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これにて平に

 私達は、場所は御文書から大書院に移動した。

 上座の段の上に蒼竜様、佳央様と私が、以下は一段下がって、水野様、真田様、岡本様、お父様、田中先輩と座っていた。一段高い所に座るのは、少々落ち着かない。

 椙田(すぎた)様はと言うと、ここにはいなかった。


 現在、大杉城は蒼竜様の発した『水野を調べよ』という命令により大騒ぎとなっていた。

 椙田様も同様で、千代ばあさんの集めた証拠の裏付けのため、他の同心達と共に城内を駆けずり回っていた。

 

 さて、今はまだ日中は暑い。

 なので、大書院の障子は全て開け放たれていた。

 おかげで、少しだが微風(そよかぜ)が入ってくるが、その程度で室温が下がるとは思えない。

 代りというわけでもないが、時折『そちは水野派ではないか!』とった感じの怒号が入ってくる。

 ただ、ここから見える空には低くて色の濃い雲が広がり始めていたので、もうすぐ雨が降るのかも知れない。雨さえ降れば、少しは暑さが和らぐに違いないので、降るなら早く降ってほしいものだ。


 岡本様も空模様が気になったようで、


「これはひと雨、来そうでござるな。」


と言った。私が視線を外に向けて、


「はい。

 あれさえこっちに来れば、恐らく降るでしょうね。」


と返すと、蒼竜様は、


秋雨(あきさめ)か。

 長雨とも言うゆえ、少し続くかも知れぬな。」


物憂(ものう)げだ。

 だが田中先輩は、


「蒼竜、そんなに言うものでもないぞ?

 ひと雨くれば、気温も下がる。

 悪いことばかりではないだろ?」


と反論した。だが、佳央様には気温が下がることがなぜ良いのか分からなかったようで、


<<人間にはそうなの?>> 


と聞いてきた。恐らく、人が暑いと思う程度の温度では、竜は特に暑いと思わないのかも知れない。

 岡本様が、


「拙者も普段は外回りゆえ、なんともなくござるがな。」


と言ったのだが、真田様が、


「このような時に、()我慢(がまん)を言うでない。

 そちも額に汗が浮き出してござるではないか。」


と指摘した。岡本様は、


「これは緊張にて。」


と言い訳をすると、真田様は、


「時に、武士と書いて我慢と読むこともあるやもしれぬ。

 が、今はそのような見栄(みえ)を張った所でな。」


としたり顔で話した。

 岡本様は、


「いや、先日までの炎天下に比べれば、この程度大したことないと言ったまでにて。

 別に、痩せ我慢をしているわけではござらぬ。」


と困った顔をしていた。

 ただ、私も炎天下で歩く仕事をしているだけに、岡本様の言いたいことは分かる気がする。


 このような雑談をしていると、知らないお武家様がやってきた。

 そのお武家様が、


「早馬が着き申しました。」


と報告を上げた。真田様が蒼竜様に、


「通してもよろしゅうござりますか?」


と確認した。蒼竜様は、


「うむ。」


と答えると、真田様は、


「こちらに連れて参られよ。」


と指示を出した。

 暫くして、先程のお武家様に連れられ、白い鉢巻(はちまき)でたすき掛けをした軽装のお武家様が中に入ってきた。

 そのお武家様は正座をして、両手で書状を前に差し出しつつ頭を下げながら、


「このような姿にて御免。

 こちらが書状と・・・、(まげ)にござりまする。」


と泣きそうな声で言った。蒼竜様が、


「まさか!

 大杉の守が自害したのか?」


と聞くと、早馬のお武家様は、


「いえ、出家にて。

 『これにて平に』

 と(ことづ)かってまいりました。

 ・・・その、足りないようにござりますれば、お伝え申し上げます。」


と辛そうに伝えてきた。蒼竜様が、


「そのようなものは要らぬ。

 復職するように伝えよ。」


と命令すると、早馬のお武家様は思わず書状を右手に握って両手を畳に付け、額を擦り付けるように頭を下げ、


「御意!」


と、先程とは違い嬉し泣きしそうな声で力強く答えた。

 蒼竜様が、


「うむ。

 書状は預かるゆえ、そこに置いて下がっても良いぞ。」


と指示すると、早馬のお武家様は、書状を握ってしまったことに今気がついたようで、


「申し訳ありません。

 思わず!」


と言いながら、書状を畳に置いた。

 蒼竜様は、


「書状の文字が逃げるわけでもなし、問題ない。」


と特に罰することはなかった。早馬のお武家様は、


「かたじけなく候。」


と返事をした。

 早く大杉の守に伝えたいのだろう。蒼竜様は、


「すぐに下がっても良いぞ。」


と言った。早馬のお武家様は、


「しからば、これにて御免(ごめん)。」


と言ってそそくさと下がっていった。

 私は残された書状をどうするのだろうかと思ったが、蒼竜様から、


「山上、持ってまいれ。」


と頼まれた。私は何も考えずに、


「はい。」


と答えて立ち上がろうとしたのだが、そこで佳央様が、


<<待って。

  ()()、こういう時の作法、知らないわよね?>>


と言われて『作法か!』と思い、


「はい。」


と答えた。蒼竜様は、しまったという顔をして、


「暫く、これは見なかったことに。

 山上、許す。

 普通に取って参って良いぞ。」


と言った。私は、


「その・・・、無作法ですみません。」


と謝ってから、普通に立ち、畳の端だけは踏まないように気をつけて書状の置いてある所まで行った。


 なんとなく、いい匂いがする。

 書状に、香を染み込ませてあるのかも知れない。


 髷と書状を拾い上げる。

 私は髷を拾う時、髪が散らばるのではないかと懸念していたが、髷はちゃんと散らばらないように、固まっていた。


 髷と書状を蒼竜様に渡すと、蒼竜様は頷き、


「戻って良いぞ。」


と指示をした、最初に私がいた所に戻った。


 蒼竜様が書状を開き、中身を確認していく。


 緊張が高まる。


 水野様に至っては、額から汗が流れている。

 

 蒼竜様は、最後まで読み終わると暫く考え、


「ふむ。」


と頷いた。これからどう差配(さはい)するのか、決めたのだろう。

 蒼竜様は、


「大杉の守から此度(こたび)の件、

 『城内に(うみ)があるのであれば、取り除いていただきますよう』

 との事である。」


と言った。


 ここで、以前お世話になった事のある武士がやってきた。

 その武士は、


「拙者、家老の真田(さなだ) 晴彦(はるひこ)にござる。

 今、お時間は大丈夫にござりますか?」


と聞いてきた。

 与力の真田様の親戚(しんせき)筋だろうか。なんとなく目鼻立ちが似ているように思える。

 蒼竜様が、


「うむ。

 許す。」


と言うと、家老の真田様は、


「此度はこちらの水野がお手間を取らせ、大変申し訳のうござりまする。

 この件、今は拙者の方で取り仕切っておりまする。

 まずは、こちらをご確認下さい。」


と要件を手短に話し、蒼竜様に冊子を手渡した。

 冊子と言いつつ、それなりに厚みがある。


 蒼竜様が、これに目を通し始める。


 蒼竜様は、


「よく調べられておる。」


と言うと、家老の真田様は、


「お褒めの言葉、もったいなきことにござりまする。」


と頭を下げた。

 私は、家老の真田様はこの短時間にどうやってあの厚さの冊子を纏めたのだろうかと不思議に思ったのだが、水野様が、


「真田、計りおったか?」


と怒りの表情で話した。事前に準備していたのではないかと、疑っているのだろう。

 しかし家老の真田様は涼しい顔で、


「政敵ともなりうる相手の情報収集など、せぬわけがなかろう?」


と話した。私が、


「事が起きるまで、待っていたということですか?」


と聞くと、蒼竜様から、


「山上、このような場である。

 勝手な発言は慎むよう。」


と怒られてしまった。

 どうも、この場では勝手に発言をしてはいけない状況だったらしい。

 佳央様が蒼竜様に、


<<いい?>>


と聞くと、蒼竜様が、


「うむ。」


と言った。私は、先に蒼竜様に声をかければ良いのかと納得をした。

 佳央様は、


<<さっきの広人の発言ね。

  不躾(ぶしつけ)だけど、聞きたい気持ちは分かるの。

  つまり、待っていたのか、仕向けたのかってことね。>>


と確認をした。私としては、単に事件が表面化するまで待っていたのかを聞きたかっただけだったのだが、佳央様は私の思考を深読みしたようだ。


 蒼竜様は少し考え、


「ふむ。

 なるほど。」


と頷き、


「で、真田。

 どうなのだ?」


と確認した。すると真田様は、


「仕込みなどしてはおりませぬ。

 以前から、いくつか悪い噂が耳に入ったゆえ、調べさせていたに過ぎませぬ。」


と説明した。私は、証拠を掴んだ上で泳がしていたのかと確認したかったが、感情に任せて質問するとまた怒られそうな気がしたので、ぐっと我慢した。

 蒼竜様が、


「ふむ。

 まぁ、駆け引きにもいろいろとあろうからな。」


と理解を示した。そして、


「では、更科屋の件は先程の老婆の話で間違いないということで決着とする。

 水野は牢に。

 刑をどうするかは、藩内で決めよ。

 後、更科屋の遠慮は解いておくように。

 言わずとも分かるとは思うが、それとなく詫びも入れておくように。」


と締めくくったのだった。


 先ずは、更科屋の件が一段落しました。

 次は更科さんの件も解決させていくわけですが、その前に数話挟みます。


 あと、髷が固まっていたのは、鬢付け油のせいです。

 ちなみに、江戸時代の頃、洗髪は月に数度しか行われなかったそうです。

 シャンプーもないので、粘土なんかを水に溶いて使っていたとかなんとか。


・整髪料

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%95%B4%E9%AB%AA%E6%96%99&oldid=73390707

・木蝋

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%9C%A8%E8%9D%8B&oldid=78381713

・椿油

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%A4%BF%E6%B2%B9&oldid=77501590

・シャンプー

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%BC&oldid=74691695

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