込めていないのかもしれない。

 長谷川さんはきっちりしている印象だが、それにしては珍しく、本部の人にどういった人が来るのか伝え忘れていたという事なのだろうか。少し、モヤっとする。

 長谷川さんが扉を開けると私達に、


「では、お入り下さい。」


と部屋に入るように(うなが)した。赤竜帝が、


「うむ。」


と言って先に入り、蒼竜様、佳央様が続く。

 更科さんが、


「和人、ほらっ。」


と言われ、長谷川さんよりも先に入るのかと思いながら私も部屋に入った。続いて、更科さん、岡本様、長谷川さんの順に部屋に入る。

 中では、長椅子に腰を下ろした、白髪で口髭(くちひげ)をはやした人がいた。

 口髭の人は、


「座ったままで失礼。

 (わし)は冒険者組合本部の事務局長をしておる、坂上(さかがみ) 半次郎(はんじろう)である。」


と自己紹介をした。すると赤竜帝が、


「ふむ。

 我は、赤竜(せきりゅう) 広重(ひろしげ)である。

 そこの見回りの上司をしておる。」


と蒼竜様をちらりと見ながら自己紹介をした。

 坂上さんは、


「見回りとその上司か。

 して、山上様はそちらか?」


と、やや小馬鹿にしたような言い方で私を(あご)で指した。

 『様』とは言っているが、なんとなく横柄な物言いで気分が悪い。

 私は、


「はい。

 私が山上 広人です。

 そしてこちらが、妻の佳織です。

 本日は、宜しくお願いします。」


と簡単に挨拶をした。坂上様は、


「これは丁寧な挨拶で。

 今日は、昔、奥方に悪さをした者を懲らしめるために刑を言いつけるのであったな。」


と言った。

 長谷川さんが、


「はい。

 これから説明致します。

 すみませんが、坂上様はそちらに席を移動願います。」


と言って、長椅子と机を挟んで向かいにある椅子の方に移動するように促した。

 口髭の人は坂上様というらしい。

 坂上様は小声で、


「どうせ、黙っておれば分からぬであろうに。」


と漏らしながら場所を移動した。


 長椅子は三人がけなので、赤竜帝、蒼竜様、私の順に腰を下ろし、佳央様は私の膝の上に、更科さんは長椅子の入口側に置いてあった椅子に座った。更にその隣には、岡本様が立っている。急に赤竜帝が来たので、椅子の数が合わなくなったのかも知れない。

 正面窓側の一人がけの椅子に坂上さん、もう一方の扉側の一人がけの椅子に長谷川さんが座り、それぞれ、その後ろには秘書さん達が控えている。


 長谷川さんが、


「では、これからどのような刑を言い渡すのか、説明いたします。

 問題があるようでしたら、お申し出下さい。」


と話を切り出した。赤竜帝が、


「うむ。

 経緯は岡本から概ね聞いたゆえ、そのまま話して良いぞ。」


と言った。

 長谷川さんは、


「はい。

 では、どのような刑かお話します。」


と言って咳払(せきばら)いをし、


「まず、身分についてですが、冒険者の格を一つ下げます。

 そして、見習いの場合は下げようがありませんから、一週間の謹慎処分とします。

 また、それとは別に、冒険者学校を卒業した者に与えられる『師』の資格を剥奪(はくだつ)いたします。

 後、在校生につきましては、そのまま学校に通う事も出来ますが、卒業しても師の資格は与えません。」


と説明した。蒼竜様は、


「む?

 何か、やけに軽くないか?」


と感じたことをそのまま話した。すると坂上さんが、


餓鬼(がき)のやったことだ。

 いちいち目くじら立てて、大人がやったように獄門やら追放にする事もあるまい。」


(あき)れたように言った。

 私は、次兄が去年だったかに既婚の女性を犯したら死刑と言っていたのを思い出し、興味本位で、


「坂上さん、普通はどの様になるのでしょうか?」


と質問した。すると、坂上さんは(いや)そうに、


「大人がやったのなら、そこの長谷川が最初に言ってきたことだが、大杉藩では主犯は獄門、それ以外は追放。

 ここで言う追放とは、大杉からの追放を指し、当然、身につけている物以外の身分や財産は全て没収となる。」


とやや棒読み気味に話した。これは素人の私が質問してくる事を想定して、事前に確認してくれたのかもしれない。岡本様が頷いているので、話してくれた内容も、恐らくは間違っていないのだろう。

 ただ、それだけだと何か誤魔化しているかも知れないと思ったので、念の為、私は蒼竜様にも、


「そう言うものなのですか?」


と確認した。すると、蒼竜様も、


「うむ。

 まぁ、主犯を獄門にするというのは、やり過ぎの感もあるが、他は妥当であろうな。

 あと、身分については、冒険者なら見習いに戻るのが一般的であろうか。

 ただ、実力は落とせぬゆえ、不正さえしておらねば、あっという間に戻るのだがな。」


と返してくれた。

 坂上さんが、


「山上様の兄も含まれております。

 まともに追放では、実家で会えなくなりますが宜しいか?」


と少し強めに言ってきた。

 恐らくだが、私のさっきの質問を『刑が軽すぎる』と捉え、先に釘を差してきたのだろう。しかし、更科さんが、


「自業自得だし、仕方ないわよね?」


と私に澄ました顔で言ってきた。

 やはりというか、かなり怒っているようである。

 更科さんは『もっと刑を重くしろ』と言えと、催促(さいそく)しているようだ。

 私が悩んでいると、坂上さんは(さと)すように、


「他の家族も同様です。

 ここは穏便に、追放とはせず、格下げだけで手を打つが宜しいかと。」


と言ってきた。私は自分での判断は無理だと思ったので、


「それでは、香織が納得できません。

 蒼竜様、なにか上手い落とし所はないでしょうか。」


と相談した。すると赤竜帝が、


「子供のしでかしたこととは言え、やって良い限度を超えておる。

 身分を一段下げた程度では、到底割に合うものでもなかろう。」


と蒼竜様に注文を付けた。蒼竜様は(しばら)く考え、赤竜帝に、


「では、入れ墨ではどうでしょうか。

 あれは前科者として、一生後ろ指をさされることになりますゆえ。」


と返した。更科さんも、


「まぁ、それなら。」


と納得した。しかし、坂上さんが、


「いや、それでは縁組の支障にもなるであろう。

 それは少し、やり過ぎではないか?」


と反論した。確かに、これで次兄が結婚できなくなったら困る。

 しかし赤竜帝は、


「縁組は関係なかろう。

 それに、例外を作るには法がいる。

 今はそういったものがないゆえ、全員追放であろうな。

 いつまでかは分からぬが。」


と言ってニヤリとした。蒼竜様は暫く考えると、赤竜帝の意図を察したようで、ぽんと手を打ち、


「ふむ。

 今回だけ大目に見るということで、期限を短くすればよいか。

 主犯は1年、他は1月(ひとつき)でどうでしょうか。」


と赤竜帝に正解か確認した。すると赤竜帝も、


「うむ。

 では、師の資格剥奪、追放と1段格下げで。」


と言った。だが、更科さんが、


「あと?」


と言って赤竜帝に笑顔を向けた。

 笑顔なのに・・・、明らかに笑っていない。

 赤竜帝は、


「あと、蒼竜が提案した入れ墨であったな。」


と折れたようだった。

 坂上さんは顔を赤らめて、


「先程から聞いていれば、何を勝手に決めておる!

 儂は本部の事務局長であるぞ。

 山上様ならともかく、風見鶏(かざみどり)風情が物を言える立場と思うてか!」


と怒鳴りつけ、私にも、


「山上様も、このような者の意見など耳を貸す必要はありません!

 お兄様の刑が重くなってもよいのですか!」


と叱りつけるように言ってきた。私が恐る恐る、


「こちらは、二人とも竜人にございます。

 その・・・、本部の方なら、当然蒼竜様の事は知っていると思っていたのですが・・・。

 あまり、そのような口はお聞きにならないほうが・・・。」


と言うと、坂上さんは驚いたように長谷川さんの方を見た。

 すると長谷川さんは、


「申し訳ありません。

 私も、坂上様はお役目柄、当然、ご存知かと。」


と済まなさそうな顔を()()()返事をした。

 これで、長谷川さんは坂上さんの弱みを握った形になる。

 坂上さんはブルブルと震えながら、


「長谷川、計りおったか!」


と怒ったのだが、長谷川さんは、


「いえ、そのようなつもりでは・・・。」


と眉を(ひそ)めた。そして、


「いずれにせよ、折衷案(せっちゅうあん)がまとまりました。

 出来れば厳格に対処したいところですが、竜人様のご意向です。

 これで刑の告知を致しましょう。」


と言った。

 私は、ここに来る前に長谷川さんが少しニヤリとしたのを思い出し、初めからこのつもりだったのかと思った。それにしても、長谷川様はここで握った弱みをどう使うつもりなのだろうか。


 佳央様が小声で、


<<ふ〜ん、やるじゃない。

  和人も少しは、こういう駆け引きを出来るようになりなさいよ。>>


と言った。小声とは言え、この場にいた全員が苦笑いをしているので、おそらく(みんな)に聞こえていたのだろう。

 だが、長谷川さんは気にすることもなく、


「では、これから広場の方に移動します。

 坂上様も、宣告をお願いします。」


と言って、私達を連れて広場に移動し始めたのだった。


 作中で、坂上さんが本来の刑を説明する時、『大杉藩では』と但書(ただしがき)を付けていました。

 これは、江戸時代、各藩で独自に自治をしていましたので、刑法も独自に作られた事に由来します。

 江戸幕府が作った刑法として公事方御定書もありましたが、適用範囲は幕府直轄領だったそうです。

 では諸藩ではどういった刑法だったかと言うと、公事方御定書の写しが各藩に流出した結果、どこの藩でも公事方御定書と似た法が作られていたのだとか。所謂(いわゆる)、デファクトスタンダードだったということですね。


・公事方御定書

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%AD%A6%E5%AE%B6%E8%AB%B8%E6%B3%95%E5%BA%A6&oldid=79881801

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