御文書の奥に
椙田様は、蒼竜様を筆頭に、田中先輩、岡本様、佳央様、それにお父様と私を連れて廊下を歩いていた。
御文書まで案内してくれるそうだ。
途中、微かに廊下がキュッ、キュと鳴る。
私はそろそろ床を張り替えたほうが良いだろうと思ったのだが、蒼竜様が、
「鶯張りか。
なかなか。」
と言った。すると椙田様は、
「要所だけにござる。
どこでも鳴けば対策もされるゆえ。」
と言った。私は、
「要所というのは、例えばどのようなところですか?」
と聞いたのだが、蒼竜様に、
「山上、それは聞かぬものだ。
仮にこれを他の者が聞き悪用したとすれば、洒落にもならぬだろ?」
と怒られてしまった。椙田様は冷や汗を掻きながら、
「かたじけのうござる。」
と苦笑いした。
御文書に着き、中に入る。
すると、そこにはお武家様が一人おり、椙田様は、
「暫し。」
と言って、サッとその方に近づき、小声で私達について説明をした。
先にいたお武家様が、
「拙者は真田 新之丞と申しまする。
蒼竜様、ここまでのお運び申し訳なくござ候。
ここからは拙者が案内致しまする。」
と言った。真田様は、あまり聞き慣れない語尾を使っている。
蒼竜様は、
「ふむ。
では、更科屋の件の資料を頼む。」
と言った。
真田様が、
「相分かり申しござりまする。」
と言って、広い部屋の中、迷わずその場所に移動して帳面を手に取り、
「これに候。」
と言って蒼竜様に手渡した。
こんなに広い部屋だと言うのに、真田様はよく覚えているなと思った。
蒼竜様が、
「では。」
と言って岡本様に渡した。
岡本様が帳面を読み、蒼竜様が後ろから覗く形で二人で作業している。
お父様が帳面を見て、
「少し新しいか?」
と独り言を話していたのが気になった。
今回、お父様と私は、蒼竜様に連れられてきたものの、布の確認が終わったので実は既にやることがない。
暇なので私は壁に埋め込まれた竹で出来た筒と、そこに飾られている青い花が目に止まった。
お父様が、
「ほう、竹の一輪挿しか。
疫病草というのがまたよいな。」
と言った。
すると椙田様が、
「殿様が好きでな。
この時期になると、よく飾っておるのだ。」
と説明した。私は、
「この淡い青がまた良いですね。
清廉な印象を受けます。」
と言うと、椙田様は、
「うむ。
この色は、心を落ち着けてくれるゆえな。」
と返した。私も同感だ。
お佳央様が、
<<この花、まだ季節じゃないでしょ?>>
と聞くと、椙田様は、
「それは、山から取ってきているゆえな。」
と説明した。佳央様は、
<<なるほど。
余程、好きなのね。>>
と納得したようだった。
その間にも、岡本様と蒼竜様は帳面を読み進めていた。
蒼竜様は、
「なるほど、少々不整合な点もあるようではあるが、大筋では先程聞いた話と一致するか。」
と言ったのだが、岡本様は、
「少々、綺麗に纏められすぎておりますれば、清書したのではないかと。」
と言った。蒼竜様は、
「なるほど、清書であるか。
すると、元は何と書いてあったのであろうな。」
と言った。しかし、与力の真田様は、
「同じ内容に候。
決して、改竄はいたしはしませぬ。」
と否定した。
と、ここで田中先輩が、
「そう言うことか。」
と言って、壁にかかっていた竹の一輪挿しをゆっくり引っ張ったかと思うと、
「ここか。」
と言って半分捻り、今度は壁に押し込むように動かした。
すると、ガラガラと水車の中にいるような音がしたかと思うと、壁の戸板が少し引っ込んだ。
田中先輩はそこに手をかけて引くと、かがめば人が奥に入っていける隠し通路のようなものが出てきた。
田中先輩が、
「この奥には何かあるのか?」
と質問をした。
真田様が、
「ここに入れるわけには行かねば。」
と言うと、椙田様が、
「その・・・。
これ以上、城の仕組みを暴かれても困るのでござるが。」
と言い換えた。だがしかし、田中先輩は、
「そこに5人か。
いるんだろ?」
と言った。しかし、誰も出てこない。
私も気配を探ると、なるほど4〜5人くらいの気配があった。
田中先輩は魔法を込めた声で、
「出てこい。
さもないと、分かるな?」
と脅した。すると一人が動き出し、聞き覚えのある声で、
「あぁ、はいはい。
でも、あんたね。
本当は誰がいるか、分かってんだろ?
人に調べるように依頼しておいて、出てこいとは、どういう了見だい!」
と言った。田中先輩は、
「おっ?!
あぁ、済まない。
そうか。
いや、もう戻っていいぞ。」
と言ったのだが、真田様や椙田様はそう言うわけには行かない。
真田様が、
「いやいや、出て来い。
城に忍び込んで、出られると思うてか!」
とやんわりとした表現だが、顔は怒っていた。
また知った声が渋々という感じで、
「あぁ、めんどうだね。
本当は、そのまま帰りたいところだけどねぇ。」
と言って、隠し通路から渋々出てきたのは、千代ばあさんだった。
千代ばあさんは、
「他のまで、面が割れるわけには行かないからね。
これ以上は勘弁しとくれよ?」
と不敵に笑った。真田様が椙田様に、
「こやつを取り押さえよ!」
と命令したのだが、千代ばあさんは、
「待ちな!」
と鋭い眼光を飛ばして牽制すると、気圧されてか、椙田様はビクリと止まった。
千代ばあさん、ちょっと怖い。
千代ばあさんは田中先輩に、
「ほらっ!
権吉、例のだよ。」
と言って帳面を投げて渡した。田中先輩はそれを受け取ると中も見ずに蒼竜様に渡し、千代ばあさんに、
「で、どうだった?」
と確認した。千代ばあさんは、
「どうだったじゃないよ。
ていうか、ここで言って良いのかい?」
と逆に確認してきた。田中先輩は、
「どうせ同じだ。」
と返事をすると、千代ばあさんはやれやれという感じで、
「じゃぁ、触りだけ言おうかね。
まず、今回の件の主犯は家老の水野だよ。
どうも、御用商人の間で誰が一番多くの菓子折りを持ってくるか競わせていたようでね。
全く出す気配のない更科屋は、取り潰すことにしたみたいだよ。
唐花文様の件は、わざと勘違いして抜荷と断定したようだね。
後は、さっき渡した中を見な!」:
と答えた。そして、
「あぁ、そうそう、写しもあるからそいつはそっちに渡しちまってもいいよ。」
と付け足した。
その後、私を見て、
「あと、おまけで耳に入った話だけどね。
佳織ちゃんへの嫌がらせは、御用商人の筆頭に罪が行くように、二番目の御用商人が裏で糸を引いていたみたいだよ。
水野に、『更科屋を痛めつけてやりました』ってあたかも自分が正しいことをしたかのような報告が上がってたからね!
こういう勘違いする奴がいるから、世の中、碌でもない事件が後を絶たなくてねぇ。」
と説明した。田中先輩は、
「なるほどな。」
と納得した後、
「だそうだ、山上。
これはまだ表に出すなよ?」
と先に釘を刺されてしまった。私はもう少し信用してほしいものだと思ったが、秘密の話を社長に話して拡散させた前科があったのを思い出し、
「・・・勿論です。
これが漏れると、話がややこしくなりそうですし。」
と返した。
田中先輩は、
「そうだな。
あと、更科屋の旦那も口外するなよ?」
とお父様にも、釘を刺していた。
私はこれで一気に解決したと思い、一安心したのだが、真田様が、
「証拠はどこにある?
そこの老婆が言っているだけではないか。」
と指摘した。すると蒼竜様は、
「奉行所で水野は調べたのか?」
と確認した。真田様は、
「我々が、上役を調べるような不埒な輩に見えましょうか?」
と少し怒ったように返事をしたのだが、田中先輩は、
「やはり、調べていないということだな。」
と指摘した。
蒼竜様は、
「では、調べよ。
先ずは、急ぎ更科屋の件、次いで、奥方殿の件。
あと、これはまかりならんからな。」
と言って、お腹の辺りを一文字に切る真似をしてみせた。
真田様と椙田様は、
「「ははっ!」」
と言って、千代ばあさんが持ってきた帳面に基づいて調べにかかったのだった。
急展開。
ちなみにお城は家老の屋敷でもありませんし、「出合え、出合え」と言って侍が襲いかかってくる事もありません。
あと、作中の大杉城の床が一部、鶯張りになっていました。この鶯張りというのは、床板を踏むとキュッ、キュと鳴る廊下で、音でそこに人がいることを伝えます。日本のお城の防犯システムと言えば、玉砂利、鳴子と言ったものも有名ですが、鶯張りを一番に挙げる人も多いと思います。
この鶯張りですが、実は経年劣化で偶然出来てしまっただけで、狙って作られたわけではないかも知れないという説があるのだそうです。
もう一点、疫病草はリンドウのことです。
根が薬効を持っているので、病気に効く草ということでこの名前が付いたと言われているそうです。
・鶯張り
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・リンドウ
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