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草子は土産としてお手軽

 私は今、更科さんの実家の座敷で宴会に参加している。

 今日の宴会は、更科家が主役なのだが、昨夜、徹夜で奉行所の同心と(にら)み合っていたせいもあって、既に半分が脱落していた。

 お祖母様とお姉様は、


「後は男の方だけで。」


と言って自室に戻っていったが、この発言のせいでお兄様と弟君は下がる機会を逸してしまい、限界を迎えてそのまま畳の上で寝ていた。今、更科家で起きているのは、眠い目を閉じまいと頑張っているお父様と、昼寝をしたお祖父様と更科さんだけである。更科さんも女性なのだが、ここは気にしないことにする。

 一方、赤竜帝、蒼竜様、田中先輩は元気なものだ。

 今も、蒼竜様が竜の里で売られているという田中先輩を主人公にした冒険(たん)の草子の内容を掻い摘みながら話し始めるところだ。


 蒼竜様は、


「良かろう。

 だが、どのみち内容もうろ覚えだから、詳しくは話せぬ。」


と言うと、田中先輩は、


「十分だ。」


と言って同意した。

 蒼竜様は、


「ふむ。

 では。」


と言って話し始めた。


「まず、この話は田中が()()で幼少の頃、(ぞく)に押し入られて親兄弟を殺されるところから始まる。

 最初、同情を得るための常套手段(じょうとうしゅだん)で賊の残忍な手口も書かれておってな。

 ここは気分が悪くなるから飛ばすぞ。」


 流石に、出生がハプスニルとは書かれていなかったらしい。

 残忍な手口については、私は以前に聞いていたので、少し思い出して眉を(しか)めてしまったが、その話を聞いたことになかったお父様が、欠伸(あくび)を噛み殺しつつも、


「例えば、どのような手口だったのですか?」


と聞いた。私は、食事中はやめたほうが良いと思ったのだが、蒼竜様も同じだったようで、


「あまり、気も進まぬのだが・・・。」


と田中先輩の方をチラ見しながらやんわり断った。お父様の方も、お祖父様が首を振っているのを見て、


「分かりました。」


と言って諦めていた。

 蒼竜様は、


「ふむ。

 あれは、食事や婦女子の前ですべきではないゆえな。」


と嫌そうに言ってから、咳払(せきばら)いをし、


「では、続きを。

 その後、妹と二人で売り飛ばされてな。

 妹は郭に、田中は鉱山のような所で荷物運びをさせられていたらしい。」


と話した後、


「そうそう、生涯ポーターにされる奴隷魔法(どれいまほう)をかけられた後にな。」


と付け加えた。そして酒をチビリやり、


「だが、田中は主人が暗殺されたドサクサに紛れ逃亡。

 なんとか冒険者になったはいいが、ポーターゆえずっと荷物運びやら雑用やらをしておったらしい。

 が、ある日、女絡みで魔法が使えるとバレてな。」


と言うと、横から赤竜帝が、


「冒険者になってすぐは魔法が使えることを隠しておったのであったな。」


と補足説明を入れた。蒼竜様は、


「うむ。

 それで、田中の好みの女に片っ端から手を出していったゆえ、他の冒険者に袋にされたのだ。

 まぁ、女の好みのおかげで、それほど大事(おおごと)にはならなかったようだがな。」


と語った。

 そういえば、田中先輩は一般的に美人と言われる人よりも、年増で少しふくよか(?)な女性が好みだった筈だ。

 蒼竜様は、


「しかし、田中はそんな事にもめげずにポーターの仕事をしつつも、鉄狼やら白狼やら順調に実績だけは重ねていってな。

 黒竜の卵を盗んだのはいただけないが、その後、赤竜が暴れると言うので人の王が先々代の赤竜帝に討伐許可をもらって、最終的には、そこに付き添っていた田中がとどめを刺したという事があったのだ。」


と話した。お父様が、


「尻尾を切ったのではなく、殺したのですか?」


と聞いてきた。どうやらお父様は、田中先輩が『尻尾切り』と呼ばれていることを知っているらしい。

 蒼竜様が、


「うむ。

 そう呼ばれるのはその後だ。

 赤竜帝の代が変わると、実は討伐した赤竜が赤竜帝の親戚筋にあたってな。

 兵でもないポーターが討伐するのは認めていないと言い出して、田中の討伐命令を出したのだ。

 それで次から次へと命を狙って竜人が襲い来るわけだが、最初はきっちり殺していたらしい。

 だが、子供が(かえ)ったばかりの竜人が、

 『赤竜帝の命令でここまで来ましたが、尋常に勝負した所で、私では到底敵いません。

  私が死ねば、妻も子も路頭に迷うでしょう。

  だからと言って、何もせずおめおめと帰れば、赤竜帝の命に(そむ)いたことになります。

  ですので、私の尻尾を切り落としていただけないでしょうか。

  そうすれば、私の力は半減し、赤竜帝への言い訳にもなります。』

 と言い出してな。田中も鬼じゃない。

 『それで済むなら、こっちもありがたい。』

 と返事をして、尻尾だけ切り落としたそうだ。その竜人は、

 『これで私は、死闘の末、尻尾を切られたので泣く泣く帰ったと言い訳が出来ます。

  それに私が殺されれば、将来、我が子が敵討ちに行って返り討ちにあったかも知れません。

  見逃してもらい、ありがとうございました。』

 と言って泣きながら帰ったそうだ。

 それ以降は、血の気の多い竜人でも、尻尾さえ切り落とせば帰ることが分かっらゆえな。

 次々来る刺客(しかく)の尻尾を切り落としていったから、『尻尾切り』の異名(いみょう)がついたというわけだ。」


と説明した。田中先輩が、


「始めは命からがらだったから、あちこち点々として逃げ回っていてな。

 徐々に慣れてきて、尻尾だけ落とせるようにはなったが、やはり突然来られては騒動になっていられなくなる。

 結局、所在が分からぬように点々とするしか無くてな。

 その時、蒼龍とも知り合って一緒に旅をしたんだったな。」


と付け加えた。蒼竜様は、


「うむ。

 そうであったな。

 その部分も草子には書いておったはずだ。」


と話した。赤竜帝が、

 

「その後、穏健派ということで権勢を失っていた我等とも合流するわけだな。」


と言うと、蒼竜様は、


「うむ。

 当時の赤竜帝が戦争推進派で、今の赤竜帝は穏健派となる。

 あのまま行けば、他国への侵略を行っていたであろうな。

 そうならぬよう、拙者等(せっしゃら)三人で周辺の竜の里を周り、今の赤竜帝を倒すので静観してほしいという約定を取り付けてまわって、最終的には、先代の赤竜帝を討伐するという内容になる。」


と話した。田中先輩が、


「懐かしいな。

 ところで、なんで俺が主人公だったんだ?

 蒼竜でも良かったんじゃないのか?」


と質問すると、蒼竜様は、


「それは、あれだ。

 赤竜帝を主人公にすれば田中に合うまで真面目一辺倒で物語にもならぬし、拙者を主人公にすれば、拙者が文句を言う。

 ならば、田中が主人公になるしかあるまい?」


と理由を説明した。

 田中先輩は、


「いやいや、理由になっていないだろ。

 それに、勝手にそんな事をされてもな。」


と困った顔をた。

 ふと田中先輩が、


「赤石と知り合ったのは、外をまわっていた時だろ?

 ちゃんと書いてあるのか?」


と確認した。だが蒼竜様は、


「そんなもの、握りつぶしたに決まっておろうが。」


と平然と言い放った。蒼竜様は、自分の色恋沙汰は恥ずかしいからか削除させたようだ。

 蒼竜様が、これ以上突っ込むなと闇気を出している。

 田中先輩が、


「ところでうっかり忘れていたんだが、『身分の外なら誰とでも気軽に話せる』という話と草子物にはどんな関係があったんだ?」


と確認した。私は蒼竜様の話を聞いてすっかり忘れていたが、田中先輩は当事者だからか、しっかり覚えていたようだ。

 蒼竜様は、


「ふむ。

 前の赤竜帝を倒した後、竜帝城に呼ばれた田中が赤竜帝から、

 『田中、先の赤竜帝への一撃、見事であった。

  これで、竜人も人間も平穏に暮らすことができるであろう。


  これまで一緒に旅をし、大変苦労もかけた。

  褒美というわけではないが、赤竜帝の権限で田中を身分の外といたそう。

  本来であれば、人と我とは直接話すこと(あた)わぬ。

  されど身分の外であれば、どのような身分の者が相手であっても、気にせず話ができるであろう。

  大変、ご苦労であった。』

 と言われるのだ。

 これでようやく、里の者にもこのお触れの意味が理解されたのだ。」


と話した。田中先輩は、


「そんな回りくどい話になっているのか。」


と難しい顔をした。

 ここで更科さんが、


「ところで、この草子は赤竜帝がお書きになったのですか?」


と質問した。赤竜帝が、


「何故、そう思うた?」


と確認すると、更科さんは、


「ほら、田中先輩の事情を知る竜人なんて、あんまりいなさそうではありませんか。

 でも、蒼竜様は自分の恋話が書かれた部分は握りつぶしたと言っていましたから違うでしょ。

 そうすると、後は赤竜帝が自らお書きになるか、二人で誰か物語を作るのが上手い人を呼んで書かせるくらいしかありませんよね?」


と説明した。更科さんの話し方が普通なのは、お酒で忘れているからなのかも知れない。

 田中先輩は、いい笑顔で赤竜帝に、


「そうなのか?」


と聞いた。赤竜帝は、


「我は書いておらぬぞ?」


と言って、蒼竜様に目配せをした。田中先輩が蒼竜様に、


「どうなんだ?」


と聞くと、蒼竜様も、


「拙者は、書いておらぬ。」


と言った。田中先輩が、


「じゃぁ、誰かに書かせたんだ?」


と聞き方を変えると二人でそっぽを向いていたので、どうやらこれが当たりらしい。

 田中先輩は、


「その本、全部回収な。」


と二人に笑いかけながら言ったのだが、蒼竜様は頭に指を当て、


「わりと周辺の竜の里にも広まっていてな。

 回収は難しいと思うぞ?」


と話した。田中先輩が、


「どういうことだ?」


と聞くと、蒼竜様は、


「いや、草子という物は土産としてはお手軽でな。

 里の者以外にも、買っていくのだ。」


と言った。私が、


「お手軽というのは?」


と聞くと、蒼竜様は、


「うむ。

 草子なら饅頭と違って、(かび)らぬであろう?

 それに、言うほど大きさもない。

 ゆえに、草子は土産にうってつけなのだ。」


と説明した。

 私は蒼竜様の話を聞きながら、ならば回収は難しそうだと思った。

 勿論(もちろん)、竜の里に出入りする人は少ない。だが、いないわけでもない。

 ひょっとしたら、国外から訪ねて来た要人がもいるかも知れない。そういった人達がお土産として草子を買うのであれば、既に竜和国だけではなく周辺の国に持ち出されている可能性だってあるからだ。

 田中先輩も似た結論を考えたらしく、


「回収が難しくても、せめて絶版にはできるだろ?」


と嫌そうな顔で言うと、蒼竜様は、


「ここで作らずとも、他で(うつ)しが作られているという話も聞く。

 ここは、潔く諦めるのがよかろう。」


と諭すように言った。田中先輩は、


「いや、騙されないからな?

 元凶はお前らだろ。

 どうするんだ、これ。」


と言ったのだが、更科さんが、


「どうせ、顔を見てもわかりませんよ。

 ほら、人相書きがあったとしても、そうだと分かる人も少ないくらいですし。」


と指摘した。しかし田中先輩は、


「それは、まぁ、そうなんだがな。

 ・・・気持ち悪いだろ?

 自分の知らない不特定多数の奴らが、俺の生い立ちとかを知っているんだぞ?

 それも、売れるようにするために小細工が入っているんだろ?」


と反論した。

 小細工というのは、作者が現実にない小話を盛ったり、現実よりも大げさに表現しているかも知れないという事を指しているのだろう。初対面の人から、自分の知らない話をさも当たり前にされても戸惑うだろう。

 私は、


「確かに迷惑そうですね。」


と軽く相槌を打った。すると田中先輩は、


「山上も、竜の里で『踊りの山上』とか言って有名になっているぞ?

 そのうち、他人事じゃなくなるかも知れないからな。」


と恐ろしい事を言ってきた。私は、


「いや、流石に私は主人公にはならないでしょう。

 花もありませんし。」


と言ったのだが、蒼竜様も、


「分からぬぞ。

 既に、何かの催しであの寸劇(すんげき)をやろうかという話も出ておるとか何とか。

 このまま踊りが広まれば、後世にて発案者として物語の題材になっても不思議ではあるまいな。」


と冗談半分に笑いながら話した。

 私は、


「いえ、そんな、冗談でも勘弁して下さい。」


と言ったのだが、赤竜帝が、


「酒で酔っておっても、蒼竜の言う事だ。

 そのうち、草子の仲間入りであろうな。」


と楽しげに笑った。

 私は、現実になってほしくないものだと強く思ったのだった。


 そう言えば、お話の中で草子というのが出てきます。

 草子は、wikiによると元々は冊子(さっし)形態の図書を指していたのだそうで、古くは清少納言の枕草子のような随筆から、井原西鶴の好色一代男とかいうエロ小説までいろいろな分野があり、後に物語や随筆などの書物という意味が加わったようです。

 おっさん的には当時のラノベみたいな本と解釈していたのですが、そうとも限らないようです。(^^;)


・草紙

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8D%89%E7%B4%99&oldid=78237283

・草双紙

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%8D%89%E5%8F%8C%E7%B4%99&oldid=79366921

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